89 シルト騎士団
後の始末は一緒に着いてきた兵士たちに任せ、グロウがナケアと共に宿泊している宿屋に帰ると、そこで待っていたのは気持ちよさそうにベッドで眠っているルピナと、そのルピナに抱かれて疲れたような顔をしているタマモと、腰に手を当てて頬をぷくーと膨らませ、私は怒っていますと態度で示しているエリカだった。
「グロウさん、私は怒っています! どうして私にはナケアちゃんが攫われた事、教えてくれなかったんですか!?」
「ナケアはただの人間がどうこう出来る程弱くは無いし、今回はどうせ騎士団の力も借りようと思っていたから、エリカはルピナと一緒にいた方が良いと判断したんだが……」
「それでも、私がどれだけ心配したと思ってるんですか! せめて、一声だけでも掛けてください!」
「それはすまなかった。最初は即座に対処しようかと思っていたから言う必要はないと思ったんだが、思ったよりも面倒な奴らでな……」
最初は誘拐犯程度、グロウなら五分もあれば捕まえられたため、エリカに何も言わずに動いていたのだが、相手の組織が思ったより巨大だったため騎士団に協力を頼んだりしていると、気が付けば結構大事となってグロウが身動き取れなくなり、結局エリカがナケアの誘拐を知ったのはグロウがタマモへ協力を頼みに行った時になってしまっていた。
それでは、エリカが怒るのも無理は無かろうと、グロウは甘んじてエリカの説教を受ける。
そうして暫く怒っていたエリカは、言いたいことは言い終わったのか何処かスッキリとした表情を浮かべて、説教の最中ずっと抱きしめていたナケアを見てふと疑問を呟いた。
「ナケアちゃんを誘拐なんて、一体どうすれば出来るんですか? ナケアちゃんって、この姿でも騎士団の皆さん位の身体能力があるし、毒や身体に害のある魔法の類は効果が無いんですよね?」
「それは、この《安眠の銀鈴》とか言う魔道具でナケアを眠らせて攫ったみたいだな。ナケアは身体に害のある物は無効化できても、身体に害のない物は意識しない限り無効化出来ないからな」
「その魔道具は、確か最近この国でも売られるようになってきた安眠グッズですね。あれっ? ここの魔法陣、少し変えられていませんか?」
そう言ってエリカは、グロウの取り出したアジトで見つけた《安眠の銀鈴》に刻まれている魔法陣を見て首を傾げる。
「そう言えば、敵の中にそれなりの魔道具を作る技師がいたな。まあ、この程度ならエリカでもできる」
「それはそうですけど、それを作った方はグロウさんから魔法陣の扱い方は教わっていないのでしょう? それなのに既存の魔法陣の効果を変えるなんて、相当凄い事なんですよ? グロウさんから教わるまでは、私どころか宮廷魔術師の方でも出来る人は極少数だったくらいには」
それも、ほんの少し魔道具を発動するための魔力を下げるとか、僅かに効果範囲を広げるとかその程度のもので、安眠グッズから人を一瞬で眠らせるレベルまで効果を上げられる人はいなかったのだと、エリカは続ける。
「今の時代には、そんな事も出来ない奴が宮廷魔術師をやっているのか……」
「私たちにとってはグロウさん達の方が異常なんですからね?」
呆れが含まれた口調で、エリカはため息を吐く。未だにグロウは、今の時代の常識と言うものを分かっていないらしいと、エリカは今後どうやってグロウに常識を教えようか頭を悩ませていた。
「さてと、そろそろ寝るとしよう。今日は少し疲れたし、明日には騎士団の所へ行かないといけないからな」
これ以上話を続けると藪蛇になりかねないと、グロウはエリカの雰囲気から察して即座に退避を選択する。これまでグロウ達の帰りを待っていたのでエリカも疲れていたのか、グロウの言葉に反対しないので、グロウは隣に借りている自室にいそいそと退避して行く。
こうして、色々とあった王都での一日目は過ぎて行った――
◇
翌日、グロウ達は宿屋に併設されている食堂で朝食を食べると、騎士団の詰め所に来ていた。
「前も見ましたが、何で見ても立派な詰め所ですね」
グロウの隣で、ルピナと手を繋いで一緒に歩いていたエリカが、騎士団の詰め所を見て感嘆の声を上げる。
それもそうだろう。何故ならば、王都の大通り沿いに設立されているその詰め所は、一時的に滞在するだけの場所であり、本部ですらないと言うのに屋敷と見間違うほど巨大な建物であり、外観に使われている装飾は手の込んだ一級品だと一目で分かる。
有事の際には市民が逃げ込めるように大きく建造したと説明されたが、その外観は貴族の屋敷にも引けを取っていなかったのだから。
まあ、その認識もあながち間違ってはいないのだが。
この国の守護を司っている騎士団、シルト騎士団は、そのそれぞれの団員が一騎当千の猛者たちであり、世界最強の騎士団と言われているそうだ。その実力故に、戦場では指揮官として軍を率いることもある。戦場では並みの下位貴族以上の発言権を持ち、団長、副団長ともなれば上位貴族として扱われるため、騎士団の団員は貴族と言っても差し支えないだろう。
シルト騎士団はフェルゴ王国の誇る猛者を集めた騎士団であり、中には元冒険者である者も多く、戦力だけで成り上がるのならこの国の頂点と言っても過言ではない騎士団だ。その為、毎日のように腕自慢の冒険者や武闘家が、騎士団の門を叩いているらしい。
「ううっ、もう既に帰りたくなってきました……」
「何故だ、こっちは呼ばれた招待客だぞ? 精々もてなして貰えば良いだろう?」
「グロウさん、この国ではシルト騎士団って、物語にも出てくるような国の英雄なんですよ? そんな方たちにもてなしてもらうなんて、恐れ多くてできません……」
エリカは騎士団の立派な詰め所を見て、これから訪れるであろう事を思い顔を蒼くしていた。
「あっ、お兄ちゃん! あのお花、森の中にもあった蜜が甘い奴だ!」
「キレイ、でしゅ……」
「妾もお家に帰りたい。切実に……」
対してナケアとルピナは、騎士団の詰め所を楽しそうに瞳を輝かせて見つめている。
それぞれが思い思いに詰め所の前で待っていると、直ぐに一人の騎士が詰め所の中から出てきて、グロウ達に頭を下げた。
「皆さん、この度は御足労頂きありがとうございます。中では既に準備は整えてありますので、こちらへどうぞ」
そう言う騎士は、グロウ達を詰め所の中に招き入れて、内部の案内を始める。この詰め所は広い。迷子にならないようにと言う、恐らくはクライヴの気づかいだろう。
そうしてその騎士の後ろを、グロウ達は見失わないようについて行った。
騎士について詰め所内を移動すること数分、前を歩いて案内をしていた騎士が一つの部屋の前で止まったので、グロウ達も部屋の前に立ち止まる。
「この奥が我ら騎士団の使う訓練場です」
手で先の扉を示しながら、騎士は訓練場へと続く扉を開けた。すると中では、金属と金属がぶつかり合う甲高い音が響いていた。
「現在はトレーフル隊とリリー隊が模擬戦をしているみたいですね。折角ですので、少し見学されますか?」
「ああ、頼む」
訓練場で模擬戦をしていたのは、二人の剣士だった。片方は長身細身の男で、手には刃引きされたロングソードを持っている。
もう一人は、一見してとても剣なんて振れそうもない小柄な女性だが、手には身の丈に釣り合わない程の大きな大剣を持っていた。
一合切り結んだ両者は、一度大きくお互いの剣を弾いて距離を取る。そして間髪入れずに、ロングソードを持った男性が女性の体勢が整わないうちに距離を詰めた。
しかし、女性はその動きを読んでいたらしく、即座に大剣を下段に構えて男性の持つロングソードを巻き込んで振り上げる。
こんなに早く体勢が整うとは思っていなかったのか、男性の方は一瞬驚いた表情を浮かべつつも、冷静に剣を構え直して今度は剣を振り下ろす。
その剣を今度は女性が左に一歩だけ動いて躱し、そのまま体を捻って大剣を横に振るった。
ギリギリで反応した男性が、何とか剣を大剣と自身の体の隙間に滑り込ませる。再び訓練場には、甲高い音が響き渡った。
「凄い、私よりも小さいのに、あんな大きな大剣を軽々と……」
「あの女性はドワーフだな。ドワーフは、普通の人間よりも力が強くて器用だ。その代わりに、魔法が使える奴は少ないのが特徴だ」
「確かに、彼女はドワーフですよ。彼女はトレーフル隊副隊長のネムさんです。この騎士団でも屈指の実力者なんですよ」
ここまで案内してくれた騎士の説明を聞きつつ、グロウ達はネムと呼ばれた女性の戦いを見学する。
ネムは男の攻撃を躱し、大剣による高威力の攻撃を叩きこんで男の動きを止め、大剣による手数の少なさを上手く補いつつ、男を順調に追い詰めていく。
そうしてグロウ達が見学して数分も経たないうちに、男からロングソードを弾き飛ばし、男の喉に大剣の切っ先を突きつけ模擬戦は終始ネムの優勢で終わった。
最近ちょっと短い話が続いてしまっている……時間が、時間が欲しいです……!
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