第66話 連邦の夜明け
翌日。
騎士団は、驚くほどあっさり引いた。
ギルド、それに調整局。
その名前だけで、剣を収める程度の影響力はあるらしい。
騎士団は「手続き上の問題がないか監視する」という名目で近くに駐屯している。
直接的な干渉はなくなった。
(シャンデじゃないけど、政治のことはよく分からないんだよな)
俺はため息をつきつつ、新しい国となったオーク族の族長――。
(いや、今は「国王」か)
その部屋を覗いた。
「何でもかんでも私に聞いてくるな! お前が決めろ!」
「私に決定権を渡すと、私がこの国の王になっちゃいますよ」
「くっそ! あのじじいめ。面倒ごとを私に押し付けたな!」
シャンデが頭を抱えて叫んでいた。
正式に国とするには、クリアしなければならない条件がある。
統治者の存在。
国民が居ること。
領土の問題。
そして、他国と関係を結ばないといけないらしい。
戦うことしか知らなかったシャンデにとって、書類仕事は拷問に近いようだ。
その横で、調整局のピサロが涼しい顔で紙をめくっていた。
◇ ◇ ◇
「概ね、今の状況は把握しました。せっかく支部を任されたのに、無くなる可能性もありそうですね」
「他人事のように言うな!」
シャンデは書類に目を向けながら叫ぶ。
「レベックのギドンさんや、カホンのモーリンに比べると随分若いですけど。もしかして、ピサロさんってエリートだったりします?」
言い終わってから失礼なことを聞いてしまったと、少し後悔した。
しかし、ピサロは軽く肩をすくめて答える。
「まさか! 辺境での仕事はみんな嫌がるので、押し付けられたんですよ」
「ほう、いい度胸だ」
シャンデの言葉は皮肉で言ったのか、本当に感心したのか、俺には分からなかった。
「支部を置くとまでは考えていませんでした。ただあの状況だったので、ああ言わないと騎士団の皆さんも引けないだろうなって思ったんですよね」
ピサロはさらっと爆弾発言をする。
(この人って……)
「平和の維持は騎士団よりも、私たちの仕事だと思っていますから」
「ふん。両方を守ったつもりか」
シャンデが鼻を鳴らす。
「辛いよりも楽が良い。争うよりも平和が良い。私のモットーです」
(信念がある)
シャンデに一歩も引かないところも凄い。
俺なんて未だに緊張するのに。
用事を済ませた俺は、ユラが休んでいる部屋へ向かった。
彼女はベッドに横たわっていたけど、顔色はだいぶ良くなっている。
傍らではラクンが心配そうに座っていた。
「調子はどう?」
「平気よ。……もう、動けるわ」
「ユラは、治ってない」
ラクンが呟くようにこぼす。
「無理するなよ。スキルの反動はまだ残ってるはずだ」
「でも……じっとしてられないの」
ユラが悔しそうに拳を握る。
(ユラは役目を持とうとし過ぎる)
「今は休むのも仕事だ。本番はこれからなんだから」
「……うん。分かってる」
◇ ◇ ◇
作戦準備室。
偵察班から一報が入る。
「報告します!」
「どうした?」
「ボーンイーターの総数を7000体以上に上方修正します」
「はあ!?」
全員が息を呑んだ。
「群れが途切れていたので後ろの部隊に――」
「そんな言い訳はいらねえよ。とにかく、7000ってことだな」
アンジェラが机を叩いて遮る。
「……はい」
「ああ、くそっ。元々こっちの数に不安があるってのに……」
「ところでオークの国王の姿が見えんが?」
ジョシュが周囲を見回す。
「族長って呼ばないと怒られるぞ」
「面倒な大将だ」
ジョシュがぼやいた瞬間、背後から低い声が響いた。
「誰が面倒だと?」
シャンデが入ってきた。
後ろにはラクンに支えられたユラの姿もある。
ユラは無理を押して会議に参加するつもりだ。
(休むように言ったのに……)
「シャンデ族長、ボーンイーターの数が……」
「聞こえていた。増えたのだろう? それについては、こいつに考えがあるようだ」
シャンデの影から、レーイマニのギルドマスターとなったピサロがひょっこりと顔出す。
「調整局、およびギルドは中立です。オーク族にも冒険者にも、ボーンイーターにも肩入れはできません」
ピサロは前置きのように言う。
「ですが、相談を受けたらアドバイスは可能な範囲で行います」
「とっとと話せ」
シャンデが急かす。
ふうっと息を整えてからピサロは口を開いた。
「ではただいまより、レーイマニ冒険者ギルドは、ボーンイータの女王討伐に向けて、『蟲の女王レイド』を公募いたします」
(レイド!?)
「はっはー。なるほどな!」
アンジェラが膝を打つ。
「到達予想日時まであと18日。これならレベック以外からでも冒険者を募ることができそうだな」
ジョシュが計算するように呟く。
「なお、今回のレイドクエストはレーイマニ連邦からの出資を得ての公募となります。報酬については、通常のギルド報酬よりも下がることになりますので、ご注意ください」
レーイマニは連邦国家となった。
レーイマニのオーク族、プムスワンのゴブリン族。
双方の文化、自治権を維持するにはこの形にするのが一番いいらしい。
「ギルドを間に挟めば公平に報酬は分配される。ギルドだけは中立だ。考えたな」
アンジェラが感心する。
「祠についてだが……」
シャンデが切り出した瞬間。
場が一気に静まり返った。
(祠の影響力はやっぱり強い)
「人間たちの戦力の底上げになるのだろう? この参加者には祠の利用を許可する」
その言葉に一同が沸いた。
「非常にありがたい話だが、問題がある」
ジョシュが眼鏡を光らせる。
「言ってみろ」
「冒険者の祠のSP目当ての参加が殺到することになる」
「人間らしい考えだな」
シャンデが皮肉っぽく笑う。
「それについては、返す言葉もない」
ジョシュが肩をすくめる。
「じゃあ、今ここに集まった人だけ祠を使う感じなりますか?」
俺が提案すると、アンジェラが首を振った。
「いや、それだと、あとから来る公募組から不満が出ちまうな」
「なら、祠の利用を有料にすればいい。金額はレイド報酬と同額。先払いにすれば、報酬のためにレイドに参加する者も出るだろう」
ジョシュが悪徳商人のような顔で提案する。
「あれで金儲けをしろというのか?」
シャンデが嫌悪感を露わにする。
「どこでもやっていることだ。金額はもっと高いがな。ここの祠も、この件が片付いたら値上げすることをお勧めする」
「金はあって困らないぜ、シャンデ族長。それだけで仲間を助けることもできる」
2人の言葉に、シャンデは渋々といった様子で頷いた。
「ふん」
金や利権といった人間臭いやり取り。
けれど、それが今は頼もしい武器になる。
7000の敵に対し、こちらも全力で"人間の知恵"をぶつける時が来たんだ。




