第65話 国が生まれる時
レベックからの物資が次々と運び込まれる。
人材も第二陣、三陣と到着している。
最初の20名程度から随分と大所帯になっていた。
作戦会議室となっているオーク族の族長の部屋。
アンジェラが地図を広げて作戦案を提示する。
「戦力は集まった。だが、正直に言うと不安もある。相手は5000、こっちは数百だ」
「望むところよ。戦とは死と隣り合わせて行うものだ」
シャンデが不敵に笑う。
その瞳に恐れはない。
「蹂躙されて終わることを考えたら、十分に戦う価値はありそうだ」
ゴブリンの族長も静かに同意した。
種族の壁を超えて、人間との共闘体制は整いつつある。
その時だった。
外の見張りから「王都の旗を掲げた一団が来る」との報告が入った。
◇ ◇ ◇
広場に現れたのは、白銀の鎧に身を包んだ6名の騎士たちだった。
先頭に立つ男が兜を脱ぎ、鋭い眼光を向ける。
「アステリア王国、騎士団のドラドだ」
その名乗りに、シャンデがピクリと眉を跳ねさせた。
「アステリア……。我らが死の神を誕生させた国か」
「その認識は間違っている。死の神は突如王都に現れたのだ。決してアステリア王国が生んだものではない!」
ドラドが即座に否定する。
その声には隠しきれない苛立ちが滲んでいた。
「ふん。見てきたようなことを言う。若造が」
シャンデが鼻を鳴らす。
(頼むから喧嘩しないでくれ!)
死ぬほどその歴史について聞いてみたいけど、今はそれどころじゃない。
俺は慌てて割って入る。
「なぜ騎士団がここに? ここは王都から随分と離れていますけど」
「騎士団は王国の槍であり、盾だ。未確認の種族が発見されたと聞いて駆けつけたのだ」
「我らに人間と戦う意思はないぞ」
ゴブリンの族長が静かに告げる。
「その言葉を信じろと? ゴブリンやオークが我が国に害をなさんと保証できるのか?」
ドラドの手が剣の柄にかかる。
一触即発の空気。
俺の隣にいたラクンがビクリと震え、俺の服を掴んだ。
「国や町は役目を持って生まれるもの。人々の安寧のために国があり、国を豊かにするために町ができる」
ドラドは周囲を見渡して、冷ややかに問う。
「ゴブリンやオークが、この地に住む意味は?」
「貴様らに意味を問われる筋合いはない!」
シャンデが吠える。
周りのオークたちからも殺気が漏れ出す。
「ちょっとシャンデさん、落ち着いて!」
(この人が本気で怒ると、きっとオーク族全員が暴れ出す)
「ゴブリン族やオーク族が、この地を守る意味はあります」
俺は騎士の目を真っ直ぐに見返して言った。
「何を守っているというのだ」
「それを明かせば、争いを生むかもしれません」
(……このタイミングしかないか)
「単刀直入に聞きます。人間が、ゴブリンやオークの集落を襲撃することはありますか?」
「ふん。来るなら来てみろ? 返り討ちにしてくれる!」
シャンデが殺気立つ。
それをゴブリンの族長が片手で制した。
「まて。ケルはそういう意味で言ってるわけではない」
「利権が絡むと人は変わる……いえ、変わりそうなので。たとえ、このボーンイーターの危機が去っても、この場所を狙って争いになったら意味がないんです」
俺の言葉に、アンジェラが何かを察するように口を開いた。
「タケルには、何か奥の手がありそうだな」
「氷雪鋼の鉱脈でも見つかったのか?」
ジョシュが鎌をかけるように言う。
ドラドが不快そうに顔をしかめた。
「馬鹿にするなよ? この1500年、騎士団が、アステリア王国が利権のために軍事行動を起こしたことなど、一度たりともない!」
「全ては平和維持のためだと?」
「その通りだ!」
「町一つ吹っ飛ばしたことがあるよな? あれも平和のためか?」
アンジェラの言葉には怒気がこもっていた。
「……機密事項のため答えられん」
「話が逸れてる。アンジェラ、落ち着け」
ジョシュがたしなめる。
俺は意を決して、切り札を出すことにした。
「彼らは……『冒険者の祠』を守ってくれています」
その場が静まり返った。
「なに!?」
「祠があるのか!?」
ドラドも、アンジェラたちも目を見開く。
(祠の存在は、きっといつかはバレる)
氷壁はなくなった。
人の出入りが増えれば隠し通すのは不可能だ。
なら、味方がいる内に、手の内を明かす。
交渉を有利に進める材料にする。
(ここにはそれができる人たちがいるんだ!)
「……祠の管理はギルドを通して行うものだ。亜人が管理するなど前例がない」
ドラドが動揺を隠すように言う。
「しかし、未発見の祠はその限りではない」
ジョシュが援護射撃をする。
「まさに騎士団が言っていた"役目"というやつだ。彼らが祠を守っていたからこそ、この地で争いは起きなかった。これ以上の役目はないはず」
ジョシュが畳み掛ける。
「詭弁を……」
ドラドが舌打ちをした時。
背後から新たな声が響いた。
「そこまでに願いましょう」
現れたのは、黒いローブをまとった若い女性だった。
「私たちは、この地を独立自治国と認めます」
「誰だ? 何の権限で――」
「レベック、カホンのギルドマスターから依頼されて参りました。調整局のピサロと申します」
「調整局だと!?」
彼女のその胸には、天秤を模した徽章が光っていた。
ドラドの顔色が変わる。
「なんです? 調整局って」
「世界調整局。言ってみりゃ、ギルドの総元締めってやつだ」
アンジェラが小声で教えてくれる。
(モーリン、ギドンさん。動いてくれたんだ)
俺のSOSで届いたのは戦力だけじゃなかった。
政治的な援軍まで呼んでくれていたらしい。
「私たち調整局は、この地に正式なギルド支部を設置いたします。ギルドの管轄地となれば、騎士団といえども無断での介入はできません」
「ギルドが設置されたら勝手はできねえ。戦争にはクソ面倒な手続きがいるからな」
アンジェラが笑いながら話す。
これで、ボーンイーター撃退後に人間がここを攻める口実はなくなった。
「人間どもの政治は分からん」
シャンデが呆れたように言葉をこぼした。
「そうやって投げるな。そこの若造が言っておっただろ。安寧のために国が必要なのだ」
ゴブリンの族長が諭すように言う。
「我らは二つの種族だが、ギルドは一つあれば十分だ」
「では、どちらの国にギルドを置きますか?」
ピサロの問いに、ゴブリンの族長は迷わずに答えた。
「レーイマニ。オーク族の族長シャンデの国だ」
「なっ……!?」
シャンデが目を見開いて驚く。
「我らゴブリンは知恵を出し、オークは武を持って守る。それが古の誓いだったはず。ならば、国の顔となるのはオークの役目であろう」
「……ふん。くそじじいが。勝手なことを」
シャンデはそっぽを向いた。
けれど、その口元はわずかに緩んでいるように見えた。
「かしこまりました。これより手続きに入ります」
ピサロが深く頭を下げる。
こうして、長い断絶を経て、二つの種族による新たな国が産声を上げようとしていた。
俺の足元で、ラクンがほっとしたように息を吐くのが聞こえる。
その小さな吐息が、この地に初めて流れた"国の空気"のように思えた。




