第74話 後の祭り
「――最後に、死傷者について報告します」
リードルが淡々と告げたその言葉に、天幕の中の空気が冷たく張り詰めた。
(死傷者……?)
脳裏に浮かぶのは、俺の前に立ちはだかり、盾となった二つの背中。
豪快に笑っていたアグラマとベルカジ。
「後遺症の残る怪我人はゼロ。死者は人間から1名。ゴブリンからは2名。そして、オークからは8名となりました」
「そんなに!?」
思わず声が出る。
数百人規模の激戦だったとはいえ、その数字はあまりに重い。
戦線の一角が崩れ、冒険者やゴブリンたちが被害にあった。
オークたちのほとんどは、誰かを守るために前線に飛び出して命を落としたようだった。
「……すまねえ。それは俺の責任だ」
アンジェラが沈痛な面持ちで、机に置いた拳を強く握りしめた。
「そ、そういう意味じゃ……」
「これ程の大規模レイドです。過去の事例と比べても、被害は驚異的に少なかったと言えます」
リードルが慰めるように、客観的なデータを提示する。
しかし、アンジェラは首を振った。
「別に過去のとか、数字の話じゃねえんだよ。俺が守ると言ったのに、守り切れなかった」
その悔しさが痛いほど伝わってくる。
俺は恐る恐る、一番聞きたくなかった問いを口にした。
「シャンデさん。アグラマとベルカジは……どうなりましたか?」
シャンデは俺の方を見なかった。
窓の外、戦場となった山の方角を見つめたまま、短く答えた。
「死んだ。2人ともな」
(そんなっ……)
視界が揺れる。
あの時、俺がもっと早く決断していれば。
彼らは今頃、また美味そうに肉を食っていたかもしれないのに。
「すみませんでした……。俺の魔法のこと、もっと早くアンジェラさんに話していれば……」
俺は深く頭を下げた。
地面に落ちる自分の影が、ひどく惨めに見えた。
「あの魔法の威力にはたまげたが、別にだからと言って、何が変わったわけでもねえよ」
アンジェラが静かに声を落とした。
「でも!」
「――お前の中級魔法が無ければ、前線はもっと早く崩壊していた。最初から戦闘に参加しておいて、最後までマナを切らさず戦えた魔法使いはお前だけだぜ」
ガシッ、と大きな手が俺の頭に乗せられた。
アンジェラが、乱暴に、けれど労るように俺の髪を掻き回す。
「タケル。お前が自分を責めるのは筋違いだ。先に言ってもらえていれば、違った作戦を考えたかもしれないが、結局のところ、女王のバフについては想定外だった。むしろ、よく対応したと思う」
(……違う)
「お前はよくやった」
こんなことを言わせたいわけじゃない。
俺の秘密主義が、彼らを殺したんじゃないかという疑念が晴れない。
(なのに、俺は……)
後悔の念が渦巻く中、シャンデの鋭い声が響いた。
「何を落ち込んでいる? 人間」
顔を上げると、シャンデが俺を見下ろしていた。
その瞳に、悲しみはない。
あるのは強烈な誇りだけだ。
「貴様ら人間たちの物差しで測るなよ? 戦って死ねたのなら、オークにとってそれ以上の幸せはない!」
シャンデは胸を張る。
そして部屋に控えていたオークたちを見渡した。
彼らもまた、深く頷き、拳を胸に当てて敬意を表している。
「武勇と共に我らの記憶となり、武器に魂を宿したのだ! それを嘆くことは、彼らへの侮辱となる!」
慰めで言ってるわけじゃない。
それが、オークの価値観。
生き様なんだ。
俺は唇を噛みしめる。
頭では分かる。
彼らにとって、それは名誉な最期なのだと。
(それでも……俺は、生きていて欲しかったよ)
俺は拳を握りしめ、ただ静かにその事実を受け止めるしかなかった。
◇ ◇ ◇
重い足取りで天幕の並ぶエリアに戻ると、見慣れた背中があった。
医療用テントの前で、荷物をまとめている黒いローブの青年。
「デイヴ?」
「ん? ああ、タケル。起きたのか」
デイヴは振り返り、持っていた荷物を置くと、ほっとしたような笑みを浮かべた。
「うん。さっきね」
「すごい寝てたからね。チャールズとヒラリーは先に帰ったよ。レポートの期限があるからって、泣きながら馬車に乗っていった」
「ああ……エナックにメッセージが入ってたよ」
慌ただしく帰る2人の姿が目に浮かび、少しだけ頬が緩む。
「デイヴは残ってて平気なの?」
「僕はもう単位は足りてるし、内定先も決まったからね」
デイヴは手元の木箱を整理しながら、何でもないことのように言った。
「内定先?」
「キンドレッドに入るんだ」
「マジで!?」
「正確にはキンドレッドの下部クランだけどね。アヤドに誘われたんだ」
デイヴは視線を、遠くで指示出しをしているリザードマン、アヤドの方へと向けた。
「そうだったんだ。おめでとう!」
「はは。ありがとう。事務処理と回復ができる人材は貴重らしいよ」
(デイヴの俯瞰した考えは頼りになるもんな)
アヤドが欲しがる気持ちが、なんとなくだけど分かる。
あそこまで激務だと、優秀な補佐は何人いても足りないだろう。
デイヴは整理していた包帯の束を手に取り、じっと見つめた。
その横顔から、ふと笑みが消える。
「……僕のテントでは、運ばれてきたオークやゴブリンの治療を手伝ってたんだ」
「うん」
「ひどい怪我だった。……中には、間に合わなかった人もいた」
デイヴの手が、包帯をぎゅっと握りしめる。
「……デイヴ」
「僕にもっと力があれば、救えた命だったかもしれない。その感触を、きっと、ずっと忘れない」
彼は顔を上げ、真っ直ぐに俺を見た。
そこには、以前のアカデミー生としての気楽さはなく、1人の冒険者としての覚悟があった。
「だから、今よりも厳しい環境に身を置きたいって思ったんだ。机の上じゃ学べないことが、ここにはあったから」
「それで、キンドレッドに決めたんだな」
「……まあね。それに、アヤドさんは良い上司になりそうだし」
デイヴは照れくさそうに鼻をかいた。
(デイヴは前を向いてる)
自分の無力さを嘆くだけじゃなく、それを糧にして次へ進もうとしている。
俺なんかよりも、ずっと強い。
(……そうだ!)
俺も、立ち止まってはいられない。
アグラマたちの死を背負って、それでも前を向いていかなきゃいけないんだ。
「俺……王都へ行くよ」
「うん。タケルなら、きっと凄いことになるよ」
デイヴが差し出した手を、俺は強く握り返した。




