第82話 ヘグムのギルドマスター
翌日。
金策のために、俺たちは再びクエストを受けていた。
メスターの選別は歩合制のクエストだ。
マナの容量が多い俺にはうってつけの仕事と言える。
選別されるメスターと、かつての自分を重ねてしまう瞬間もあった。
けれど、これは"誰かがやらなきゃいけない仕事"なんだ。
俺はそう割り切ったつもりで、丁寧に仕事をこなした。
作業を終え、一息ついた時だった。
巨大な移動都市ヘグムの進行が、唐突に停止した。
何万もの蹄の音と、車輪の軋みが止む。
草原に、不穏な静寂が落ちた。
「……止まった?」
俺たちは顔を見合わせる。
前方から、困惑と怒号が入り混じった声が聞こえてくる。
「どうしたんです?」
近くにいた、顔なじみになったシマウマの獣人の運搬屋に声をかける。
「ああ、まただよ……。進路妨害だ」
「妨害?」
「たまにあるんだよ。ここがヘグムの通り道だと知らずに、勝手に柵を作っちまう奴らがな」
彼が指差す先。
都市の先頭部分には、青白くバチバチと火花を散らしている。
光の壁のようなものが展開されていた。
「あれは……雷属性の防御魔法?」
(電子柵みたいだ。ちょっとカッコいいな)
あんな風に広範囲に設置して使うこともできるのか。
「またやっかいな魔法を……」
少し呆れたように運搬屋は呟いた。
「やっかいなんですか?」
「〈エレキ・シールド〉の結界だ。ヘグムは風属性が多いから解除は可能だが、時間がかかるんだよ」
「やめてもらうように頼めないの?」
ユラが問いかける。
「誰の仕業かも分からんしな。調べる時間もかかる。ヘグムは人手不足だから――お、ギルマスの登場だ」
雷の結界の前に数人の獣人たちが集まっていた。
「どの人ですか?」
「ほら、あの人だよ。ウサギ族、レッキスの獣人ガナウィさんだ」
(ウサギ族!?)
俺は目を凝らす。
ウサギ族と聞いて、小柄で可愛らしい獣人を想像していたけれど――。
「あ、あの人か……」
(思ってたのと違う!)
そこにいたのは、丸太のような腕を持つ筋骨隆々の大男だった。
長い耳こそウサギだが、その背中は歴戦の戦士そのものだ。
「若い頃からビーバーに混ざってよく街を引いていたせいで、あんなに鍛えられたみたいだよ」
("街を引いていた"って、ヘグムでしか絶対に聞かないワードだな……)
それにしても、何のためにあんな結界を作るんだ?
ヘグムの通り道だと知らずにってことは、何か理由があるはずだ。
(そうだ!)
「近くで見て来てもいいですか?」
「ああ、別に構わないと思うよ」
◇ ◇ ◇
現場では、ヘグムの魔法使いたちが数人で結界の解除に当たっていた。
(これほどの巨大な都市を足止めするなんて、一体どれだけのマナを使っているんだ……?)
「ユラ、あの結界……調べられる? 直接触れるのはマズイと思うけど」
「ええ、やってみる」
ユラは頷き、結界へと歩み寄る。
「おい、あまり近づくと危ないぞ!」
ヘグムの魔法使いが注意を飛ばす。
「絶対に触りませんので!」
ユラは結界のギリギリで立ち止まり、マナの残滓に意識を集中させた。
マヌルネコの〈種族刻印〉、〈残香読〉。
彼女の鎖骨にある紋様が、呼吸に合わせて淡く光る。
(前みたいに倒れるなよ……)
俺が固唾を飲んで見守る中、しばらくしてユラが目を開けた。
「……悪意はないみたい」
「そうなの?」
「ええ。感じたのは……強烈な"商魂"よ」
「商魂!?」
(運搬屋の話だと、メスターを狙ってる訳じゃなさそうだけど……)
「その朱痕、マヌルネコですか。割れた月を見るのは久しい」
背後から声がかかる。
低く、よく響く強い声。
それでいて丁寧な言葉遣いだった。
振り返ると、例のマッチョなウサギ族、ガナウィが立っていた。
その頭上の長い耳は、周囲の様々な音を拾うように微かに動いている。
(割れた月? ユラの紋様のことか)
「冒険者の人たちですね。結界を調べてくれたようで助かります。私はガナウィ。このヘグムのギルドマスターをしています」
「初めまして、タケルといいます。調べてたのはユラで、こっちがラクンです」
俺が紹介すると、ラクンはさっと俺の影に隠れてしまった。
(ゴブリン族にとって、これほど巨大な他種族は恐怖なのかも)
いや、オークで見慣れているはずだ。
シャンデはもっとデカかった。
「おや、君は……。つい最近、亜人認定されたというゴブリン族ですか。お会いできて光栄です」
ガナウィはその巨体を折り曲げ、しゃがんでラクンと目線の高さを合わせた。
優しい眼差しだ。
「……そうか」
それでもラクンは顔を背け、ユラの服の裾をギュッと握りしめる。
人見知りを全開にしていた。
「すみません! ちょっと、シャイな子なんで……」
俺は慌ててフォローする。
「いや、こちらこそすまない。怖がらせるつもりはなかったんです。……それで、分かったことがあるなら教えて頂けるかな?」
ガナウィは立ち上がり、ユラへと顔を向けた。
ユラは静かに頷いた。
「ここがヘグムの通り道だと本当に知らないみたい。ただ、あの紫の草……ダリアン草を独り占めしたくて必死だった」
「ダリアン草を?」
ガナウィが周囲を見渡す。
進行が止まったせいで、メスターたちが不満げに「ムームー」と鳴き始めていた。
足元の草はあらかた食べ尽くされ、唯一残っているのは、紫がかった葉を持つ草だけだ。
「あれは食べないんですか?」
「ええ。ダリアン草は苦い上に、食べると腹を壊すのです。虫も食わないと言われている草なのですよ」
「それで、虫除けの道具になってるんですね」
(ダリアン草……虫除けの原料か。それを独り占めしたい?)
その時、空腹に耐えかねたメスターたちが苛立ち始め、蹄で地面を叩き出した。
空気がピリピリとし始める。
すると、ラクンがユラの後ろからトテトテと歩み出て、メスターの方へと向かった。
「おい、ラクン。あんまり近づくと真空刃が飛んでくるかもしれないぞ」
「そうか」
ラクンはピタっと足を止めた。
そして、ざわめくメスターたちの前で、彼女は小さく息を吸い込んだ。
――ンーーー……
澄んだハミングが響く。
毛刈りの時に聴いた、心を鎮める旋律だ。
それを見たヘグムの風使いたちが、察して杖を振るう。
風が巻く。
ラクンの歌声が風に乗り、増幅されて草原全体へと広がっていく。
ピタリ。
苛立っていたメスターたちが動きを止める。
その効果は劇的だった。
「素晴らしいね。私がイメージしていたゴブリンとは全く違う」
ガナウィが目を細めて感嘆する。
「俺もラクンに会うまでは、何も知りませんでした」
「会ってみないと、話してみないと分からないことは沢山ありますからね」
(この人は、色々な人を見てきたんだろうな)
ガナウィの言葉には、長い旅路で培われた深みがあった。
「そうだ! ユラ、あの結界を作った人がどこに居るか分からないか?」
(悪意が無いのなら、話し合いで解決できるかも)
「あそこ」
「は?」
ユラが結界の向こう、何もない草原の一点を指差す。
「私には見えませんね」
ガナウィが目を凝らす。
(俺にも見えない)
「私にも見えないわ。でも……声が聞こえる。〈残香読〉で聞いた声よ」
ユラは確信を持って言った。
「そこに、この結界を作らせた人がいるわ」
「ふむ。……王都の貴族ですか」
ガナウィの長い耳がピンと立ち、わずかに動いた。
どうやら彼にも、風に乗って何かの声が届いたようだった。




