第75話 盤上の怪物
カホンの冒険者ギルド、支部長室。
私の安らぎの時間は、またしても手元の黒い石板によって奪われていた。
深夜のエナック通知。
本来なら不愉快極まりないものだが、ここ最近は違う。
それは、世界が軋みを上げて変わっていく音のように聞こえるからだ。
◇ ◇ ◇
【件名:レーイマニ連邦の樹立および、大規模レイドの戦果報告】
送信元:[調整局/ピサロ]
[調整局/ピサロ]
報告。
ボーンイーターの女王討伐完了。
現地クランおよび公募冒険者による連合軍の勝利を確認。
また、オーク族とゴブリン族によるレーイマニ連邦の樹立を正式に承認。
初代代表にはオーク族のシャンデ・キマ・ラフマル氏が就任。
なお、本件におけるMVP選出は「該当者なし(全部隊の連携によるもの)」として処理済み。
[王都本部/査問会]
辺境の亜人集落が連邦国家だと?
前例がない。調整局の独断ではないか?
また、MVPなしという報告も不自然だ。
突出した戦果を挙げた個人、もしくはパーティがいるはずだ。
[レベック支部/GMギドン]
現場を見た私が言うのだから間違いない。
あれは個の力ではない。結束の勝利だ。
文句があるなら、査問会の連中が直接ここまで来て、
数千の死骸を片付けてから言ってもらいたいものだな。
◇ ◇ ◇
画面をスクロールさせながら、私は声を上げて笑った。
「ふふっ、あははは! 傑作だわ!」
あの堅物のギドンが、ここまで露骨に本部へ喧嘩を売るとは。
彼もまた、タケルという劇薬を飲まされ、腹を括ったようだ。
MVPは"該当者なし"。
素晴らしい隠蔽工作ね。
だが、その裏で何が起きていたのか、私には手に取るように分かる。
亜人の国を作り、数千の魔物を退け、ギルドマスターたちを共犯者に仕立て上げる。
やってくれたものだ、私の可愛い新人は。
エナックを操作し、個人チャンネルを開く。
彼からの報告は、いつだって私の想像を超えてくる。
◇ ◇ ◇
From:タケル
『お疲れ様です。
もう報告が入ってるかもしれませんが無事に終わりました。
何とか解決できてよかったです。
それと報告があります。
新しいシナジーボーナスを見つけました』
To:タケル
『無事でなによりよ。
ピサロの報告書を読んだわ。
大戦果と言えるわね。
で? 次はどんな非常識を見つけたの?』
From:タケル
『火と水の上級魔法を組み合わせたら、
〈蒸気の奔流〉というシナジーが出ました。
それを使って〈スチーム・バースト〉っていう、
超級魔法を覚えました。
超級について知ってることはありますか?』
◇ ◇ ◇
私はガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。
ワイングラスを倒しそうになるのを、ギリギリで手で押さえる。
「超……級魔法」
その単語の重みを、彼は理解しているのだろうか?
上級魔法ですら、一軍の将や高ランク冒険者が切り札として使うものだ。
その上の"超級"。
それはもはや、魔法ではなく"天災"の域だ。
歴史上の大賢者や、伝説の勇者パーティの一員が使ったとされる、おとぎ話レベルの力。
それを、レベル一桁の青年が習得?
しかも、相反する属性の融合魔法として?
「……めまいがするわ」
私は額に手を当て、深く息を吐いた。
彼の特性〈天賦の才〉。
SP獲得量が2倍になるという、反則的なアドバンテージ。
それがもたらすのは、単なる成長の速さだけではない。
本来なら"どちらかを選ばなければならない"場面で、彼は"両方を選ぶ"ことができる。
戦士でありながら魔法使い。
その矛盾した選択を可能にするリソースが、新たな可能性の扉を次々とこじ開けていく。
もし、魔法協会がこの〈蒸気の奔流〉の理論を知れば、血眼になって彼を探すだろう。
既存の魔法体系を根底から覆す発見なのだから。
(タケル。あなたは自分が何をしたのか、分かっていないのね)
国を一つ作り、魔法の歴史を一つ塗り替えた。
それも、偶然立ち寄った亜人の集落で。
もちろん、それは彼の周りの人たちあってのこと。
しかし、それを動かしたのはタケルだ。
私は震える指で返信を打つ。
◇ ◇ ◇
To:タケル
『その魔法のことは、絶対に他言無用よ。
ギドンにも、ギンドレッドのリーダーにも、
「特性で威力が上がった」とでも言って誤魔化しなさい。
「超級」という言葉は、この世界では禁句だと思いなさい』
From:タケル
『了解です! 肝に銘じます。
明日、出発して王都へ向かいます。
モーリンさんには、本当にお世話になりました』
◇ ◇ ◇
画面の向こうで、彼が屈託なく笑っている姿が目に浮かぶ。
これだけの力と秘密を持ちながら、彼自身は驚くほど"普通"の青年のままだ。
権力を欲するわけでも、力を誇示するわけでもない。
ただ、生きることを楽しみ、手の届く範囲の理不尽に抗っているだけ。
だからこそ、人は彼に惹きつけられるのだろう。
オークも、ゴブリンも、そして私たちギルドマスターも。
「お世話になった、か」
世話を焼かされたの間違いよ。
でも……これほど楽しい仕事はなかった。
ギドンとのやり取りも、ピサロへの連絡も。
タケルがいなければ、きっと私からは動けなかっただろう。
私は窓の外、北の空を見上げる。
その先にあるのは、アステリア王都。
権謀術数が渦巻き、古い権威が腐臭を放つ、この国の心臓部。
そこに、この規格外の怪物が放たれる。
「……その前に、あの平原を抜けないとね」
(私は、ただ見たいだけ)
今まで積み上げてきた常識や利権が、無邪気な一撃で粉砕される様を。
私はエナックを置き、新しい羊皮紙を取り出した。
王都にいる古い友人に、手紙を書くことにした。




