第69話 決戦前夜
オーク族の国、レーイマニ。
その広場の片隅では、奇妙な交渉が行われていた。
「僕の絵を描いてくれないか?」
パーフェクトサークルのリーダー、メイナードがさらりと言い放つ。
対峙していたシャンデが、耳を疑うように目を見開いた。
「なんだと?」
「いやあ、オーク族の絵画技術は味があっていいねえ。報酬の代わりに、僕の肖像画を描いてほしいんだ」
メイナードは自分の髪を指で弄りながら、うっとりと続ける。
「最初はね、ゴブリンたちに歌を作ってもらおうと思ったんだけどさ。それは頼まなくても、僕の活躍を見たら、きっと後世に語り継ぐ賛歌を作っちゃうと思うんだよね」
シャンデは大きく口を開けたまま固まった。
やがて深く深いため息をついて、首を振った。
それを遠巻きに見ていた俺も、ため息しかでなかった。
(あの人の自己顕示欲は、底が知れない)
◇ ◇ ◇
戦場となる山の斜面への設営準備が着々と進む。
そんな中、見覚えのある黒いローブの男が歩いてきた。
スパルトイ戦で共闘した魔法使い。
ダイヤモンドライフのスチュワートだ。
「よう、久しぶりだな」
「スチュワートさん! 来てくれたんですね」
彼の強力な光魔法はスパルトイ戦で証明済みだ。
「俺の魔法は燃費が悪いからな。期待されるほど数多くは撃てないよ」
スチュワートは自嘲気味に笑う。
「まあ、こういう総力戦ってのは、消耗戦になりやすいからな」
通りかかったアンジェラが、親しげにスチュワートの肩を叩く。
(そうか。この2人も顔見知りか)
「継続戦闘のできる職業を、羨ましく思う時があるよ」
「それでも今は、1人でも光魔法の使い手が増えるのは助かるぜ。ここぞって時に頼むわ」
「善処するよ」
俺は周囲を見渡す。
「あれ? あの重戦士の……」
「デンマンか? あいつはウチのリーダーと、レベックのクエスト中だ。来たがってはいたけど、街の仕事もあるからな」
主要メンバー全員が来れるわけではない。
それでも、これだけの人数が集まったのは奇跡的だ。
スチュワートが、視線を広場の中央に向ける。
そこではメイナードが優雅にお茶を飲んでいた。
「メイナードも来てたんだな。あれの力を見れるのは、楽しみでもあるけど……少し怖いな」
「怖い? 一体どんな力なんです?」
「……本人が居るんだ。本人から聞いた方がいい」
スチュワートは言葉を濁して、複雑な表情を浮かべた。
◇ ◇ ◇
作戦会議室。
アヤドによって編成された、各パーティリーダーたちが集められた。
張り詰めた空気の中、リードルが前に出る。
「偵察班からの報告により、いよいよ明日! ボーンイーターが、目標地点まで侵入してきます。改めて、作戦説明を!」
バトンタッチするように、アンジェラが地図の前に立つ。
「作戦指揮を執るアンジェラだ。まずは高所からの遠距離攻撃で削る。中距離からは魔法の出番だ。当然、弓隊や投石隊は継続」
アンジェラは指揮棒で地形を叩きながら、距離感をイメージさせるように説明する。
「それで仕留めるのがベストだが、詰められたら近接の出番になる。近接部隊は殲滅よりも後衛を守れ。あくまでも虫どもを始末するのは後衛部隊だ」
そして、アンジェラは意味深にメイナードを見た。
「それと、『虹の花』についてだが……使えるんだろ?」
「もちろん」
メイナードは足を組み替え、余裕の笑みを浮かべる。
「どういう力なんですか?」
俺が尋ねる。
すると、メイナードは俺の方を見て、にっこりと笑った。
「君は……たしか、うちの勧誘を断った子か?」
「え、ええ、まあ……」
(なぜ今それを?)
「ふーん……。だったら教えなーい」
メイナードは子供のように舌を出した。
(なんなんだこの人は!)
俺が呆気にとられていると、隣でリードルがこめかみを押さえた。
「作戦に支障をきたすので、私から説明します」
「ちぇっ」
「メイナードさんの『虹の花』は、『ユニーク武器』のスキルです」
「ユニーク武器!?」
(レジェンダリーの上があったのか?)
「超広範囲の上級毒魔法だと思って下さい。持続性が高く、数時間は対象エリアが猛毒に汚染されます。広範囲に影響を及ぼすので、"戦術兵器"とも呼ばれています」
「ネタ晴らしが早いんだから、僕の部下は」
メイナードがつまらなそうに唇を尖らせる。
「相手が生物である以上、僕の『虹の花』の効果は期待してくれていい。君たちは、毒で弱った相手を叩くだけの、簡単な仕事になるだろう」
(ユニーク武器……)
これがメイナードの自信の元か。
上級魔法ですら強力なのに、それが広範囲で持続する毒……。
たしかに戦術兵器だ。
スチュワートが「怖い」と言った意味が分かった気がした。
アンジェラが話を戻す。
「ゴブリンの歌については、何度か実験をしたが効果はありそうだ。しかし、大規模戦闘でそれがどこまで通用するかは分からねえ。魔法による爆音や怒号が鳴り響くわけだからな。だから、その指揮は族長にまかせるぜ」
「いいだろう」
ゴブリンの族長が重々しく頷く。
(戦場での音か)
たしかに、オークたちも大声を出しそうだし、爆発音も凄いだろう。
ラクンたちの声はどこまで届くんだろう?
「最後に、祠でのSP獲得によって、俺たちの戦力は間違いなく底上げされてる。死に急ぐんじゃねえぞ。隣の仲間を信頼しろ。以上だ」
アンジェラの力強い言葉で、会議は締めくくられた。
◇ ◇ ◇
その夜。
ゴブリンたちによる戦歌が催されていた。
集落の外れ、静かな岩場で俺たちは夜空を見上げていた。
俺とユラ、そしてラクンの3人だ。
「……明日ね」
ユラが膝を抱えながら呟く。
その横で、ラクンが小さな体をさらに小さくしていた。
「怖いか? ラクン」
「……怖い。嫌な音が、たくさんする」
ラクンの大きな耳が、不安げに動く。
彼女にとって、戦場の轟音は俺たち以上の恐怖なのかもしれない。
「大丈夫よ」
ユラがそっとラクンの肩を抱き寄せる。
「私がそばにいる。ラクンの歌が届くように、私が絶対に守るから」
「ユラ……」
「タケルも、前で戦ってくれるものね?」
ユラが俺を見上げて微笑む。
その笑顔には、以前のような怯えはなかった。
守られるだけじゃない、共に戦う仲間の顔だ。
「ああ。俺が必ず敵を食い止める。歌うことだけに集中してくれ」
俺は拳を握りしめて、2人に誓った。
「誰も死なせない。ここを、俺たちがラクンの故郷を絶対に守るよ」
ラクンはこくりと頷いた。
月明かりの下。
俺たちは静かに明日への覚悟を固めた。
その歌が、明日の戦場に届くことを信じて。




