第68話 リーダー
作戦会議は佳境を迎えていた。
リードルが地図上のポイントを指し示しながら、厳しい表情を崩さない。
「行軍を遅らせるためのワナは設置をしました。しかし、ボーンイーターは低空ではありますが、空を飛びます。どの程度の効果があるかは不明です」
「こちらの人数が増えたのだ。ただ迎え撃つよりも、有利な戦場をこちらで作った方がいい」
ジョシュが眼鏡の位置を直し、冷静に分析する。
「この山の斜面を利用します」
リードルが頷いて、地形図に線を引いた。
「常に上からの攻撃、今作戦のメイン火力は弓攻撃です」
「指導はしてみたが、オークは絶望的に弓が使えねえからな」
アンジェラが頭を掻く。
「あんなものは戦士の武器ではない。岩でも投げている方がマシだ」
シャンデが不満げにこぼす。
「それで……岩を削ってたんですか」
俺は広場の隅に積み上げられた、オークの手の平サイズの岩の山を思い出して納得した。
「この場合の投石は悪くねえ案だ。あの虫の大群にオークたちが突っ込みそうで不安だったが、岩を投げるのを面白がってるから、やらせることにした」
アンジェラは満足そうに笑った。
(こういう統率って、アンジェラが居なかったらどうなってたんだろう?)
オークの性格を見事に把握してる。
戦力として組み込む手腕。
クランを束ねているだけある。
◇ ◇ ◇
会議が終わり、広場に出ると怒声が響いていた。
公募レイドの参加者の中に、問題児がいたようだ。
「金取るのかよ。亜人のフリしてんじゃねえぞ、このモンスターが!」
男が唾を吐き捨てる。
その瞬間。
シャンデの目がすわり、大股で歩み寄った。
「ダメだ、シャンデ!」
アンジェラが制しようと手を伸ばす。
しかし、シャンデの一撃は既に終わっていた。
ドォォン!!
爆音とともに土煙が上がる。
腰を抜かして倒れた冒険者の顔面。
その真横の地面が、シャンデの拳でクレーターのようにえぐれていた。
「ひっぃ……」
男は泡を吹いて気絶した。
広場が静まりかえる。
「あれは、人間が、悪い」
遠巻きに見ていたラクンが呟く。
「そうだけど、この空気どうなるのかな?」
ユラも心配そうに見守る。
(やっぱり、ああいう人も来るのか)
「聞け! 人間どもよ! この地は我らオーク……そして、ゴブリンの国だ! よそ者はこの国の掟に従え!」
シャンデが拳を振り上げ叫ぶ。
周囲のオークやゴブリンたちが呼応して雄たけびをあげた。
その迫力に、不満を持っていた他の冒険者たちも震え上がる。
「そういうこった。人の家に来たら礼儀正しくしとけよ」
アンジェラが肩をすくめる。
「よく殺さんかったな」
背後から落ち着いた声がした。
ゴブリンの族長だ。
「殺すと、怒りそうな奴らが居るからな」
シャンデがチラリとピサロの方を見る。
「お前を怒る者が、私以外にできたか。時代は変わっていくな」
「ちっ。そんなことより、どこで遊んでいたんだ。私に面倒を押し付けて」
「歌の準備と骨の準備だ。多くの人間たちは知らんだろうが、我らは歌の意味を知っておる」
族長は静かに、しかし力強く言った。
(なんか、まだ空気が重い)
アンジェラの言葉で空気が変わることが多かったけど。
それは彼を知っている人が多かったからだ。
公募で集まった人たちは、シャンデやオークたちの剥き出しの野生に圧倒されている。
いや、悪いのはどうみても無礼な冒険者なんだけど。
「随分と強そうな、お姉さんだ」
重苦しい空気を切り裂くように、軽薄そうな声が響いた。
青いローブを翻して歩く。
長髪の片側を三つ編みにした男が近づいてくる。
「いやあ、すごいね。まさかゴブリンとオークの村が繋がっているなんて」
(あのシンボルは……)
男の胸元に刺繍された、青い薔薇のデザイン。
パーフェクトサークルのシンボルだ。
「パーフェクトサークルのリーダーをしている。『虹の花』なんて呼ばずに、メイナードと呼んでくれよ」
(虹?)
この人がジョシュやリードルたちのボスか。
マナの雰囲気?
なんか刺さるような感覚がある。
ユラの毛が逆立つ。
警戒色を強めているのが分かった。
(獣の本能か?)
警鐘を鳴らしているようだ。
冒険者たちが口々にメイナードの名を噂する。
有名人らしい。
「注目されるっていいね。いい機会じゃないか。皆、僕の下で働かないか?」
手を大げさに広げてメイナードはおどけて見せる。
「下部組織はいくつあってもいい。そうだろ、ジョシュ?」
「管理する者の心労が増えます。それに、クランの名を落とす輩まで入り込む可能性があるので、吟味は必要です」
ジョシュが深々と頭を下げる。
(ジョシュが敬語で話してる!?)
メイナードの方が相当若そうなのに。
ジョシュって貴族だったよな?
「貴様がこいつらのリーダーか。随分と優男だな」
シャンデが不愉快そうに見下ろす。
(この人は挑発しないと死んじゃうのか)
「部下に頼まれてね。君たちを助けに来たんだ」
「……ほう」
「そういえば、君からはまだ聞いてないね。オークの女王」
メイナードは薄く笑った。
「何をだ?」
「助けて下さいって――」
ドォォォン!!
言葉が終わるより早く、シャンデの豪腕が振るわれた。
さっきの威嚇とは違う。
本気の一撃。
(ヤバっ!)
しかし――。
バリバリッと青白い火花が散る。
シャンデの拳は空中で止まっていた。
(魔法障壁!?)
「ははは。冗談だよ。この世界には色んな力がある。僕の力を見せた方が、オークやゴブリンたちも納得するだろう?」
メイナードは平然としている。
「遊びが過ぎますよ」
ジョシュが咎めるように言う。
「今の攻撃を防いだんだ。分かるだろ?」
メイナードはウィンクしてみせた。
その笑顔には、相手の反応を楽しむ余裕があった。
「ちっ。また面倒な人間が増えたわ」
シャンデが舌打ちをして腕を引く。
その拳が微かに震えているように見えた。
「殺す気で殴ろうとしたのに、届かんかったな」
ゴブリンの族長がからかうように言う。
「うるさい!」
シャンデが怒鳴り返す。
その表情には明らかな警戒の色が混じっていた。




