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盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~  作者: 上山マヤ
第4章 ヘグム編

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第80話 メスター

 都市の中に入ると、そこは活気に満ち溢れていた。

 移動しているとは思えないほど、多くの人と獣が行き交い、市場の呼び込み声が響いている。


「ムームー!」

「ムッ、ムッ!」


 どこからか、不思議な鳴き声が聞こえてくる。

 声のする方を見ると、広場のようなスペースに、白いモフモフした塊が大量に集められていた。


「なんだあれ、綿あめ?」


 俺が目を凝らすと、その綿あめにはつぶらな瞳と、小さな口がついていた。


〈メスター/風属性/レベル:1〉


「あれがメスターか!」


 遊牧都市ヘグムの名産品、ヘグム絨毯の原料となる家畜だ。

 草原で見かけたときは遠くてよく分からなかったけど、近くで見ると破壊的な愛くるしさだ。


「かわいい……!」


 ユラが目を輝かせて駆け寄ろうとする。

 しかし、ラクンがユラの手を引っ張った。


「ユラ、気をつけろ。……空気が、尖ってる」


 その警告と同時だった。


 ヒュンッ!


 鋭い風切り音が響き、メスターの目の前の草がスパッと切断された。


「えっ!?」


 ユラが慌てて足を止める。


「おっと、危ないよお嬢ちゃん! 今は毛刈りの最中だ!」


 革のエプロンをつけた男が注意を飛ばす。

 見ると、男たちは盾のようなものを構えながら、慎重にメスターに近づいていた。


「毛刈り……っていうか、討伐に見えるんですけど」

「ははは! 似たようなもんだ。こいつら、ストレスで風魔法で真空刃を飛ばすんだよ。レベル1だから威力は低いが、服が切れると厄介だからな」


(レベル1で真空刃!?)


 どんな防衛本能だよ。


「それに、毛が伸びすぎると暑がって機嫌が悪くなるんだ。ほら、ムームーって鳴くのは『早く毛を刈れ』って合図なのさ」


 男が指差す先で、モコモコのメスターが「ムームー!」と必死に鳴いている。

 たしかに、見てるだけで暑苦しそうだ。


「手伝ってくれるかい? 今、人手が足りなくてね」

「面白そうですね。やります!」


 俺たちは毛刈りを手伝うことになった。


「俺が魔法で守るから、2人は刈るのをやってみるか?」

「任せて!」

「……やる」


 俺が〈ウォーター・シェル〉を展開し、飛んでくる真空刃を防ぐ。

 水膜が風の刃を吸収し、無効化する。


「おお! あんた魔法使い(ソーサラー)だったのかい。いやあ、便利だよね魔法って。羨ましいよ!」


(こういう生活に根ざした褒められ方が、一番嬉しいかもしれない)


 安全が確保されたところで、ユラとラクンがバリカンを手に近づく。

 メスターが警戒して身を固くする。


「よしよし、怖くないわよ~」


 ユラが慣れた手つきで顎の下を撫でると、メスターがうっとりと目を細める。

 その横で、ラクンが小さくハミングを始めた。

 穏やかなリズム。

 すると、強張っていたメスターの力が抜け、だらりと脱力した。


「すごいわラクン! 大人しくなった」

「音を、合わせる、落ち着く」


(何それ凄いじゃん。もしかして、俺の魔法別に要らなかった?)


 ジョリジョリ……。

 2人の連携で、分厚い毛がみるみる剥がれていく。

 中からスリムな本体が現れると、涼しくなったメスターは「ムッ!」と満足げに鳴いて走り去っていった。


「うわぁ……すごい手触り」


 刈り取ったばかりの毛の山に、ユラが顔を埋めるようにして触れている。


「タケルも触ってみて! これ、すごいわよ」

「触りたい! ……うわっ、なにこれ、雲!?」


 ふわふわで、しっとりとしていて、温かい。

 これがヘグム絨毯になるのか。

 そりゃあ「これじゃないと眠れない」って人が続出するわけだ。


「ラクンもほら」

「……うむ。これが、ふわふわか」


 ラクンも恐る恐る触れ、その柔らかさに目を丸くしていた。


「ありがとう! 助かったよ。これ、報酬代わりの干しチーズだ」


 男から、カチカチに乾燥した白い塊を渡された。


(……なかなか臭いな)


 俺とユラが顔をしかめる横で、ラクンだけが鼻をひくつかせ、目を輝かせていた。


 ◇ ◇ ◇


 労働のあとは腹が減る。

 俺たちは屋台が並ぶ通りへやってきた。


 漂ってくるのは、獣の脂の匂い。

 でも、焼けた香ばしい匂いじゃない。


「いらっしゃい! メスター肉、茹でたてだよ!」


 大鍋から湯気が上がっている。

 中には骨付きの肉が豪快に放り込まれていた。


(茹で肉か……)


「焼かないんですか?」

「焼く? なんでせっかくの脂を落とすんだい? もったいない!」


 店主のおばちゃんが目を丸くする。

 どうやらここでは、煮るか茹でるかが基本らしい。

 俺たちは「塩茹でメスター」を注文した。


 ドン、と出された皿には、白っぽく茹で上がった肉塊。

 味付けは塩のみ。


「いただきます」


 かぶりつく。

 ホロホロと崩れる柔らかさ。

 そして、口いっぱいに広がる強烈な脂の甘み。


「うまっ! ……でも、濃い!」


 臭みはないけど、獣の味がダイレクトに来る。

 俺は慌てて、一緒に出された飲み物を煽った。


「ん? これミルクティー?」

「メスター茶だ。脂を流してくれるぞ」


 お茶の渋みと乳のまろやかさが、口の中の脂をさっぱりさせてくれる。

 なるほど、セットで食べるのが正解か。


「おいしい……。私、これ好きかも」


 ユラは夢中で肉にかぶりついている。

 肉食獣の本能が喜んでいるようだ。

 口の端についた脂をペロリと舐める。


 一方、ラクンは肉よりも報酬でもらったチーズに夢中だった。


「チーズ、サクサク、うまい」

「ラクンは肉、食べないの?」

「脂が、多い。こっちが、好きだ」


 カリカリと音を立ててチーズをかじり、スープを啜っている。


(ラクンはあまり肉を好まないみたいだな)


「じゃあ、俺はこっちに挑戦してみるか」


 俺は追加で頼んだ「メスター酒」を一口飲んだ。

 シュワッとした微炭酸。

 その後に来る強烈な酸味と、独特の乳臭さ。


「……うぐっ」


 鼻に抜ける発酵臭に、思わず顔が歪む。


 ラクンが「ヒッヒッヒ」と笑う。


「タケル、変な顔だ」


(ラクンの笑い声がちょっと癖になってきた)


「ちょっと……これは、人を選ぶ味だわ」


 ユラが匂いを嗅いで、あからさまに嫌そうな顔をして顔を背けた。


「酒は、ウマイ」


 俺とユラの分のメスター酒は、ラクンが美味しそうに飲み切った。


 風を追って移動し、家畜と共に生きる。

 定住しない彼らの暮らしは、シンプルで、力強い。


 俺たちは腹を満たし、この不思議な移動都市での夜を迎える準備を始めた。

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