第90話 無限ダンジョン
驚いたことに、冒険者ギルドはそのまま地下へと繋がっていた。
(こういう仕組みになってるのか)
さすが王都、とことん効率化されている。
街から狩り場までの移動時間って、けっこう馬鹿にならないからな。
長い階段を降りた先には、信じられない景色が広がっていた。
(地下に光の柱!? なんて幻想的な光景なんだ……)
巨大な地下広場の中央で、天を突くような太い光の束が静かに明滅している。
「へへ、驚いたか。これが、王都アステリアの無限ダンジョンの入口。俺たちは『大空洞』って呼んでる」
カーティスが自慢げに胸を張る。
「ホントに、凄いです」
(うわあ、これ、ユラやラクンにも見せてやりたいな)
「あの光に触れたら、以前に踏破した階層まで一気に飛んでいけるんだ」
背中の大盾を揺らしながら、アントンが教えてくれる。
(なんだそりゃあ、凄すぎるだろ)
広場には結構な人数の冒険者がひしめき合っている。
どうやら、どの階級のギルドもこの場所に繋がっているらしい。
周囲には、武器の修繕やポーションを売る露店まで立ち並んでいた。
「ああ、そうだ。タケル、言い忘れてたことがある。本来、ギルドでのクエストには達成報酬がもらえるよな?」
カーティスがふと真面目な顔になる。
「……ええ、まあ、そうですよね」
(なんか、嫌な予感が……)
「しかし、無限ダンジョンのクエストは基本無報酬だ。その上、ダンジョンへの入場料まで取られちまう」
「マジすか。……それは、それだけダンジョン内でのドロップや採取に期待できるということですか?」
「まあ、その通りだ。たまに空ぶることもあるが、俺たちの腕ならたぶん今回は平気だ!」
(それ絶対、根拠ないよね!?)
なけなしの財布から入場料を払いながら、俺は心の中で血の涙を流した。
しかも、結構高い!
「なんか、今日は入口が詰まってんな」
列に並びながらアントンが背伸びをする。
「って、うお! あれ『ネームレス』の集団じゃねえか!」
(ネームレス!?)
俺も慌てて視線を向ける。
「入口は全階級同じだからね。トップクランや深層組とかち合うこともあるさ」
エルフのイーライが、さも当然といった涼しい顔で言う。
「おい、あんまりジロジロみるな。トップクランと言っても、ネームレスなんて数あるクランの一つだ。シャンとしてろ!」
カーティスが仲間たちを小声でたしなめる。
(カーティスの顔、めちゃくちゃ強張ってるけど。因縁でもあるのか?)
「お前こそ、一番ガン見してんじゃねーか」
アントンの的確なツッコミに、カーティスが口をパクパクさせる。
すると、優先ルートを歩いていたネームレスの一行から、女魔法使いがこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「おや、おやおやおや? 君は、タケルくんかい?」
クリスが人懐っこい笑顔で手を振る。
「誰だっけ?」
弓使いのエリックが、糸目を細めたまま首をかしげる。
「ほら、レベックで救難信号出して、無茶してた子よ!」
クリスが振り返って教えると、エリックがポンと手を叩いた。
「ああ、あの野盗退治の!」
(変な覚えられ方してるな……)
「どうも、ご無沙汰してます」
俺が軽く頭を下げると、クリスが俺の背中をバシバシと叩いた。
「おっ、元気にしてた? また前衛で無茶しようとしてないでしょうね?」
「大人しく、後方支援です」
「ここまで来たってことは、順調に強くなったようだな」
大剣を背負ったカートが、短い言葉で凄みを利かせる。
「どう……ですかね。そうだといいんですけど」
(カートさん、相変わらず存在感あるな。というかちょっと怖い)
「引き止めて悪かったね。実は最近、ダンジョン内のマナの乱れが観測されていてね。僕たちは中層〜深層の調査に行くんだ。低層だからといって油断しないようにね」
エリックが、柔らかな口調のまま真剣な忠告を残す。
「はい、気をつけます」
俺が頷くと、ネームレスの一行は軽く手を上げて光の柱へと消えていった。
広場に静寂が落ちる。
隣を見ると、カーティスとアントンが信じられないものを見る目で固まっていた。
「おまっ! なんで! ネームレスと知り合いなのかよ!」
「どうやって知り合ったんだ!? 金か? やっぱり金の力なのか!?」
我に返った2人が、俺の肩を掴んで前後に揺さぶってくる。
「前に、危ないところを助けてもらったんです! コネとか金とかじゃないですよ!」
「そ、そうか。偶然助けられただけか……」
俺の必死の弁明に、2人はようやく納得して落ち着きを取り戻したようだった。
「よし、じゃあ俺たちも行くぞ!」
カーティスが気を取り直し、光の柱に手を触れる。
「うわっ」
エレベーターが急停止したような、内臓が浮き上がる感覚。
一瞬で、俺たちは別の場所へと移動していた。
周囲を見渡す。
(リーダーが触れたら、パーティメンバー全員が一緒に移動するのか)
「お、平気だったか。たまに、この転移で吐く奴も居るからな」
カーティスが笑いながら背中を叩いてくる。
「ちょっと気持ち悪くはなりましたよ」
「ははは、慣れる慣れる」
俺は改めてダンジョンの内部を観察した。
(なんか……)
ダンジョンっていうから、ゴツゴツした洞窟みたいなものをイメージしていた。
けれど、ここはコンクリートで整地されたような、無機質な四角い空間だった。
「……人工的に作られた感じがしますね」
それに、何の匂いだろう?
コンクリートの壁なのに、むっとするような森の匂いが漂っている。
「今回は"キューブ型"だからな」
「キューブ型?」
「ダンジョンは一定期間が経つか、完全に攻略されると構造が再生成されるんだよ」
アントンが大盾を構えながら教えてくれる。
「いくつか種類があって、このキューブ型は罠が多い。用心して進むぞ」
カーティスが剣を抜き、慎重に前を睨む。
俺は視界の端のパーティ情報に目をやった。
レベルにはバラツキがある。
俺がレベル8で、他の3人は10から12だ。
平均すればこれくらいのマッチングになるのかな?
「皆さんは、同じクランなんですか?」
「俺とアントンはな。イーライは別のクランだ」
「レベルやクランが違っても、こうしてパーティを組むんですね」
俺が感心して言うと、カーティスは足を止めて振り返った。
「レベルが全てを決めるわけじゃねえ。スキルや装備の組み合わせで戦力はガラッと変わる。誰がどんな役割を担当するかで、そのパーティ全体の強さが決まるんだ!」
(パーティ全体の強さ、か)
「すごく、勉強になります」
「各々が自分の役目を果たせばいい。私たちなら中層でも通用するが、今は低層を周回する方が稼ぎの効率がいい。君も後ろから見て学ぶように」
イーライがエルフらしい涼しげな顔で言い放つ。
「はい!」
未知の罠。
変異する迷宮。
俺は、ついに無限ダンジョンへと足を踏み入れた。




