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盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~  作者: 上山マヤ
第4章 ヘグム編

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第78話 新生活

「……ん」


 隣で毛布にくるまっていたユラが、小さく身じろぎした。

 朝の冷気がテントの隙間から忍び込む。

 彼女は上半身を起こすと、眠たげに目をこすり、両手で顔を覆った。


 そして、ペロリと自分の手の甲を舐める。

 湿らせた手で寝癖のついた髪、いや、獣耳のあたりを撫でつけ始めた。

 くしくしと、リズミカルに。


(……猫だ。完全に猫の仕草だ)


 旅に慣れてきたせいか、本来の癖が出ているみたいだ。

 俺が見ていることに気づいたユラが、ピタリと動きを止めた。

 ジトッとした目がこちらを睨む。


「……なに?」

「いや、器用だなって」

「人間が不器用なだけでしょ。……見ないでよ」


 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 けれど、その尻尾は昨日よりも高い位置で揺れていた。

 機嫌は悪くないようだ。


 一方、反対側で丸まっていたラクンは、まだ夢の中だ。


「起きて、ラクン。朝ごはん食べよ」


 身支度を整えながら、ユラがラクンの肩を揺する。


「……むぅ」

「ほら、もう日は昇ってるわよ」


 ユラはテントを開ける。


「まだ、鳴って……ない」


 ラクンは虚空に耳を澄ませるような仕草をする。


(寝ぼけてるのか)


「あっ。そうか」

「なに?」


 俺の声にユラが振り返る。


「これまでのラクンは、骨時計で起きてたんだよ。あのカンカンって音が目覚まし代わりだったんだ」

「ああ、あのうるさかったアレね。たしかに、あれがないと調子狂うかも」


 ユラは苦笑して、ラクンの耳元に口を寄せた。


「新しい生活に慣れていかないと。起きて、ラクン! 朝よ!」

「……っ! 起きた!」


 ラクンは弾かれたように跳ね起きた。

 キョロキョロと辺りを見渡し、ポカンと口を開ける。

 そこにあるのは見慣れた岩壁ではなく、布の天井と、隙間から差し込む朝日だ。


「……ここ、どこだ?」

「昨日は、街道沿いでキャンプしただろ。俺たち、旅をしてるんだ」

「……ああ。そう、だった」


 ラクンは納得したように頷き、テントの外へとテトテトと這い出した。

 俺たちも続く。


 外に出た瞬間。

 どこまでも広がる空が目に飛び込んでくる。


「……明るい、な」


 ラクンが眩しそうに目を細めてポツリと言う。


「山の上だったし、洞窟の中だったしな。環境がだいぶ変わったよな」

「空が、広い。天井が、ない」

「そうね。落ちてきそうで怖い?」

「いや……気持ちが、いい」


 ラクンは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。

 その小さな背中を見ていると、連れ出してよかったと心から思う。


 焚き火跡で火を起こし直す。

 ユラが持ってきたコオロギパンを石の上で温め始めた。


「パンが固くなってるわね」

「スープに浸せば食えるさ。パンは今日中に食べちゃおう。干し肉はまだ持つだろうけど、ちょいちょい食料になる物を探しながら進もう」

「そうね。新鮮な果物とか、食べたいわ」

「パン、食べる」


 固いパンをかじりながら、俺たちはマップを確認する。


 ◇ ◇ ◇


 太陽が高くなる頃。

 俺たちは王都を目指して街道を進んでいた。


 馬のトラベルは、荷物とユラ、そしてラクンを乗せて軽快に歩く。

 俺はバックパックを背負って歩いている。


 ラクンは(くら)の上から身を乗り出す。

 流れる景色に釘付けだ。


 道端の花。

 飛んでいく鳥。

 空に浮かぶ雲。


 見るものが全てが新鮮なんだろう。


(気持ちは分かる。俺も病院を出て、ここに来た時はそうだった)


「ねえ、タケル。もう1頭、馬がいるといいわよね」


 ユラが申し訳なさそうに言った。


「タケルだけ歩かせるの、悪いわ」

「たしかにね。まあ別に大急ぎってわけじゃないから、いいんだけどさ」


 俺は強がって見せたけど、本音には経済的な理由もあった。


(地味にお金がないんだよなぁ……)


 この旅に出る時に、シャンデたちからたくさんの装備や食料をもらった。

 けれど、集落で手に入らない消耗品や旅具は、あのドワーフ行商団から買った物だ。

 それが、驚くほどの"高値"だった。


『ここまでの輸送費と危険手当、それに希少価値じゃよ!』


 ドワーフの爺さんの言葉を思い出す。

 たしかに山までの移動を考えたら、町で買うのと同じ値段にはできないのは分かる。


(分かるけど!)


 足元を見られた感は否めない。


 なので、もう1頭の馬を買う余裕も、その維持費を捻出する余裕も、今の俺たちの財布にはなかった。


(それに、エナックの高額な維持費もあるしな……)


 便利な通信機器だけど、文明の利器とは、金食い虫のことでもあるらしい。

 ギルドに預けてある白の魔石を売れば、結構なお金になりそうだけど、最終手段として取っておきたい。


「どうしたの? 難しい顔して」


 トラベルに揺られながら、ユラが言う。

 馬に乗っている彼女からは、俺の表情は見えないはずなのに。


(妙に勘が良いんだよな、このマヌルネコは)


「なんでもないよ。次の街に着いたら、頑張って働こうと思ってね」

「ふふっ、変なの。冒険者が働くのは当たり前でしょ」

「ケルは、いつも、変だ」

「ラクンまで言うのかよ」


 軽口を叩き合いながら、俺たちは歩みを進める。


 ◇ ◇ ◇


 峠を越えたあたりから、景色が一変した。

 ゴツゴツとした岩肌や土の道が終わりを告げる。


 視界が開け、息を呑むような大パノラマが広がっていた。


「うわぁ……」


 そこは、緑の海だった。

 風が吹くたびに、草の波が地平線の彼方まで走っていく。

 レベック周辺の草原とはスケールが違う。

 右も左も、空の端から端まで、すべてが草原だ。


「ここが……ヘグム、かな?」

「たしか、ヘグムを越えたら王都って言ってたわね。リードルさんが」


 マップを確認するまでもない。

 この圧倒的な自然そのものが、ここが遊牧民の地であることを告げていた。


「……ん?」


 ユラの耳がピクリと動く。

 彼女は鋭い視線を草原の奥へと向けた。


「何かいる」

「どっち?」

「あっちの丘の向こう。……群れよ」


 ユラが指差す。

 俺は目を凝らすが、ただ草が揺れているだけにしか見えない。


「まだ〈探知〉にかかる距離じゃないみたいだ」


(ネコって視力がいいのかな? それとも〈夜目〉の応用か?)


「何かあったら俺がすぐ前に出るから、ユラはトラベルの手綱を持って距離を取ってね」

「分かった。気をつけて」


 俺たちは警戒レベルを上げ、慎重に進む。

 そんな俺たちの緊張をよそに、ラクンは気持ちよさそうに鼻歌を歌っていた。

 その歌声が、風に乗って遠くまで響いていく。


 しばらく進むと、丘の向こうから白い塊が転がり出てきた。

 一つじゃない。十、二十……いや、もっとだ。


「なんだあれ? モンスター?」


 モコモコとした白い毛玉のような生き物が、風に煽られる綿毛のように草原を跳ねている。

 その後ろから、それらを追うように馬に乗った人々が現れた。


「おい、待て待てー!」

「そっちに行ったぞ! 囲め!」


 牧羊犬のような獣を連れた、遊牧民たちだ。

 彼らは巧みな手綱さばきで馬を操る。

 逃げ惑う毛玉たちを誘導していた。


「狩り……じゃないわね。放牧?」

「にしては、必死すぎないか?」


 その時、俺たちは気づいた。

 その毛玉たちの群れの向こう側。

 地平線だと思っていた線が、揺らいでいることに。


 低い地鳴りのような音が響いてくる。

 地震じゃない。

 何千、何万という足音と、車輪が大地を削る音だ。


「タケル、あれ見て!」


 ユラが叫ぶ。

 俺は目を凝らし、そして絶句した。


「……嘘だろ」


 地平線が、流れていた。


 無数のテント。

 家畜の群れ。

 そして、家だ。


 車輪がついた巨大な台座の上に、丸い家やテントが建っている。

 それらが何十、何百と連なり、魔獣に引かれて進んでいる。


 帆を張った車輪の付いた船が風を受ける。

 色とりどりの旗をなびかせている。


 その行列は左右の視界に収まりきらない。

 長く。

 太く。

 大河のように草原を埋め尽くしていた。


「あれが……移動都市、ヘグム……!」


(生活そのものが、旅をしているみたいだ)


 圧倒的な質量と生命の奔流。

 俺たちはその壮大な光景に、言葉を失って立ち尽くしていた。

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