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盤上のイレギュラー~獲得SP2倍の冒険者は、世界の計算を狂わせる~  作者: 上山マヤ
第3章 ゴブリン編

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第74話 後の祭り

「――最後に、死傷者について報告します」


 リードルが淡々と告げたその言葉に、天幕の中の空気が冷たく張り詰めた。


(死傷者……?)


 脳裏に浮かぶのは、俺の前に立ちはだかり、盾となった二つの背中。

 豪快に笑っていたアグラマとベルカジ。


「後遺症の残る怪我人はゼロ。死者は人間から1名。ゴブリンからは2名。そして、オークからは8名となりました」

「そんなに!?」


 思わず声が出る。

 数百人規模の激戦だったとはいえ、その数字はあまりに重い。


 戦線の一角が崩れ、冒険者やゴブリンたちが被害にあった。

 オークたちのほとんどは、誰かを守るために前線に飛び出して命を落としたようだった。


「……すまねえ。それは俺の責任だ」


 アンジェラが沈痛な面持ちで、机に置いた拳を強く握りしめた。


「そ、そういう意味じゃ……」

「これ程の大規模レイドです。過去の事例と比べても、被害は驚異的に少なかったと言えます」


 リードルが慰めるように、客観的なデータを提示する。

 しかし、アンジェラは首を振った。


「別に過去のとか、数字の話じゃねえんだよ。俺が守ると言ったのに、守り切れなかった」


 その悔しさが痛いほど伝わってくる。

 俺は恐る恐る、一番聞きたくなかった問いを口にした。


「シャンデさん。アグラマとベルカジは……どうなりましたか?」


 シャンデは俺の方を見なかった。

 窓の外、戦場となった山の方角を見つめたまま、短く答えた。


「死んだ。2人ともな」


(そんなっ……)


 視界が揺れる。

 あの時、俺がもっと早く決断していれば。

 彼らは今頃、また美味そうに肉を食っていたかもしれないのに。


「すみませんでした……。俺の魔法のこと、もっと早くアンジェラさんに話していれば……」


 俺は深く頭を下げた。

 地面に落ちる自分の影が、ひどく惨めに見えた。


「あの魔法の威力にはたまげたが、別にだからと言って、何が変わったわけでもねえよ」


 アンジェラが静かに声を落とした。


「でも!」

「――お前の中級魔法が無ければ、前線はもっと早く崩壊していた。最初から戦闘に参加しておいて、最後までマナを切らさず戦えた魔法使い(ソーサラー)はお前だけだぜ」


 ガシッ、と大きな手が俺の頭に乗せられた。

 アンジェラが、乱暴に、けれど労るように俺の髪を掻き回す。


「タケル。お前が自分を責めるのは筋違いだ。先に言ってもらえていれば、違った作戦を考えたかもしれないが、結局のところ、女王のバフについては想定外だった。むしろ、よく対応したと思う」


(……違う)


「お前はよくやった」


 こんなことを言わせたいわけじゃない。

 俺の秘密主義が、彼らを殺したんじゃないかという疑念が晴れない。


(なのに、俺は……)


 後悔の念が渦巻く中、シャンデの鋭い声が響いた。


「何を落ち込んでいる? 人間」


 顔を上げると、シャンデが俺を見下ろしていた。

 その瞳に、悲しみはない。

あるのは強烈な誇りだけだ。


「貴様ら人間たちの物差しで測るなよ? 戦って死ねたのなら、オークにとってそれ以上の幸せはない!」


 シャンデは胸を張る。

 そして部屋に控えていたオークたちを見渡した。

 彼らもまた、深く頷き、拳を胸に当てて敬意を表している。


「武勇と共に我らの記憶となり、武器に魂を宿したのだ! それを嘆くことは、彼らへの侮辱となる!」


 慰めで言ってるわけじゃない。

 それが、オークの価値観。

 生き様なんだ。


 俺は唇を噛みしめる。


 頭では分かる。

 彼らにとって、それは名誉な最期なのだと。


(それでも……俺は、生きていて欲しかったよ)


 俺は拳を握りしめ、ただ静かにその事実を受け止めるしかなかった。


◇ ◇ ◇


 重い足取りで天幕の並ぶエリアに戻ると、見慣れた背中があった。

 医療用テントの前で、荷物をまとめている黒いローブの青年。


「デイヴ?」

「ん? ああ、タケル。起きたのか」


 デイヴは振り返り、持っていた荷物を置くと、ほっとしたような笑みを浮かべた。


「うん。さっきね」

「すごい寝てたからね。チャールズとヒラリーは先に帰ったよ。レポートの期限があるからって、泣きながら馬車に乗っていった」

「ああ……エナックにメッセージが入ってたよ」


 慌ただしく帰る2人の姿が目に浮かび、少しだけ頬が緩む。


「デイヴは残ってて平気なの?」

「僕はもう単位は足りてるし、内定先も決まったからね」


 デイヴは手元の木箱を整理しながら、何でもないことのように言った。


「内定先?」

「キンドレッドに入るんだ」

「マジで!?」

「正確にはキンドレッドの下部クランだけどね。アヤドに誘われたんだ」


 デイヴは視線を、遠くで指示出しをしているリザードマン、アヤドの方へと向けた。


「そうだったんだ。おめでとう!」

「はは。ありがとう。事務処理と回復ができる人材は貴重らしいよ」


(デイヴの俯瞰した考えは頼りになるもんな)


 アヤドが欲しがる気持ちが、なんとなくだけど分かる。

 あそこまで激務だと、優秀な補佐は何人いても足りないだろう。


 デイヴは整理していた包帯の束を手に取り、じっと見つめた。

 その横顔から、ふと笑みが消える。


「……僕のテントでは、運ばれてきたオークやゴブリンの治療を手伝ってたんだ」

「うん」

「ひどい怪我だった。……中には、間に合わなかった人もいた」


 デイヴの手が、包帯をぎゅっと握りしめる。


「……デイヴ」

「僕にもっと力があれば、救えた命だったかもしれない。その感触を、きっと、ずっと忘れない」


 彼は顔を上げ、真っ直ぐに俺を見た。

 そこには、以前のアカデミー生としての気楽さはなく、1人の冒険者としての覚悟があった。


「だから、今よりも厳しい環境に身を置きたいって思ったんだ。机の上じゃ学べないことが、ここにはあったから」

「それで、キンドレッドに決めたんだな」

「……まあね。それに、アヤドさんは良い上司になりそうだし」


 デイヴは照れくさそうに鼻をかいた。


(デイヴは前を向いてる)


 自分の無力さを嘆くだけじゃなく、それを糧にして次へ進もうとしている。

 俺なんかよりも、ずっと強い。


(……そうだ!)


 俺も、立ち止まってはいられない。

 アグラマたちの死を背負って、それでも前を向いていかなきゃいけないんだ。


「俺……王都へ行くよ」

「うん。タケルなら、きっと凄いことになるよ」


 デイヴが差し出した手を、俺は強く握り返した。

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