86 聖龍(悪魔)の宣告
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アジトの中に悲鳴が響き渡る。最高級の魔道具を持った、元冒険者や元傭兵など、戦闘のスペシャリストが何人もいたはずだと言うのに、悲鳴はいつまでも止む気配を見せない。
悲鳴の鳴り止まないアジトの最奥にあり、研究室となっている一室では、二人の男が寛いでいた。片方の男は、備え付けられている机の前に座り自ら入れた紅茶を飲んでおり、もう片方の男は全身に黒い鎧を身に着け、黒い剣身に血管の様な赤い模様が走る、身の丈より少し小さい程度の大剣を軽々とその場で振っている。
大剣で素振りをしていた男は、さっきから聞こえてくる悲鳴が気になるのか、顔を顰めて白衣の男に話しかけた。
「さっきから五月蠅いアジトだな」
「いつもはもっと静かなんだけどね。それで、私の作った武具の調子はどうだい?」
「ふんっ、悪くは無いな」
素っ気ない男の返答に白衣の男は苦笑して、そうかいとだけ答える。
男の持っている黒色の防具は、白衣の男が作り出した魔道具だ。
白衣の男は、約500年前に栄華を誇った大国であるケルヌト帝国にあった魔術を極めた大都市、魔術都市ネクロペイラの魔道具技師の子孫であった。
白衣の男の一族は、ネクロペイラが属性龍の怒りを買って滅びた時も、空白の時代と言われる戦争時代でも生き延び、何とか細々と今までその技術を子孫へ伝えて来た。
その過程で失われた技術も数多かったのだが、その技術は間違いなく現代では最高峰の技術だ。
その男が作り出した黒色の魔道具は、高難度のダンジョンから発見される魔道具にすら匹敵する性能を持っている。
現に男の作り出した魔道具は、二つの大国から技術が入って来ており、大国の技術を独自に組み合わせ改良し、世界中でも高水準の魔道具を作る職人が数多く在籍するこのフェルゴ王国の王城ですら結局気が付かずに、王女殿下も攫えたほどだ。
「元Dランクの冒険者とは言え、私の作った武具を身に付ければシルト騎士団の騎士すら敵じゃない。精々私の実験に付き合ってくれよ。ケル君」
白衣の男は、目の前で武具の調子を確かめている王都のギルドから追放された冒険者、ケルを見て腹黒い笑みを浮かべる。
そしてそうしている内に、悲鳴はどんどん二人の近くまで近づいて来ていた。
「悲鳴が近づいて来ているな。さっきジェシカとアーネストが出て行ったが、敵の制圧にいつまで掛かっているんだ?」
「あの二人にも私の魔道具を渡してある。大方、魔道具の試運転で浮かれているんじゃないかな? そんな事よりも、早く捕まえた奴隷たちで試し切りでもしてみてくれ」
「俺に指図するな。だが、それも良いな」
黒い武具を纏っていたケルは、一度動きを止めると白衣の男に視線を向ける。白衣の男は気分良さそうにニヤリと顔を歪めた。
「その武具は、様々な呪いを組み合わせて本来の呪いのデメリットを抑えるとともに、メリットとなる効果を限界まで強化している。まあそれでも、多少のデメリットはやっぱり発生しちゃうんだけど、それの場合は武具に一日一回血を与える事だね。もしそれを忘れちゃうと、大変な事になっちゃうよ?」
「チッ! まあ良い。それなら早く奴隷を切りに行くぞ!」
「ハイハイ。奴隷のいる区画には私の魔道具が設置されているから、私と一緒に行かないとたどり着けない。逸れない様ついて来てくれ」
そう言って白衣の男が机から立ち上がろうと、魔道具の故障を知らせる赤いランプが点滅している事に気が付かないまま、手に持っていた紅茶の入ったカップを机の上に置く。その時、この研究室に続く扉が前に立っていたケルを巻き込み、勢い良く吹き飛んで壁にぶつかった。
「なっ!? この部屋の扉はこのアジトの中でも特別頑丈に作られているのに、誰がこんなことを!?」
扉は無残に低い位置でひしゃけており、研究室の壁は広範囲で大きく崩れている。呪いの武具を装備していたケルは、いつまでも起き上がってくる気配が無い。こんな事を出来るのが、凡そ人間の仕業であるとは思えなかった。
まあ正しく、人間の仕業では無かったのだが、男がそれを知る日は来ない。
白衣の男が崩れた研究室の壁を呆然と見つめていると、研究室内にまだ幼いとすら言える、この場では全く似つかわしく無い二人の少女の声が響いてきた。
「うん? 今誰か巻き込んじゃったかな?」
「ナケアちゃん、ずっと聞かないようにしていたんですが、一体どんな力をしてるんですか……?」
二人の少女の内、金髪の少女の方は白衣の男も見覚えがあった。男の所属していた組織が長年狙っており、男自身も何年も協力してきた標的である、フェルゴ王国の王女殿下だ。
何故、こんな場所まで王女がやってきているのか。王女の隣にいる美しい銀色の髪の少女は誰なのか。白衣の男は混乱したまま、取り合えず現状を把握しようと二人の少女に話しかける。
「き、君たちは一体何者なのかな? ここが私の研究室だと知っての狼藉かい?」
「うん? ここが何処かなんてどうでも良いよ? ボクはお外に出たかっただけだし。それと、アリシアちゃんを怖がらせた奴に少しお説教したかったんだけど、それはもう良いかな?」
男が話しかけると、銀髪の少女がこてんと可愛らしく首を傾げながら答える。男はやはりこの場で似つかわしくないその仕草を見て、何故この少女がこの場にいるのか疑問だったのだが、その理由が良く分かった。
フェルゴ大国の姫はまだ幼いながらも、周辺国や貴族たちから既に可愛らしさの中に美しさも秘めており、気品に満ちていると絶賛される程の少女だ。
男の目から見ても、目の前にいる金色の少女に流れるその噂は正しかったのだと確信できた。
しかしその隣にいる少女は、王女をもってしても全く引けを取らないどころか、気品は兎も角可愛らしさで言えば王女の上を言っている。まだ幼さの方が強いが、後十年もすれば確実に世の男たちは彼女を放ってはおかないだろう。
奴隷としては、これ以上ない程の上玉。例え幼い少女が趣味ではない貴族であろうと、王女の隣にいる銀髪の少女を手に入れる為ならば幾らでも金を積む筈だ。
大方、この国のどこかにいたこの少女を見た組織の構成員が、今まで通りに攫ってきた商品の一体が脱走したのだろう。魔法を使える子供は、才能さえあれば屈強な大人よりも強くなることがある。恐らく、この少女は天才と呼ばれるにふさわしい才能を持っている筈だ。
「これだけの力をその年で持っているとは、末恐ろしいね。その才能をこの場で散らすのは少々惜しい。どうだい、私と取引をしないかい?」
「取引?」
白衣の男は、状況から即座に現状を把握して、動揺を抑え込むとその顔にニヤリと先程と同じような笑みを浮かべた。男からは自分が追い詰められているとは思えない程の余裕が見て取れる。そして次はナケアと呼ばれていた少女を見て、新しい遊び道具を見つけた子供の様に楽し気に近づいて行った。
「そう取引だ。どうだい? 君が私の所有物となれば、そっちのアリシアちゃんを地上へ返してあげよう」
「ふーん」
「良いかい? それだけの力を持っている君は、確かに今まではその力を振るえばほとんどの障害を排除できたことだろう。でもね、この世には力ではどうしようも無いこともある。例えば、このアジトには幾つもの呪いが込められた魔道具が何百個も仕掛けられているんだ。もしその魔道具が作動すれば、浄化の魔道具を持っている私以外は確実に死滅するだろう。少なくとも、この王都に住む人を全員巻き込んでね」
白衣の男は、子供に言い聞かせるように穏やかな口調で話し始める。しかし、隣で顔面蒼白となっているアリシアとは対照に、ナケアは興味無さそうに男の話を聞いていた。
「それに、このアジトだけじゃなく、幾つもあるアジトの全てに私の作り出した魔道具が配備されている。強力な呪いが込められた武具を装備した構成員が、何千人もこの組織には在籍しているんだ。どうだい? これだけ言えばいくら子供でも自分たちが敵に回している組織の強大さが分かっただろう?」
「あ、そう。それなら【聖龍の領域】」
男の話を聞いていたナケアから、一瞬だけ強烈な光が放たれる。魔力を最低でもエリカ並みに感じられる者がその光景を見れば、どれだけ膨大な魔力が今の一瞬の内に使われたのかが分かり、ナケアと戦闘をしようなどと思わなかっただろうが、生憎この場に一瞬だけ放出された膨大な魔力を感知できる人間はいない。
ナケアの魔力は、光速に匹敵する速度でフェルゴ王国を包み込むと、ナケアがこのアジトで感じた呪いと同等の呪いを一瞬にして全て浄化させた。
聖龍であるナケアの前で、呪いの類など全く効果は無い。ただ近くにいるだけで男の改造した呪い程度は浄化され、僅かな魔力を放出するだけで呪われた魔道具は跡形もなく消え去った。
「これで全ての呪いは浄化したよ?」
「何をバカな事を。私の魔道具がそう簡単に浄化される訳無いだろう? それで返答は?」
白衣の男はナケアが本当に全ての魔道具を浄化したとは思いもせずに、尚も自分が優位にあると確信した声色でナケアに問いかける。
ナケア達がこれまで助けてきた人達を見て、そして所々に置いてあった呪いの魔道具がどういった物であるのか完全に理解していたナケアが、どれだけ目の前の男に怒っているのかも知らずに。
男の魔力量、この場にある全ての魔道具、何が起きても良い様にアリシアに施した付与魔法、この部屋から男や全ての物が出ないように施した結界。グロウから教わった通りに目の前の男に対し、ナケアが考え得る全ての対策を施し終えた頃、ナケアは少しだけ魔力を放出して満面の笑みを浮かべた。
「お断りします。ボクが欲しいなら、せめてお兄ちゃんを倒せる人じゃなきゃダメってお兄ちゃんから言われているからね!」
「そうかい、それは残念だ。ならそのお兄ちゃんと一緒に死ぬと良い」
男が白衣のポケットから何かボタンの付いた魔道具を取り出す。恐らくは、魔道具を起動させるためのスイッチだろう。しかし、その動作はナケアにとっては遅く、男が魔道具を起動する前に魔道具を壊すことくらい造作もない。
それに、そもそも国中に配置していた男の魔道具は、ナケアによって事前に浄化されている。男の持っている魔道具を起動したとして、最早何も起動することは無い。
「うん、何故何も反応が無いんだ!? な、魔道具が全て破壊されているだと!? どういう事だ!?」
男は漸く、魔道具が全て無力化されている事に気がついた様だ。魔道具に付いているボタンを何度も押しては、何も起きない事に驚愕していた。
「だから言ったでしょ? 呪いは全てボクが浄化したよ。それじゃあ、そろそろ眠ってもらうね」
「ま、待てッ!? 今この場で、私以外に出口への道のりを知っている者はいないぞ!」
「探知魔法でとっくに道くらい分かってるよ!」
相手の対抗手段を一つ一つ丁寧に潰していく。ナケアはグロウよりも耐久力に優れる聖龍だ。相手の対抗手段が無くなるまで耐え抜くことは簡単だ。
「ここの牢屋にいた人達、皆弱っていて、楽しそうじゃ無かった。心が全員弱ってて、今にも無くなりそうだった……」
「当たり前だ。それが奴隷と言う物だ」
男はナケアの話に乗って、聞きたくもない牢屋の人達の扱いを話始める。いつ死ぬかも分からない生活を理不尽に強いられていた人たちは、どれだけの心労があったことか。
そして目の前の男が作っていたという呪いの魔道具。間違いなく、人間を素材として使っていた。
呪いは、死の直前にどれだけの怨みを感じたかによって得られる力が変わる。呪いの力が強ければ強い程、犠牲となった生物が死の直前に感じた怨念の強さは大きくなっていくものだ。その性質上、呪いの魔道具は意思の力が強い人間の方が、他の生物を犠牲にするよりも強い効果を得ることが出来る。
聖龍であるナケアは、今日初めて呪いの魔道具を見たと言うのに、それが本能で嫌と言うほど理解できてしまっていた。
「お前の作った魔道具、12個の呪いが絡み合って出来てた。最低でも、一つの魔道具で12人の人が恨みながら死んでいるはずだよね? そんな魔道具がこの国中に沢山あった。一体、何人を犠牲にしたの?」
ナケアはアリシアどころか、自分でもビックリするくらい冷たい声で、目の前の男に問いかけた。ナケアの脳裏には、セルゲンレイクで仲良くなった人達や、出会った冒険者の人達の顔が思い浮かんでいた。
人は全員幸せに暮らすことが出来て、笑い合う事が出来ると言うのに、どうして同じ人間を害する人たちがいるのか、ナケアには理解が出来ない。ナケアにとって、人間は既に愛すべき隣人として認識していたのだ。その人間にどれだけの絶望を与えたのか、ナケアは目の前の男をゴミでも見るかのように睨め付けた。
しかし相変わらず、目の前の男は子供にでも言い聞かせているような穏やかな口調で、ナケアの質問に答える。
「さぁね? 元々私の一族が作ってた魔道具もあったけど、私も五百人から先は数えてないな。何だい? 犠牲になった人達の為に、君が私に復讐でもするのかな?」
「そう。もう全員浄化したから、犠牲になった人達の魂は安らかに旅立てた。もうボクが犠牲になった人達の為にやることは無いよ。その必要もないからね。だから、これはボクのわがまま」
「生憎だけど、ガキの我儘に付き合っていられる程、私は暇じゃないんだ。それに弱肉強食は自然の摂理。弱い肉は、強者に食われるのが運命なんだよ。犠牲になった弱者たちは、私に復讐する力すら利用されて死んでいくのは寧ろ自然の成り行きだ。弱者に復讐する資格なんてあると思うかい?」
「そうだね。それなら、お前が今からボクに何をされようと、文句は言えないね?」
「出来るものならな! 漸く準備は整った‼ さあ、私の魔動具よ! 目の前の敵を殲滅しろッ‼」
ナケアがアリシアを後ろへ庇うように男の前に出ると同時に、男は扉がめり込んでいる壁に向かって叫ぶ。先程から態々ナケアの言葉に答え、時間稼ぎをしていた事はナケアにも分かっていた。だからこそ、ナケアは男の準備が全て整うまで待っていたのだから。
扉のめり込んでいた研究室の壁が、男の叫びと共に弾け飛ぶ。そして研究室の崩れた壁の中から、黒色の鎧に血管の様な赤い模様が浮き出た不気味な魔道具に包まれた、一人の男が現れた。
「これが、竜種である龍人族から作られた私の最新作! 『黒鉄の血竜騎士』だ! ふふふ、この魔道具が無事だったという事は、君の浄化はこの魔道具には効果無いという事だろう? その鎧は常に血を求めている。それの中にいた男は、随分と怨念を溜めていたみたいだから、良い実験材料になったみたいだね。さて、次は君たちの番だ。精々私の魔道具の糧になってくれ」
男は得意げに、黒色の鎧を見て目を細める。しかし、ナケアはその鎧を見ても何とも思わない。
「ううん、何を勘違いしているの? ボクはただ、君の作り出した全ての物を否定したかっただけだよ? これはボクのわがままだけど、これまで犠牲になった人達と同じくらい――」
まるで天使の様な、何者でも惚れ込むであろう可愛らしい満面の笑みをナケアは浮かべ、対照的にどこまでも冷め切った声で、悪魔の様に告げた。
「精々、絶望してね?」
ブラックナケアちゃん降臨!
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