第88話 貴族の財布
王都の外れ。
下級貴族街と呼ばれる地区に、その少しボロい屋敷はあった。
ジャック・ブルトンの屋敷。
ジャックは妻のメアリー。
魔法使い兼使用人である、ルネ。
そして、2歳の双子の子供、マロンとサンと暮らしていた。
「うわあ、可愛い」
出迎えてくれた双子を見て、ユラが目を輝かせて駆け寄る。
「子供。人間の、子か。我より、小さい」
ラクンも不思議そうに首を傾げて、よちよち歩きの幼児たちを見つめた。
「おお、あの時は気付かなかったが、ゴブリン族か。実在していたのだな。よく見せてくれ」
ジャックが興味津々にしゃがみ込み、ラクンへ顔を近づけてくる。
「ひいい」
ラクンは慌てて俺の後ろに隠れた。
「この子、人見知りなんで。あまり近づかないで下さい」
俺はぐいぐい来るジャックを引き剥がす。
「なんだよ、残念だな」
ジャックは名残惜しそうにしながらも立ち上がった。
「ところでジャックさん、一族総出でダリアン草の加工をするって言ってましたけど……」
「やってるだろ。なー、マロンちゃん、サンちゃん」
ジャックは、双子に顔をむにむにと好き勝手に弄られながら、だらしない笑顔で答える。
(ここに居るのが一族全員か。嘘を付いてたわけじゃないけどさ!)
「キャンドル作りは思いのほか大変でして。今は人を集めている最中です」
使用人のルネが、紅茶を淹れながら冷静にフォローする。
「商業ギルドを通して募集をかけていますが、成功報酬なのでどれだけ集まるかは不明ですね」
「成功報酬?」
「ブルトン家に金はない。だから、キャンドルを作って、売って、その売上の中から報酬を支払うのだ!」
ジャックがドヤ顔で言い放つ。
(それって成功報酬っていうのか? ただの自転車操業じゃ……)
「これ、すごく、柔らかい……ぞ」
ラクンは応接室のふかふかのソファーに沈み込み、目を丸くしている。
(レベックの応接室にあったのと同じソファーか?)
ユラは窓の外を行き交う都会の人々を見つめ、少し落ち着かない様子で尻尾を揺らしていた。
「金がないわりに、良さそうな家具がありますね。このソファーとか」
「過去の遺産というやつだ」
ジャックが双子をあやしながら、少しだけ遠い目をした。
「ブルトン家は元々、騎士家系ではない。星詠みや研究者が多かったのもあって、先の戦争では目立った戦果は上げられなかったのだ」
(星詠み?)
「それもあって、今は領地も持っていない。だから俺は、何としても稼がなくてはならんのだ!」
ジャックは急に立ち上がり、拳を握りしめた。
「家族のために! ブルトン家再興のために!」
「あなた、素敵ですわ!」
「さすが旦那様」
妻のメアリーと使用人のルネが、息の合った拍手をする。
何故かラクンも、釣られてパチパチと拍手をしていた。
(稼ぎたい理由は分かったけど)
なんか、やっぱり行き当たりばったりなおっさんだな。
でも、悪い人じゃないのは分かる。
「落ち着くまで俺の屋敷で過ごすといい。ルネ、部屋なら空いているな?」
「もちろんでございます。掃除をすればベッドも置けますよ」
「ありがとうございます。俺たちの最初の仕事は掃除だな」
「汚い、のか?」
ラクンが小首を傾げる。
「屋根のある部屋で眠れるだけ十分よ」
ユラが現実的なトーンで言う。
「その代わりに――」
「キャンドル作りを手伝えってことでしょ?」
ユラがジト目でジャックを見る。
「話が早いな」
「いいわよ。やることがあるわけじゃないし」
「我も、作る」
「タケルはどうするの?」
ユラが俺の方を振り返る。
「俺は銅級ギルドに行って、稼げるクエストがないか見てみるよ」
「君は……そうか。あれ程の魔法使いなら引く手数多だろう」
「だといいんですけどね」
◇ ◇ ◇
トラベルはブルトン家の馬小屋で過ごすことになった。
昔は立派な厩舎として機能していたような趣がある。
「よーしよし。俺がしっかり稼いでくるからな!」
俺はトラベルの毛並みをブラッシングしながら、気合を入れる。
(ユラやラクンに、王都の観光もさせてやりたいしな)
そのためには、金が要る。
俺は王都での冒険者生活に向けて、決意を新たに歩き出した。




