第64話 蟲の攻略法
オークの集落レーイマニの一角。
急造された解析室にリードルたち情報班が籠もった。
どうも見せられないスキルなどもあるようで、部外者は立ち入り禁止となっている。
夕食もそこそこに、俺は外の様子を見に行くことにした。
集落の外側には、いつの間にかいくつものテントが整然と並んでいた。
中を覗かせてもらったけど、冷気を遮断する敷物が敷かれ、寝るには問題なさそうだった。
その中心に居るのがリザードマンのアヤド。
彼は焚き火の明かりを頼りに図面と睨めっこしていた。
「……ここの傾斜がきついな。水はけを考えると、炊事場はこっちに移動させるか?」
平らな部分が少ない山岳地帯での設営。
頭を悩ませているようだ。
そこへ、設営中の冒険者たちが次々と声をかける。
「おいアヤド! 杭が足りねえぞ!」
「アヤドさん、こっちの寝床、石がゴロゴロしてて背中が痛いっす」
「飯はまだかー?」
矢継ぎ早に飛んでくる要望。
(俺ならパニックになりそう)
アヤドは図面から目を離さずに即答していく。
「杭は予備が第2馬車にある。持っていけ」
「寝床用に『ヘグム絨毯』が明日届く予定だ。それまでは毛皮を二重にして凌いでくれ」
「次の飯は今、オークたちが仕込んでいる。あと30分待て。それかゴブリンの村まで行けば、泥鍋があり余ってる」
的確すぎる指示出し。
冒険者たちは「へいへい」と言いながら、大人しく持ち場へ戻っていく。
「……すごいな。全部把握してるのか」
「タケルか。……把握せざるを得ないだけだ」
アヤドは疲れたように尻尾を揺らす。
そして、深くため息をついた。
「アンジェラが好き勝手やる分、俺が整えないとならんからな。……胃が痛い」
(リザードマンにも胃痛があるんだな)
その苦労は痛いほど伝わってきた。
◇ ◇ ◇
翌日。
情報班による解析が終わる。
族長の部屋で作戦会議が開かれた。
パーフェクトサークル情報部のリードルが、黒板代わりの石板の前に立ち、指揮棒を振るう。
「まず、ボーンイーター本隊の到着時期についてです」
彼女の口調は自信に満ちていた。
「現在の進軍速度と地形データを照合し、定期的な観測が必要ですが……速度が変わらなければ、オーク集落に到達するのは47日後になります」
「47日……そこまで具体的な数字を出せるのか」
ゴブリンの族長が感嘆の声を漏らす。
「そして総数ですが、およそ4000体から5000体。ちなみに王都の記録では最大9000体を収容したコロニーが確認されています」
「それに比べりゃ楽ってか? ふざけやがって」
アンジェラが苛立たしげに貧乏ゆすりをする。
「次に弱点属性です。彼らはみな闇属性で、魔法防御が低い傾向にあります」
リードルが石板に図を描きながら説明する。
「光属性に弱いことは周知ですが、木、雷属性には抵抗を持ちます。なので編成には注意が必要です」
「なるほど、火や水、土なら通るということか」
「はい。また、甲虫類に分類されますが、外骨格の接合部は脆く、そこまで頑丈ではありません。魔法職に関しては、多くの人材を集めることが困難であるため、弓の斉射を提案いたします」
アンジェラが腕を組んで唸る。
「弓なら矢に属性を付与させることはそう難しくはない。が、どちらにせよ人手が必要だな」
「物理的な属性付与……『火矢』や『聖水瓶』の使用も視野に入れています」
リードルの淀みない回答。
「ただし、懸念事項が二つ」
リードルが表情を引き締める。
「一つは、今回確認できたのは偵察兵と掘削兵のみであること。一番数が多いとされる『収穫兵』のスペックは未確認です」
「そしてもう一つは、蟲の女王の存在です」
女王。
その言葉に、室内の空気が重くなる。
「女王を倒せば終わり、というわけではありません。生き残った個体が数年後に新たな女王となり、再び群れを作ります。したがって――」
リードルは冷徹に告げた。
「殲滅せねばなりません。一匹残らず。そのために、戦術兵器の使用を提案いたします」
リードルはジョシュに向かって提案しているようだった。
(戦術兵器?)
「……声をかけてみよう。しかし、当てにはするなよ」
ジョシュが眼鏡のブリッジを押し上げて言う。
「切り札でもあるのか?」
シャンデが身を乗り出す。
「切り札として計算するのは、まだ難しいな。運がよければ使えるかもしれん」
一通りの解析結果の説明が終わる。
俺には完璧な分析に見えた。
「さて、これ以上の情報を、あなたは提供できるのかしら。ユラさん?」
リードルが挑発的ともとれる視線をユラに向ける。
ユラは一瞬たじろぐ。
けれど、すぐに顔を上げて静かに告げた。
「……ボーンイーターを連れてきて」
◇ ◇ ◇
捕えたボーンイーターが運び込まれる。
「眠らせているから、しばらく起きない」
情報班の1人の言葉に、ユラは静かに頷いた。
ユラは深く息を吸い込んだ。
そして、手を伸ばしてその甲殻に触れた。
「教えて――」
鎖骨にある、ひび割れた月のような紋様が赤く明滅する。
ユラの目の辺りが、星屑のようにキラキラと瞬き始めた。
熱が伝わってくるようだ。
瞬間。
ユラの身体が激しく跳ねた。
「ぐっ……あああぁぁぁッ!!」
ユラが悲鳴を上げる。
膝から崩れ落ちた。
それでも手は離さない。
(大丈夫なのか!?)
本を読み取るのとは違って、今回は生き物だ。
本のときはこんなに時間はかからなかったぞ。
「聞こえるのは……声じゃない……」
白目をむきかけ、鼻からツーっと鮮血が流れる。
(マズイ!?)
「ユラ! もういい! 離せ!」
俺が駆け寄って彼女を引き剥がそうとする。
しかし、最後の力を振り絞って声をあげる。
「お、と……。 震える……音……」
ガクン、とユラの意識が途切れる。
俺の腕の中に倒れ込んだ彼女は、顔面蒼白で息も絶え絶えだった。
「自身のマナ容量を超えてスキルを行使すると、生命力が削られる……。無茶をしおって」
ゴブリンの族長が苦々しく言う。
「無茶させてごめんね」
リードルが素早く近寄り、〈ヒール〉をかける。
(この人、回復も使えるのか)
「……音、か」
アンジェラが顎を撫でる。
「震える音……。それが奴らの信号か?」
ジョシュが考え込む。
「女王は"音"を。いや、その"振動"で群れを操っているってことか?」
アンジェラが呟く。
「その可能性は高いですね。それなら、あの統率された動きにも説明がつきます」
リードルが同意する。
「音で操っているのなら、音で対抗できませんか?」
俺は思いついた言葉をそのまま口にした。
その時、俺の横でユラの手を握りしめていたラクンが、ハッとして顔を上げた。
「音……虫の、嫌な音……」
「ラクン?」
「あるぞ。そういう、歌が」
ラクンが確信めいた声で言う。
「虫除けの歌。……妨害の歌だ。昔は、畑を、荒らす虫、払うために、歌っていた」
「それだ!」
俺は叫んだ。
「そりゃ、使えるかもしれねえな」
アンジェラが楽しそうに笑う。
「我には、歌えない。まだ……だから、調べる」
「……女たちを集めよう」
ゴブリンの族長が重々しく頷いた。
未完成の歌。
歌うのはゴブリン族の女性の役目。
攻略の糸口が見えたような気がした。
アンジェラと俺たちで捕まえた虫。
リードルたちの解析。
ユラが命がけで掴んだ情報。
そして、ゴブリンの歌。
少しずつ、希望が見えてきたような気がした。




