第83話 王都の貴族
俺が目を凝らすと、青白い雷の結界の向こう側から歩いてくる人影が見えた。
豪華な外套を羽織った立派な服の男と、それに付き従う魔法使い風の男だ。
そこへ、筋骨隆々とした大男が歩み寄る。
ウサギ族、レッキスの獣人ガナウィ。
40代とは思えない鍛え抜かれた肉体を持つ、ヘグムのギルドマスター。
「困りますな。ここは古来よりヘグムの通り道なのですよ」
雷の結界を挟んでガナウィは穏やかに、しかし力強く訴える。
頭上のウサギ耳がピンと立っているのは、警戒の表れだろうか。
「くんくん……おお! この香りだ!」
けれど、貴族らしき男はガナウィの言葉が耳に入っていないようだった。
四つん這いになり、地面に鼻を擦り付けるようにして紫の草の匂いを嗅いでいる。
「間違いない! 金の匂いがするぞ!」
(なんか、変なおっさんだな)
ラクンも真似をして、足元に生えていたダリアン草の匂いを嗅いでいた。
「変な匂い」
ラクンが鼻をつまんで顔をしかめる。
結界の向こうでは、魔法使い風の男がやれやれといった様子で貴族に声をかけた。
「ジャック様? どうやら困っている方がいるようです」
「困っているだと? 俺の方が困っているぞ! 亀への投資が無駄になったのだ。ブルトン家はもう、これで稼ぐしかないのだ!」
(何を言ってるんだこの人)
人の話を聞かないタイプのおっさんらしい。
「私はヘグムのギルドマスターのガナウィ。王都の貴族とお見受けする。何故、ここに結界を張られたのか説明を!」
ガナウィの太い声が草原に響いた。
「うん? ヘグムのギルドマスターか、丁度いい。このブルトン家の当主、ジャック・ブルトンがこの草に価値を与えよう!」
(ブルトン家? 王都の有力な貴族なのか?)
「……ダリアン草のことですか?」
ガナウィが、首を傾げながら冷静に問い返す。
「ほう、もう名が付いておったか。いいか、よく聞け! この草には特別な力がある。あの煩わしい虫を寄せ付けないという力がな!」
ジャックは胸を反らし、世紀の大発見を誇るように声を張り上げた。
「ええ。ダリアン草で作る『虫除けキャンドル』は、ヘグムの名産の一つですから」
「なっ!?」
ジャックは目を見開いたまま固まってしまった。
(何も知らなかったのか)
「先を……越されていたのか」
ジャックはガックリと肩を落とし、その場に膝をつく。
「そうですね。私が生まれる前からありましたし」
ガナウィがトドメを刺すように淡々と事実を告げた。
(本人は、誰も知らない凄い発見をしたと思ってたみたいだな)
「……なんか、ちょっと可哀想ね」
事の顛末を見ていたユラが、呆れと少しの同情を込めて呟く。
ガナウィは、何やら思いついたような顔つきで顎に手を当てた。
「ふむ、そうですね。ジャックさんは、このダリアン草を加工する場所はお持ちで?」
「使っていない倉庫がある! それに……ルネ、あと何がある?」
ジャックが慌てて立ち上がり、後ろに控える魔法使い風の男を振り返る。
「"研究所"という名の空き部屋もございます」
ルネと呼ばれた男が、恭しく一礼して答えた。
「キャンドルの生産には、それなりに人手が必要ですが?」
「一族総出で加工する!」
「なるほど。それなら取引してもいいかもしれませんね」
「な、なんだと……? この草の山を、安く譲ってくれるというのか?」
「安くとは言っていません。適正価格でお譲りいたします」
(いつの間にか、ガナウィのペースで交渉になってる)
結界を張った相手を問い詰めるはずが、見事な商談の場にすり替わっていた。
◇ ◇ ◇
どうやら交渉は上手くまとまったようだ。
時折、ジャックがオーバーな身振り手振りを見せていた。
けれど、その都度従者のルネが間に入り、冷静に条件をすり合わせていた。
その間、俺たちは足止めを食らって苛立つメスターの群れの対応に追われていた。
ラクンがハミングで心を落ち着かせ、ユラが優しく撫でてなだめる。
やがて、結界が解除される。
大きく息を漏らしたガナウィが、俺たちの元へと戻ってきた。
「まとまったようですね」
「ええ、お陰様で。メスターたちのお世話、ありがとうございます」
「いえいえ。それよりも大丈夫なんですか? 損してませんか?」
見た目に反して、人の良さそうなウサギ族だ。
相手の貴族のペースに丸め込まれていないか、少し心配になった。
「実はダリアン草の在庫は過剰になっていましてね。ヘグムの産業はメスターのお世話ですら手に余っている状態なんです」
(そういえば、人手不足だって言ってたな)
「そこに、ダリアン草を加工してくれる都合のいい業者が現れたってことね」
ユラが、得心がいったように耳を立てて頷く。
「その通りです。もちろんブルトン家の儲けにもなりますし、双方納得のいく取引になりそうです」
「それならよかったです」
ヘグムとしては、メスターの避けた草を刈り取るだけで、お金が入ってくるってわけか。
「……商売って面白いな」
「タケル、興味あるの?」
「いや、俺に商才は無さそうだよ」
「ケルは、貧乏、だからな」
ラクンが横からストレートな事実を突きつけてくる。
「俺が貧乏ってことは、一緒に旅してるラクンも貧乏ってことだからな!」
「……む。我も、貧乏か。……困る」
ラクンが真剣な顔で腕を組み、考え込み始めた。
「ふふふ。それじゃ頑張って稼がないとね!」
ユラが尻尾を揺らし、明るく微笑む。
レベックに居た頃の、怯えたような暗い表情はもうない。
心から旅を楽しんでいる顔だった。
(それだけで、ここへ来てよかったって思えるな)
俺が自然と頬を緩ませた、その時だった。
突然、大きな地響きが足元から伝わってきた。
重々しい振動が一定のリズムで近づいてくる。
「なに!?」
ユラが耳を伏せて身構える。
ラクンも咄嗟に俺のマントに隠れた。
「あれは……!?」
ガナウィが顔を向けた方角へ目をやる。
そのタイミングで、俺の〈探知〉が強烈な反応を拾った。
(モンスター! しかも、デカい……!?)
丘の向こうから、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
「プロガノ!」
ガナウィの表情は、驚いているようにも、そして何かを喜んでいるようにも見えた。




