25話:カーニバルマスクと共に思いを馳せる
あれよあれよといつの間にか、俺は畑の前で腕組みをしていた。目前にはとっくに耕され、土も盛り上げられ、畝だってきちんと作られている土地がある。使ってない畑とかいうから、どんな荒地かと想像してたら、今すぐ使えそうなもんが出てくるとは。
ゲームって便利だなぁ。
まぁ流石にそれが売りなゲームじゃなきゃ、大概のゲーマーには面倒臭いだけだ。これで良いのだろう。なお、本格的に農家プレイをするなら、土地を耕しながら土壌の改善を図って、肥料を何度も改善して、水をあげる方法やタイミングも考えて、二期作にならないように気を配ってだの、本格的なこともやれるらしい。動画で見た。何を目指しているのこのゲーム??
土をボロボロ弄っていると、空き家からソーリャとヨーリアが出てきた。服装はいつもの絹の上等なシャツや、膝小僧が覗く半ズボンではなく、粗末ながらも動きやすそうなものに。手にはたくさんの種や苗を抱えている。「お待たせ〜」とのこと。
俺は小さく頷いた。
別にソーリャはちょっと押しが強かったり、人をのせるのがうまいだけで、決して何かを強制してくることはない。つまり今回の決断は、俺自身の意思だ。ならいつものように、のせられたのかって?全くないとは言わないけれど、
だけど、今回ばかしは少し違う。
鮮血のような瞳は、相変わらず死んでいる。だが、キョロキョロと金糸を揺らしながら度々辺りを見回し、飛んでる虫一匹にすらふらっと着いていきそうな幼子。
この子──ヨーリアがいたから、俺は積極的に畑の前に出てきたのである。気に入り買い求めたあのローブも二人と同じく脱ぎ捨て、ちょっとダサい作業着も着ていた。
だってソーリャが声をかけてきた時、隣でこの子がずぅっと興味津々ですといった調子でソワソワしてるのだもの。アインツの町では目が届かないからと、あまり外に出してあげられていなかったし。
「やってみるか?」
だから声をかけた。レメは魔物図鑑の作成に、ウカは刀を研ぐと言って、それぞれ部屋に引っ込んでしまっている。やることがないのも辛いだろう。
「なん……で……」
だが少年は真っ赤な目を見開きいてから、すぐに視線を床へと逸らし、後ろ手に手を組む。
「余は……迷惑は、かけぬ、から……」
子供に、こんな遠慮ををさせるなんて。何度でも名前も顔も知らぬ、この子を虐げてきた人間へ怒りが湧く。
母親だってそうだ。殺すために産んだなんて、思考回路が全く分からない。新聞曰く、名前はマリーンとかいったか。
……凄く嫌な発想なのだが、アーサー王物語には欠かせない魔法使いマーリンと名前が似ているな。たまたまであってほしくてたまらないが。
あくまでゲーム、あくまで設定。それは勿論分かってる。だとしても、それはキャラクターであるヨーリアにとっては、全て真実、経験してきたことなのだから。辛いことを経験してきたことに他ならないのだから、怒りは止まらない。
「違う。私がお前にもやって欲しいんだ」
だから膝をついて目線を合わせる。
「私は異世界人だから、常に面倒が見れるわけではない。だからこそ、世話をお前に頼みたい」
本当は仕事をして欲しいだなんて、思ってない。まだまだ幼い、子供なんだもの。のびのびと今までの分まで甘えて、遊んで欲しいと思っている。
だけど、この子はそれに耐えられない。自分は王族だという意識が、そんなことを許さないのだろう。
新入社員だった頃、仕事ができないのは当たり前なのに、焦っていた気持ちに近いのだろうか。俺もどんな小さな仕事でも、何か役割を見つけられると安心していた。ただの小市民の俺と同じように考えるのは、流石に失礼かも。
「余の、役割……」
「ああ、やってくれるか?」
「外に出て、良いのか……?」
「出てくれないと、困るな」
少年の目前に、手を差し出す。
戸惑い、揺れる真っ赤な目。真摯に見つめ返し続けていると、やがて背中に隠していた二回りも小さな手が、手袋越しにそっとのせられる。握っても離れてはいかなかった。
「じゃ、ヨーリアくんも参加するってことで、お着替えしよっか!!」
どーん!と、ソーリャが背後から抱きつきながら覗き込んできた。ぷらぷらと足を揺らしながら、ボクの服で大丈夫そうだねと笑う。こくりと少年が頷くのを見て俺の背から降り、自身と同じくらい小さな手を引いて歩き出す。
微笑ましい光景に内心ニコニコしていると、くるっと空色の髪が揺れ首だけ振り向かれた。ビクリと肩が跳ねる。
「カルくんもお洋服、ボクが用意してあげるから着替えてね!」
と、こんな訳があるのである。
だから俺もやる気は充分。思わず種を植えるには、みたいな家庭菜園の初心者向け動画をいくつも視聴してしまっていた。
流石にそこまでの知識は要らなかったらしいが。
二人と共に畑の前に腰を下ろし、地面の上に種や苗を置く。すると畑が盛り上がり、土がそれらを飲み込んだ。おお、これがまくだけシステム。
この世界的には、八神の加護のおかげってことになってるらしい。正直、生き物っぽくてビビる。
「これで良いのか……?」
「うん、大丈夫!じゃあ、残りも植えていこうね」
会話する二人に混ざり、俺も大地の上に種をのせていく。しかしこの程度なら、着替えなくても良かったような?
作業は単純。首を捻っている合間に終わってしまった。頭上の太陽も殆ど動いていない。
ぱんぱんどっちを払いながら、ぴょんとソーリャが立ち上がる。
「じゃあボク肥料を買ってくるから、その間で骨粉を使っておいてもらえる?」
彼のアイテムボックスから、どさどさと骨が落ちてくる。【鑑定】で調べてみると、小動物や魔物のものらしい。一部は、肉が少しついたままだ。
「……この骨、どうしたんだ?」
「ウカくんに貰ったんだ。あの子、料理が趣味でしょ」
ああ、と納得の出どころ。
「骨粉は、なぜ必要なのだ?」
ヨーリアがソーリャへ疑問を呈する。初めて俺がゲームで骨粉と出会った時も、似たような感想をもったものだなぁ。
「それはねぇ、育ちが良くなって実がたくさんついたり、育成が早くなるからだよ!」
八神の加護を、加速させられるからなのだとか。彼は木の棒で地面へと図を描いた。畑にはもともと大地の神の加護が施されているが、他の御柱様のお力も借りるのだ。大地の元で生きていた生き物の骨を水で洗って火で燃やし、丁寧に砕いて土に混ぜる。それで得られる力があるのだという。
このゲームでも、植物の育成といえば骨粉なのか。現実でもそうだしな。こんなファンタジーなものじゃなくて、骨に含まれるリン酸とかが影響しているはず。さっき動画で見た。
作り方は違うし、まいて一週間のうちになんて即効性とかはないはずだけど、そこまでリアルと同じにする必要はないか。
とりあえず洗ってるだけでもいいから、よろしくね〜と少年が立ち去ったのを見て、俺たちは二人顔を見合わせる。目前には、運ぶだけでも少し苦労しそうな骨の山。こんなに使い切れるのか、とかはいったん置いてさて。
「手伝ってくれるか?」
また幼子に向けて手を差し出す。彼はこくりと頷いて、俺の手をとった。
この世界、ゲームなので水道が完備されてる。家の裏手にあった蛇口を前に、ありがたいことだと心の中で手を合わせた。ソーリャに聞けば、どういう理屈で実装されてるのかを知れそうだが、それは一旦後にしよう。
二人で運んできた骨の山。まずは、余分な肉を削ぎ落とすところからだろうか。ヨーリアもどこからか桶を持ち寄って、準備は万全だ。
あ、ちょうどいいな。他には誰もいない機会って、実は大所帯な俺たちの中ではわりと貴重なので。
「ヨーリア、これを渡しておこう」
ガサゴソとアイテムボックスから取り出すのは、真っ黒なカーニバルマスク。アインツか旅立つ日に、この子の兄が残した置き土産だ。頭を傾げてる少年に、お前の兄が被って残していったものだと伝えると、パッと慌てて受け取った。
じ……と、マスクを覗き込んでいるが、メッセージとかはない何も変哲もないマスクだったから、特に何もないはず。何も変哲もないカーニバルマスクって、なんだろうな。この仮面だけで、インパクトは十分すぎる。
「……愉快な兄だな、彼は」
「うむ……前から、こうなのだ」
実際に被りながら、少年は答える。彼の小さな顔には、マスクはあまりに大きすぎる。手で押さえていないと、あっという間に落ちてしまうだろう。
ふと──ヨーリアの口角が、僅かに上がっていることに気がつく。
初めてだ。俺の元に来てから、初めて彼が笑っていた。
「兄上は……いつも余のために色々やってくれるのだ」
びっくり箱というのを持ってきたり、出先で見た美しい景色を絵におこしてきたり。と、彼は続ける。狭い王城の、さらに一室に殆ど閉じ込められていた彼のために、いくつもいくつも持ってきてくれてたのだという。
きっと、これもその一つなのだろうと彼は小さく笑っていた。
「おそらく近ごろゼクス町に流入した、レピュ・ラフ国の謝肉祭のものであろう。数年前、兄上が絵を描いて教えてくれたことがある」
ちょうど祭りはこの時期であるし、その時に見てみたいと話したから、きっと……。とまで、語って少年は顔を伏せた。
「もう……王族でもない余に、兄上はまだ何かをくれるのだな」
マスクを抑える手に、力が入ったのが分かった。
「余は……つねに与えられるだけだ……」
口元に浮かんでいた笑みも消えてしまう。
子供なんだから、生きてるだけでそれで良い。大人心としては、きっと兄心としても、おんなじことを思っているはずだ。
だけど、それで納得できるわけがないのだろう。彼は責任感が強い子だ。
仮面をもう己のアイテムボックスにしまうと、小さな骨を手にする。顔を伏せ、ジャバジャバと洗い出す姿は痛々しい。彼の小さな手で、ポロポロ肉が剥がれ落ちていく。
「……なら、作ればいいんじゃないか?」
なにを?と言うように、チラリと少年が死んだ目で俺を見上げる。
「お前は手先が器用だったろう。なら何か……例えばこの骨を使ったペンダントとかを作って、プレゼントすればいい」
あの兄のことだ。弟が作ったと知ったら、どんなものでも喜んで受け取るに違いない。しかもさらっとパチンコを作ったり、書籍の修復ができるほどに器用なヨーリアだもの。普通に加護つき?の特別な細工とかできそうだ。そんなものがあるかは知らないけど。
ぱちぱちと少年は目を瞬かせる。
「余が、作る……」
「別に、骨やアクセサリーに拘らなくてもいい。押し花の栞とか、木彫りの置き物、なんでもいいんだ。それこそ、もう一つパチンコを作るだけでもいい」
あの兄の穏やかな雰囲気にパチンコは、流石にちょっとやんちゃで似合わない気もするけど。
それでも顔こそしっかり見たことはないが、彼の笑みが思い浮か──ダメだ。弟に手渡した、あの派手なカーニバルマスク姿しか思い浮かばない。なんだ、あの派手派手な帽子っぽいものまでついたハーフマスク。
………とにかく、あんなマスクを突然身につけてくる陽気さもあるようだし、たぶん大丈夫だろう。
「お前が元気に生きて、成長していってる証だ。きっと、お前を助けられて良かったと喜ぶさ」
子供はしばらく無言だった。
手元は止まり、ただ白い骨の上に流水が流れていく。指先が真っ赤になってしまっていたので、きゅっと蛇口を閉めた。彼の指には逃れられない、王家の紋章がいまだ輝く。
「…………余も、何かをわたせるのか?」
「ああ。既にこの町までの道中で、俺たちを助けてくれていただろう?」
採取を手伝ってくれるのもそう。楽園の蛇との戦いでも、自分にできることをと、後方から参戦してくれていた。
「お前も、人に与えることができる人間だ。心配せず、やってみればいい」
じっと、懐疑に揺れる少年の目を覗き込む。
「仮に失敗したっていいんだ。そんなの子供の特権だからな。納得がいくものができたら、渡してみればいいさ」
凝り性を悪い方に発揮して何も完成させられないってなったら問題だが、この子はそんなことはないだろう。完成させたことはもう既にあるのだし。
ためらい、だが彼はゆっくりと頷いた。
再び蛇口を捻り、水を流し始める。きゅっきゅっと洗い出すのに合わせ、俺も大きめの骨を手にした。
「……余がもし作るのにこまったら、手伝ってくれるか?」
少し震えた小さな声で問いかけられる。
「ああ、もちろん。私にできることならば」
西へとゆっくりと傾き始める太陽に照らされて、俺たちはひたすら骨を洗う。真剣にやっていたから、これ以降。ずっと沈黙が落ちていたが、決して不快な気持ちにはならなかった。
個人ブログより抜粋
『なんといっても、本格的な菜園ができるのが私にとっては良かったです!!
現実の私は腰を痛めてしまい、ずっと趣味にしていた家庭菜園を諦めざるを得なくなりました。それ以降、フルダイブゲームでなんとか……と探し続けていたのですが、ようやく出会えたという心地です。
はじめは種が土に飲み込まれていくのを見て、このゲームもか……と思っていたのですが、農家に転職してスキル【耕作】をゲットしたらびっくり!
本当に色んなことができて、まるで現実のようにリアルな野菜や花々を育てられる。まさに、私が求めていたゲームでした。
また現実に即するだけでなく、ゲーム内の設定ともうまく組み合わせているのもいいですね。
例えば骨粉はこのゲームではオーソドックスな肥料で、炎と水の神の加護を植物に与えます。
ですが、これだけじゃ足りないんです。
例えばカリを補いたいなら、炎・水・木・光の神の加護も得られる草木灰を。
逆に窒素をもう少しというなら、炎・水・雷・氷の神の加護を得られる油かすを、と。ゲーム内の神様信仰に実際の畑作りを噛み合わせているのが、ただ再現をしただけでない。世界の一体感を醸し出していて、私はとても好きです!
また現実を全て再現するのではなく、簡単にやれることはやるというのもいいですね。
植物の成長が早いのはもちろんですが、例えばジャガイモのような肥料をあげすぎてはいけないものにあげすぎちゃった時。
全体の進行に合わせて、後ほど解放されていく要素ですが、闇の神の加護で』




