30話:遺跡への道
黄金色の木々が生える渓谷が、滝からの瀑声に包まれる。ひゅるりと、どこからか木の葉が風に乗って舞い散っていった。滝壺では水を飲みにきたのだろう魔物が、呑気に伸びをしている。更に奥に見えるのは、どこかのダンジョンの入り口だろうか。今まさに挑まんと、立ち向かう何人かの冒険者の姿がある。
そんな彼らを横目に、整備されていない獣道を踏み締め、その奥地へと足を運んだ。
「わぁ〜!ここがゴールなの?」
「……ああ。おそらく、ここからほど近いはずだ」
「うんうん!キミたちが早くランクを上げられるように、いっぱい頑張ろうねぇ」
俺の腰ほどの背丈しかない子供たちは、それぞれ身体に見合わぬ大きさの武器を抱えながら笑う。
そうして、チラと俺"達"の方を見やった。
「あ?んだよ……別に道は間違えてねーぞ」
大剣を担ぐ少年が、眉根を寄せる。逆だった金糸が、風に僅かに揺れていた。
さて、どうしてこうなったんだか。
いつもより軽い腰元に手を当てて、小さく息をついた。
始まりは、俺が久方ぶり?の帰宅した時のことだ。どすん!と突撃を受け、一度床に転がったのはここだけの話。俺の今のステータスは魔王だけでなく、普通の幼子にも負けるらしい。熱烈な歓迎、痛みいる。連絡もしなかったこと、ますます反省だ。
その後は、たまたま他の子供達も皆いたので、次の目的地を話し合い。ダイニングテーブルで、向かい合った。
真っ先に気にするべきは、元王子のヨーリアのことだろう。緊張した面持ちで膝上の拳をぎゅっと握りしめてる、哀れな少年の姿を見やる。アーサーの付き人だろう女騎士のように、この国じゃあ王家の関係者も多い。いつ、何が起きてこの子に気付かれるか。
気付かれれば俺たちも危ないし、子供を逃した身である兄のアルの身も危険だ。
だから、早急にこの国は出たい。
とはいえ、陸続きで北にあるらしいサクス帝国はなしだ。どうにもこのブリア王国と仲が悪いようなので、王家の関係者がいる確率は低いだろう。
だが今度は、類稀な召喚の才を持つレメの身が危ない。机上に広げられた地図に、こてんと頭を傾げている子供を見やる。彼が赴かなければならなかった筈であるゲトン家。彼らがすぐに、この子の特異性に気がつくかは分からない。
だが彼が気付かれれば俺たちの身が、波及してこの子の父親の身、そしてここも最後にはアルの身が危ないのだ。なにせ、"不正"の元、二人の身を連れ出しているものだから。
なら、どうするか。
「この国から出る方法は三つ……いや、一つだけかなぁ?」
たんっとソーリャが、机のマップを小さな掌で叩く。
「一つは、レピュ・ラフ神聖王国に逃れることだよ」
地図上では、ブリア王国から大きな湖を挟んで北西にある大きな国だ。ただ、神聖か……
「名前の通り、八神信仰がとっても強い国だよ。他国からの干渉も神の名の下、ぜんぶ跳ね除けるから悪くはないね」
やはりそうなのか。
黙って目を逸らしているウカ。うん、なしだな。
黙って首を振る。提案してきた少年もおかっぱ頭を揺らし、だよねぇと笑った。
「王都も越えなきゃだから、ボクもあんまり行かない方がいいと思うよ」とのこと。
「次の方法は、東に逃げること……だけど、あっちは魔物が強くてねぇ。関門を通るには冒険者ランクも、最低Dが必要なんだ」
ソーリャが指指した地には、広大な砂漠が広がっている。俺の視界には、未開放エリアという文言が被っていた。ゲーム的にも行けないと、了解。
再び首を振る。
「……カルさん達には、あまり勧められないな。盗賊団とかもたくさん居て、とても治安が良いとは言えないんだよ」
ウカの静かな補足。うん、普通に行きたくないな!!怖い!!
「最後の方法は、この町のすぐ上。港町ドライから、船で違う国に行くことだよ」
おお、攻略動画かなんかで聞いたことがある地名。海に面したこの国ならではの脱出の仕方だろう。
「たとえば、アルフレイム連邦とかはどう?ボクの故郷もあるし、久しぶりに里帰りしたいなぁ〜」
ソーリャはゆらゆら体を揺らす。千歳でも子供か。まぁ仲が悪くなきゃ、親元にはたまに帰りたくなるよなぁと小さく頷く。
「なら、その連邦?を目指すか」
否やはないようだ。皆が頷く。わ〜い!だなんて大袈裟に、手をバンザイして喜ぶソーリャ。相変わらずわざとらしいが、決まりだった。
そこでじゃあ、ランクをEまでは上げないといけないと。
俺、レメ、ヨーリアには命題が下る。
冒険者ランクの上げ方は、けっこう様々だ。
例えば、誰かの出した依頼をこなすこと。一番オーソドックスな上げ方である。他には魔物退治だけでなく、何かしらの工芸品や薬の納品も手段の一つだ。
とはいえ、ここは冒険者ギルド。やはり戦闘系の依頼の方が多いよう。
工芸品とかなら、本当は商業ギルドがあるためそちらに登録して、ランク上げをした方がポイント効率は良いらしい。商業ギルドのランクでも、冒険者と同様に国を渡ることは同様にできる。だから生産職を中心に進めるプレイヤーの大半は、冒険者ランクを多少上げた後、商業ギルドに登録し直す(商業ギルドに登録をするためには、冒険者ランクが最低Fランクが必要なのだ。なんの身分も持たない異世界人の、身分証明的な意味合いがあるのだろう)。
さて、俺は魔法使いだ。薬師のスキルの方が多いのは気にしちゃいけない事実。とはいえ得意なことは、どちらかと言えば戦闘である。機材とか持ってないしね。
レメも俺と同じだろう。職業としては俺と同じ魔法使い──の中でも召喚士。召喚はまだツキサシバニ-という弱い魔物しか扱えないが、いずれ最強になる素質を持つ少年だ。もちろん、戦闘職である。
だがヨーリアは違う。明らかに才能があるのは生産職に偏っている。本人の申し出によれば、剣や魔法を習ったこともあったようだが、からっきしだったという。本来、この子が登録するべきは商業ギルドの方だったのだろう。
だが、またヨーリアの登録を?
そんなことはとてもじゃ無いが、できない。レメの父親のような存在をまた探すのは、困難を極める。
幸い、現地人(NPCのことだ)が商業ギルドに登録しないことは、商売でもしていない限りはよくあることのようで目立つわけではないようだ。
選択肢は一つ。彼には冒険者ギルドでランクを上げてもらうしかなかった。
最も優先すべきはヨーリアのランク上げ。
攻略ページを少し覗いてみたところ、序盤の生産職でのオススメ納品は、
・『アインツ町の麻紐細工』
・『ラスド村の木工品』
・『ニンジン』
との記載。
なんか一つ異色なもんがあるな??なんでもこの世界のニンジンは、それとなく魔物が嫌がる成分が入っているのだとか。開発陣の好みが反映された結果なのだそうだが、これは好物なんか苦手なんかどっちなんだろうな。
そんな興味はさておき、少年にこの中で作ってみたいものを聞いてみる。勿論もっと作りたいものがあるならソレを作って欲しいが、何の指針もなくても辛いだろう。
ということで質問してみたところ。
「余は……ラスド村のものを作ってみたい」とのこと。
じっと俺を見つめてくる。な、何だ??俺、実は臭かったりする……??そんなパラメータとかなかったよなと、怯えステータス画面を探っているうちに話は進んだ。
木工に必要な素材はいくつかあるが、大きく分ければオークの木材と紅水晶だ。それを二手に別れて取りに行くのだそう。
ツヴァイの町の近くにある紅水晶の採取ポイントが、ソーリャの方から告げられる。その場所を見た瞬間、俺はメンバー分けを決めざるを得なかった。
なにせ──その産地はあの『アーサー』が教えてくれた、"しみったれた遺跡"その場所であったもので。
ヨーリアにこのことを話すのは、彼に余計な負担をかけることになるだろう。だから別室で、ウカとソーリャの二人に事情を話す。
ランク上げにちょうど良い魔物も出る、だが『アーサー』に関連するかもしれない場所。そんな所へまさか、死んだはずの元王子を連れて行けるわけがない。
危惧するべき要素は少ない方が良い。
ということでメンバーを俺、レメ、ソーリャの赤水晶の採取組と、ヨーリア、ウカのオーク伐採組に別れることに決定。貴縁はヨーリアが見えなくなると困るので、ウカに預けた。
マップにピン留め。すると途端に新着メールが到着する。何やら嫌な予感がしつつ開くと、差出人アーサーの文字があった。内容は勿論、あの遺跡のこと。遠回しに、良ければ道案内してやるぞとある。
おい、そういうことなんか?
イベント終わらぬどこまでもってか?震える。だがそのままではどうしようもない。二人に共有し、日を改めようと頭を下げた。
のだが、ここでソーリャから提案が入る。
「ここで、逆にアーサーくんにも声をかけた方が良いんじゃない?」
コテンと頭を傾げて、可愛らしくない提案。冷や汗が背筋を垂れる。
「こっちからも適度に関わりに行った方が、変に警戒されないんじゃないかな?聞いた限り、お節介焼きさんなんでしょ?」
それなら断ったところで、ずっと気にかけてくるんじゃないとのこと。まぁ、確かに。あのデカい護衛にも、余計な警戒感は抱かれたくないしな。一度受け入れて、逆に適切な距離感をコントロールしていくのが安全策か。
問題は俺がコミュ障で、そんなに高度な技術を持ち合わせていないことなんだけど。
まぁ、頑張るしかない。そもそもアーサーの周囲が怖いだけで、本人はまだ何とかなりそうだしな。
「大丈夫、俺は逃げるプロだからさ。あの子を連れてたってやれる。だから任せてよ、カルさん」
チラリと己の背に目を向けた少年は、俺を安心づけるように笑みを浮かべる。子供に気を使われてしまった。もっとインテリなクール男子らしく、しっかりしないと。
「ああ、よろしく頼む」
二人へ頭をきちんと下げ、気を引き締めた俺は改めてメールをタップした。
うん、なっがい回想終了。え、長すぎてよく分からななかった?
要は、港町ドライ町から国外に脱出するために、全員ランクE以上に上げないといけない。
そのために一番ランク上げが大変な、ヨーリアの素材集めを助けよう。
素材集めをしようとしたら、アーサーから連絡が来たので、適度な距離感を保つためにも、わざと提案にのっていこう、ということである。
完。
遠くに見える魔物に気を取られて、草や小石に足を取られかけるレメに声をかけつつ、先へと進む。
冒険者の姿は少しずつ減ってきた。周囲はのんびり草を食む豚型の魔物の姿ばかり。全身が真緑とか、なんかすごい色だな。
「あれは、グロスピギーっていう魔物だよ。すんごいマズイんだよねぇ」
ゲロゲロ〜ってしちゃうし、噛みついちゃダメだよと、ソーリャが長杖を片手に近付く。コツンと魔物をつつくが、グロスピギー?は何も気にせず獣道へと出てくる。武器を持ったヒトがこんなにいるのに、警戒のけの字もない。
「倒してもマトモにランクも、経験値も入りやしねぇ。何からも狙われねぇから、警戒心なんて何も持っちゃいねぇんだ」
はんっと鼻で笑った少年は、身の丈ほどある大剣の柄を弄る。しきりに包帯のようなのを巻き直すのは、不器用だからだったりするんかね。
レメは二人の話に焦茶色の瞳を輝かせ、図鑑に筆を走らせる。ソーリャの話を聞いた瞬間、今にも噛み付かんとするんだから、好奇心が旺盛過ぎて困ったもんだ。今ここで吐かれても困るので止めに入る。
「そんなにマズイなんて、たべてみたかったなぁ……」
と頬を膨らませ、少年は名残り惜しげ。仕方がない。
焼きさえすれば理論上は食べれるらしいので、ざくっと一匹倒して、ドロップした肉を回収した。途端に子供は飛び跳ねて喜ぶ。現金なものだ。飛びついてくる彼を支える。
味を知ってるらしい二人からは、呆れ顔やら乾いた笑いやら。よっぽどなものらし過ぎて、逆に俺まで食べてみたくなってきた。
にしても、ソーリャから貰ってしまった、新しい『本』で殴って一撃。俺の貧弱ステータスであっさり倒せるなんて。
『新・光華帝国美術論』が真緑の液体で汚れ、さらっと乾いていく。ちなみにこの本は、ちゃんと中身が読めた。美術史には明るくないので、理解できるかの話は別だが。とはいえあの蛇の本、やっぱり特殊なやつだったんろうな。
雑多なことに思いを馳せていれば間も無く、行手に木々にのまれかけた大きな大理石が姿を表す。壁のように聳え立つ石。獣道はその手前で途切れ、ここが終着点のように見える。
「……ここが目的地か?」
遺跡というには、随分と開けた場所だ。何も見当たらない。真っ白な大理石には特に何かが刻まれたような跡はないが、その存在は人為的ではある。だから遺跡なのかもしれないけれど。
「違ぇ。マップ見ろ、ズレたんだろ」
確かに。ピン留めした場所は、ちょうどこの石の奥だった。周りは切り立った崖。クライミング技術か、空を飛べる能力か。どちらにせよ、俺のスキル・ステータスじゃ簡単には越えられない。
「あぁ、分かった!」
目を細め壁を眺めていたソーリャが笑う。【審美眼】持ちだもんな。ぴょこんとその場で跳ねてみせた彼は、軽い足取りでレメへと近付く。
「ねぇねぇ、レメくん。あの石、押してみてよ」
小さな背中を押して、少年を後押し。アーサーも特に何も言わないので、俺も見守りに徹する。
戸惑う少年と一緒に、二人は巨大な壁に近づいて行く。二人が小柄なのもあるが、彼らの十倍近くありそうな存在感のある壁が目前へと迫っていた。
「ほら、押して押して!」
「う、うん……!」
急かされ、レメが壁に触れ……ようとした。
が、その手は大理石をすり抜ける。
「え……ない!」
「……幻なのか」
「ああ。ツヴァイができた頃にはもうあったらしいな」
「へぇ、なら六百年くらい前にはあったんだ」
長いな。俺のスキルも、いずれこんなことができるってこと?今は数分も保たせることができないから、期待が止まらない。
「目的はヒト避けと、魔物避けかな?反対側に紋様が刻まれてる」
「ほんとだ!グロスピギー、ぜんぜんこのへんに来てない!」
子供の指摘通り、呑気にどこでも草を食んでいた魔物の姿はここにはなかった。草はぼうぼうに生えているのに。流石の観察眼。
するりと通り抜けて行く二人に続き、俺も足早に追いかける。
「……チビでも【鑑定】持ちかよ」
鼻を鳴らし少し口を尖らせ、つまらなさそうな顔をしたアーサーも続いた。
「ふふ〜ん、流石でしょ!」
ソーリャの得意げな明るい声音と共に、壁の向こうへと通り抜ける。
そこは壁の向こうとは一転。鬱蒼したジャングルに囲まれる、苔むした石造りの大きな建造物があった。
中世ヨーロッパのものとは違う、独特な丸みを帯びた意匠が様々な場所へと施され、異国情緒を醸し出す。だが現実とは違うのは、そのうちの幾つかの部位が、宙へと浮いていることだろう。柱もなく、細い階段だけが、それらを繋ぐ。
魔物も壁の手前とは違う。豚型の魔物は姿を消し、もう少し強そうな蛇や亀、派手な鳥型の魔物が地や空を動き回っていた。
だが何より異様なのは、この隠されはずの場所にいる多くの冒険者の姿だった。
派手な髪型、髪色、容姿。種族も様々だが、殆どが四種属のみ。装備は皆一様に、安っぽい。魔物が僅かにリポップしたそばから、殺到し、それらを倒していく。
間違いない、ここにいるのは数多のプレイヤーであった。
攻略サイトより抜粋
ブリア王国の南側について
『ブリア王国の南には、この世界で最高峰のヘヒスト山脈が存在する。
9000m峰であるこの山の頂上はカルデラとなっており、中には天人の国スヒニャーリア共和国が存在する。
プレイヤーがこの山を登頂すると、種族:天人に転生が可能になる。サーバー内で10人が登頂すると、プレイヤー全体が転生可能になる。
スキルおよび、種族:天人を封じての登頂チャレンジも存在し、成功するとゲーム内称号が手に入る。
達成者は現在、全サーバー内で4名。』




