85 ナケアの冒険3
実はナケアの前に、ルピナとエリカに《安眠の銀鈴》が使われていて、ルピナはその魔道具の影響で眠くなったけど、気を抜いていなかったエリカは眠らなかったという設定が有ったり、無かったり
ナケアが地下牢から脱出した同時刻、王都内にある大商人の邸宅内で、一人の男が見るからに高級そうな革張りの椅子に座り、葉巻に火を付けながら上機嫌に部下から齎された報告を聞いていた。
「漸く姫を攫う事が出来たか。騎士団の連中の目を掻い潜り、城の使用人を買収して、腕利きの魔道具職人を引き込み、その上で何年も練りに練った計画だ。これで失敗することなどあってはならないが、これで儂も一息付けるな」
葉巻を噴かしながら、男はこれまでの苦労が報われたと安堵の表情を浮かべる。男の前で報告していた部下も、男の言葉に同意する。
「これで二大国へ恩を売れるうえに、莫大な金まで入ってくる。騎士団の連中に見つかる前に、早くこの国から逃げてしまわねばな。奴らの機動力はバカに出来ん」
「それなら問題ありません。既にこの計画に関わった城の人間は、奴の魔道具によって始末されており、幻影の魔道具により姫の替え玉も用意しました。夜が明けるまでは、幾ら騎士団と言えど気付くことは出来ないでしょう」
部下の報告を聞いて、男は益々機嫌良さそうに笑みを浮かべる。
「全く、儂も良い拾い物をしたものよ。奴が居る限り、騎士団ですら儂らには手も足も出ない。奴がこの商会に利益を齎す限り、精々大切に使い潰してくれるわ。それと、時間があるのなら捕まえた奴隷も幾つか持って行くとしよう。お前も、気に入った物が居たらくれてやるぞ?」
「本当ですか! ありがとうございます!」
この部屋の中には、件の男が開発した魔道具によって防音、防魔、認識阻害などの探知を阻害する結界が張られており、幾ら騎士団とは言えこの場所を特定することは今まで出来ていない。その為安心して、部屋の中では男と部下の高笑いが響いて行くのだった。
その会話を、部屋の外で誰に聞かれているのかも知らずに――
◇
「灯台下暗しと言ったところですか。こんな近くに、今国中を騒がしている大規模な誘拐犯の親玉が居るとは……それにしても、騎士団でも見つけられなかった奴らをこうも簡単に見つけてしまうなんて、何と言うか、グロウさんは相変わらずですね……」
ナケアが誘拐されてから数時間が経過した頃、グロウは騎士団の詰所に設けられた一室に居座り、詰所にいたクライヴと共に、魔力で作られた半透明の画面に誘拐犯の親玉と思われる男と、その部下と思われる男を映し出していた。
「この程度、大したことじゃ無い。あの程度の結界、薄氷を割るよりも簡単に破ることが出来る」
寧ろ、500年前ならばまだしも、現代では魔道具でここまで阻害系の魔道具を使っている場所などそう多くないので、(あくまでこの時代にしてはだが)ここまで質の良い結界は目立っていたくらいだ。
ナケアの反応から、この王都の地下には広大な空間がある事が分かった。網目状に王都へ満遍なく通路が通っているので、恐らく王都の下水道を利用してアジトとしているのだろう。
奴らのアジトには、何人もの衰弱した人間の反応があった。現在ナケアは、立ち塞がる誘拐犯の仲間は倒し、衰弱している人間は助けている様だ。これなら、ナケアの救出はもう少し後でも問題無いだろう。
「ついでに、城の中にある魔道具は全て焼いて壊しておいた。これで城の連中が死ぬことは無いだろう」
「おおっ、それはありがとうございます!」
まあ、ナケアが居れば例え死んでいても、魂さえ無事ならば蘇生することくらい可能だがなと、グロウは心の中で呟く。
「それにしても、まさかナケアと一緒にいる子供がこの国の姫だとはな。まあそれなら、ある意味この国で最も安全な場所にいるから、問題は無いだろうが」
「本当に、不幸中の幸いですね。まだ殿下の誘拐は陛下に知られていない。これなら、今日中に殿下を救出すれば誘拐は無かった事にできますね」
「姫の誘拐を許したとあっては、騎士団の面子がたたないって事か? 騎士団も色々と大変だな。それなら、今回の事は口止め料込みで貸し一つって事にしておこうか」
前に聞いた話では、この国で騎士団は結構な権力を持っているらしい。貸しを作っておいて損は無いだろう。
「グロウさんの手を借りられるのなら格安ですね。分かりました。今後、我々で出来ることがあれば言ってください。と言っても、グロウさんなら一人で大概出来そうですが」
「そんなことは無い。現に今も、こうして騎士団を頼っている訳だしな」
幾らグロウでも、王都の地下中に張り巡らされたアジト内にいる人間を一人残さず捕縛することは不可能に近い。少しでも攻撃魔法を使えば王都の下水道は焼けて、捕まっているであろう人間の何人かは巻き添えになる可能性が高かった。
出入口も無数にあるようで、一網打尽にしようと思えばどうしても人数が必要になる。だからこそ、今はこうしてグロウはシルト騎士団を頼りにきていた。
「こう言っては失礼ですが、奴らがナケアさんを攫ってくれて助かりました。だからこそこうして、殿下の安全と奴らの壊滅が約束されたのですから」
グロウは肩を竦めて、魔力で出来た画面に向き直る。グロウの操作した画面には、自分の邸宅から出て行き親玉とその部下が馬車に乗り込む様子と、笑顔でこの国の姫と手を繋ぎながら、上機嫌に敵を無効化しつつ他の牢屋から人を救出して行くナケアの姿が映し出されていた。
◇
ドサッと、何か重い物が崩れ落ちた様な音が聞こえてくる。やっぱり、ここにいる人は大して強くはないみたいだ。
「凄い……少しも触れずに、あんな大きな人を倒しちゃうなんて……」
目の前で倒れている、お兄ちゃんよりも頭一つ分くらい大きな筋肉質の人を見て、アリシアちゃんが目を丸くして驚いている。
何で驚いているんだろう? このくらいの人なら、お姉ちゃんどころか魔王城で知り合ったデュークやユーナさんでも簡単に倒せると思うけど?
ボク達があの牢屋を出てから、続いている道を歩いて移動している。道の途中では、こうしてボク達を邪魔する人が沢山いたから、少しだけボクの使える数少ない攻撃魔法で眠ってもらう事にした。
「ナケアちゃんのその魔法、確か”ホワイトパズル”でしたよね? 相手の構造を自由に組み替えることが出来る魔法なんて、一体どんな原理の魔法なんですか……?」
あっ、そっちに驚いてたんだ。確かに、この魔法はお兄ちゃんとボクが作った魔法だから(しかも殆ど偶然)、見たこと無くても当然だね。
ボクの【生命組換え】は、あらゆる有機物の構造を自由に組み替えることが出来る魔法だ。そもそもボクの治癒魔法は、再生も分解も強化も弱化も自由自在だから、それらを全て同時に行えば、血液の機能を低下させて体に取り込む空気の量を減らして酸欠にすることも出来るし、抗体の機能を強化してアレルギー反応を起こさせることも出来る。
勿論、この魔法で生物の治療も出来るから、この魔法で生物を殺しちゃうことはボクが殺そうとしない限り有り得ない。
生命の体は、緻密なバランスによって成り立っているってお兄ちゃんが言っていた。そのバランスを崩して、組み替えることが出来るボクの【生命組換え】は、相手が生物である限り抗う事出来ないんだよ!
「あっ、ナケアちゃん! こっちにも牢屋があるみたいです!」
ボクたちが邪魔する人達を無力化しながら、篝火が照らす道を進んでいると、妙に爽やかな笑顔を浮かべたアリシアちゃんが道の先に見える牢屋を指さしていた。
やっぱり、アリシアちゃんは笑顔で居た方がかわいい!
アリシアちゃんに手を引かれるようにして、ボクたちは牢屋の前に歩いて行く。牢屋の中には、ボク達が捕まっていた牢屋よりも狭いスペースの中に何人もの人が押し込められていた。特に犬や猫の耳と尻尾、動物の特徴を持った獣人が多く捕まっている。
獣人は、人間よりも力が強くて、鋭い五感を持った獣の特徴を持った人たちの事だ。獣の特徴を持っているから、偶に獣人を獣と同一視して見下している人もいるんだって。属性龍から見れば、大して変わらない種族なのに、必死で他種族の劣る点を探し出している人なんて滑稽でしかないけどね。
だからこの国ではないけど、お姉ちゃんが言うには他の国では獣人を物みたいに扱うヒドイ人達がいるって言っていた。多分、この人達はそうした人に捕まったんだと思う。
「可哀想に……皆さん、衰弱していらっしゃいます……」
「でも、怪我とか病気になっている人はいないみたい。うん! このくらいなら直ぐに治せるよ!」
ボクは牢屋の鉄格子を曲げて中に入ると、一人一人にヒールを掛けて回った。身体を治すと言うよりも、生命力を回復させる。衰弱していた人たちは、ボクがヒールを掛けると疲労感からか次々と眠っていった。
「これで皆元気になったはずだよ! でも、お外に連れて行くのは難しいかも」
「そうですね。ナケアちゃんでも、これだけの人を運びながらじゃ移動できませんよね……」
眠っている人を運ぶのって、相手に力が入っていないから下手をすると頸とか痛めちゃうかもしれないし、ボクの身長だと背負う事も出来なくてどうしても引きずっちゃうから、この人達を運ぶことは出来ないんだ。
それでも、ボクの居場所はお兄ちゃんが知っているし、お兄ちゃんが来れば全部解決してくれる。と言うより、解決できるようになるまでお兄ちゃんは多分来ないと思う。まあ、お兄ちゃんはボクが危なくなれば直ぐに来てくれると思うけど、探知魔法で探ってみた限りボクより強い人は一人もいない。だったら、ボクはお外を目指しながら途中でこうした牢屋を見つけたら助けて行けば良いよね。
こうしてボクたちは、邪魔する人を眠らせて牢屋に捕まっている人達を助けながら、お外に向かってこの迷路みたいな通路を進んで行った。
「子供にやられるなんて、使えない雑魚たちだね!」
「「「ジェ、ジェシカさん!」」」
「見てなさい! この私の強化された本当の魔法を――って、あんた何処かで見た気がッ!?」
邪魔な人を眠らせていたら、杖を持ち、如何にも魔術士だと言ってる様な格好をした、多少他の人よりも多い魔力と防御系の指輪型魔道具を持った女の人が何か言っていたけど、適当に眠っていてもらう。
「なんだ、ジェシカがやられたって? 一体相手はどんな奴だ?」
「「「アーネストさん!」」」
「どれどれ、うん? お前、どっかで見た事が――ッ!?」
今度は大量の悪い人を引き連れた、筋力強化系の腕輪型魔道具と、見た事あるハンマーを背負った男が出て来たけど、さっきの女の人同様さっさと眠ってもらう。なんか、この人達見てると無性にイライラしてくるんだよね。
途中、何かどこかで見た事ある人もいたような気もするけど、こんなところに居るんなら多分悪い人だから、遠慮することなく取り合えず眠ってもらって、ボクたちはお外に通じる道を進んで行く。
もう少しでお外に出られると言ったところで、ボク達の目の前にここまで来る時に見た部屋には無かった、重厚な扉が姿を見せた。扉にはセルゲンレイクや王都でも見たこと無いくらいの性能を持つ、幾つかの魔道具が埋め込まれているみたいだ。
監視、検知、開閉、防衛、反撃、警報、他にも多くの効果を持つ魔道具が埋め込まれているみたいだけど、その魔道具は今までの鉄格子を、精々鋼よりちょっと高い強度を持たせる程度で、破る苦労は大して今までと変わらない。
「何か、扉から嫌な感じがしますね……」
「そう? ボクは別に何も感じないんだけど?」
アリシアちゃんは怯えた様子で両手を胸の前で組んで、重厚な扉を見つめる。確かに扉の奥からちょっとだけ呪いの力を感じ取れるけど、ボクの近くにいれば自動的に浄化されるレベルのもので、大したことないと思うんだけど。
でも、ボクの友達であるアリシアちゃんを怯えさせた罪は重いよ。それに、いい加減こんな場所からは早く出たい。
だからボクは、重厚な扉をちょっとだけ力を込めて開けた。扉に埋め込まれた魔道具が、ボクの魔力を受けて全て破壊される。
そうしてボクの力に耐えられなくなった扉は、派手な音を立てながら部屋の中へ勢い良く飛んで行った。
中にいた、呪いの発生源である一人の青年を巻き込んで――
消えた三人組現る!?
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