84 ナケアの冒険2
ボクとアリシアちゃんを乗せた馬車の中は、防音魔法の効果も相まってシンと静まり返っていた。防音魔法の効果は結構高性能みたいだったから、ボクは遠慮せずにアリシアちゃんに話しかける。
「ねえねえ! アリシアちゃんは、どうしてこんなところにいるの?」
「そ、それが、私はお部屋にいた筈なのですが、気が付いたらこのような状況に……」
アリシアちゃんから、混乱しているのかオロオロと周囲を見回そうとして手足が縛られている状況に気が付き、息を呑む気配を感じた。
「そういえば、アリシアちゃんも縛られてるんだよね? 直ぐに解くからちょっと待っててね!」
アリシアちゃんにそう言うと、ボクは魔力を少しだけ放出させて魔力任せにアリシアちゃんを縛っている縄を切った。
袋の中に水を入れ過ぎると袋が破けるように、純度の高すぎる魔力を物体の中に込めると物体の容量を超えた辺りで物体は壊れるって、お兄ちゃんが言っていた。
ボクの魔力操作はお兄ちゃんには及ばないけど、お兄ちゃんに魔法を教わって70年以上練習しているからか、相当練度が高いらしい。だからアリシアちゃんに全く魔力を流さないように縄へ魔力を送るくらい簡単に出来ちゃうんだよ!
「あっ、縄が勝手に切れた……!? ナケアちゃん、でしたよね? えっと、ありがとうございます。不思議な魔法を使えるんですね?」
「うん? 今のは魔力を送っただけで魔法じゃないよ?」
「えっ、魔力って送っただけで鉄麻で出来た縄を切れましたっけ……?」
何かアリシアちゃんが小声で言っていた様な気がしたけど、袋の中に居るからよく聞き取れなかった。袋から出ると、馬車が目的地について馬車の周りにいる人たちが馬車の中を見られた時に怪しまれる。
お兄ちゃんから大人しくしていろって言われているから、幾らボクが馬車の外にいる全員を今すぐ倒せても、あんまり動けないんだよね。戦いって怖いから、どうせ動けないと思うけど……
「そうだ! アリシアちゃんにクッキーあげる! 美味しいよ!」
「ひゃうっ、いきなり目の前にクッキーが!?」
「今度のはちゃんとした魔法で、ボクの友達がクライヴさんの魔法陣を改良して作った転移魔法だよ!」
「く、クライヴ様って、シルト騎士団リリー隊副隊長のクライヴ様ですよね? それに転移魔法って、クライヴ様の持つ魔法陣はお城の宮廷魔術師でも解析出来なかった筈ですが……!?」
アリシアちゃんは袋の中で驚いていたみたいだけど、あの転移魔法は、お兄ちゃんが言うには妨害対策の魔法陣も組まれていない簡易的な魔法陣だったって言っていた。それを改良したくらいでそんなに驚く事なのかな?
それに物体を転移させるのは生物を転移させるよりも簡単だし、この程度はクラスの皆が出来る。やっぱりどうして驚いているのか分からないなぁ。
「あっ、このクッキー美味しいですねぇ」
「そうでしょ! 街の皆に貰ったの!」
クッキーはアリシアちゃんの口にもあったみたいで嬉しい。真ん中にキャンディーが溶かされたクッキーに、チョコチップが散らされたクッキー。ココア味のクッキーも出してあげよう!
「うわぁ~! こんなに沢山、良いんですか?」
「うん! それに喉が渇いたら言ってね。ボクの水筒の中に、お姉ちゃんが淹れてくれた紅茶が入ってるから!」
「あら? ナケアちゃんにはお姉さんが居るんですか?」
「お姉ちゃんだけじゃなくて、お兄ちゃんもいるんだよ! 二人ともとっても強いし、とっても優しいの!」
「それは羨ましいですね。私にも兄や姉はいますが、あんまり構って貰えなくて……」
アリシアちゃんにもお兄ちゃんとお姉ちゃんが居るみたいだ。でも、アリシアちゃんは少し寂しそうにお兄ちゃんとお姉ちゃんの事を言う。アリシアちゃんも、お兄ちゃんとお姉ちゃんに甘えたいんだろう。ボクだって、お兄ちゃんとお姉ちゃんに甘えられなかったらとっても悲しい。
「あっ、そうだ! それなら、アリシアちゃんもボクのお兄ちゃんとお姉ちゃんに甘えれば良いよ! 今度お兄ちゃんとお姉ちゃんを連れて行くから!」
「それは嬉しいですね。それでは楽しみにしていますね」
「うん!」
それから、ボクとアリシアちゃんが暫くお喋りしていると、馬車から伝わる振動が無くなった。ボクが探知の魔法を使うと、周囲には何十人もの人の反応があった。どうやら目的地についたみたいだ。
ボクとアリシアちゃんは、直ぐにお喋りを止めるとまだ寝ているフリをする。すると、馬車の幌が開けられる気配がして、外の音が聞こえてきた。
「まさか本当に攫って来ちまうとはな。この計画の為に何年費やしたことか。うん? 荷物が一つ多いみたいだが、これは?」
「ああ、それは無防備にうろついてたから、仕事ついでに攫ってきた。相当の上玉だ。まだガキだが、物好きな貴族に売ったら高く売れるだろう」
「……まあ良い。とっとと荷物を運び出せ」
外から話し声が聞こえてくると、ボクとアリシアちゃんの入った袋が担ぎ上げられて何処かへ運ばれてく。探知魔法によると、ボクたちは大通りからかなり離れた位置に建っている、外見上はそう広くない一軒家に運ばれているみたいだ。ただし、そこはただの一軒家ではなく、地下に巨大な空間のある一軒家みたいだけど。
男たちが何か重そうな物を引きずる音が聞こえたかと思うと、今度は何かを持ち上げる様な音が聞こえる。
多分男たちが引きずったのは棚かベットで、持ち上げたのはそこに隠されていた地下に繋がる扉だろう。
男たちは音の聞こえた場所へ進むと、今度は階段を下りているのか上下に揺れながら進んで行った。男たちがそのまま暫く進んで行くと、今度は金属がこすれる音が聞こえ、ボクたちは漸く男たちから降ろされる。
「それにしても、改造された《安眠の銀鈴》の効果はすげぇな。元々はただの安眠グッズだってのに、ガキがこんな簡単に攫えるんだからよ」
「あのお方の魔道具は、王都の職人でも作ることは出来ない。何せあの”魔術都市ネクロペイラ”からの生き残りの子孫だぜ? シルト騎士団は面倒だが、気付かれないようにガキを攫う程度あの方の魔道具を使えば造作もない事よ」
そんな話声と共に、男たちはボク達から離れていく。それから暫くして、周りに誰もいない事を探知魔法で確認してから、ボクは袋の中から出ていった。そして隣の袋の口を大きく開けて、中に入っている人を呼ぶ。
「アリシアちゃん、もう出て来て良いよ」
「うう、ずっと上下に揺れていたので、少し酔ってしまいました……」
「そう? それじゃあ少し待ってね」
ボクはアリシアちゃんに、効果を絞ったヒールを掛ける。少し酔ったくらいなら、少しのヒールでも充分回復するはずだ。魔力を高め過ぎて近くにいる人に気付かれるのも嫌だ。
「あれ、気分が楽になりました」
随分と気分が楽になった顔で、アリシアちゃんはゆっくりとその場で立ち上がる。そう言えば、ここまで普通に話していたから気にしなかったけど、ボクはアリシアちゃんの姿を見るのは初めてだ。
服装は、王都やセルゲンレイクの人達よりも豪華で、それでいて下品には見えない可愛い服だった。確かこういう豪華な服装は、きぞくって言う人たちが好んで着てるらしいから、アリシアちゃんもきぞくって言う人達かもしれない。
アリシアちゃんの背丈は、今のボクよりも少しだけ高いくらいかな。ソフィアちゃんの方が少しだけ背が高いと思う。
お姉ちゃんやソフィアちゃんよりも更に濃い、柔らかそうな金色の髪は背中の真ん中くらいまで伸ばされており、お兄ちゃんの鱗の様に濃い赤色の瞳は周囲をきょろきょろと見ると、最後はボクを見つめて大きく見開かれた。
「声から私と同じくらいの女の子だと思っていましたが、私よりも年下でこんなに可愛らしいのに、あんな魔法が使えるなんて……」
ボク、確かに人間で言ったら8歳位だってお兄ちゃんとお姉ちゃんが言っていたけど、実際は80年以上生きている属性龍だ。
多分アリシアちゃんよりも年上の筈なんだけど、まあお姉ちゃんのこともお姉ちゃんって呼んでるし、今更だね。
ボクは気にしない事にして、未だに固まっているアリシアちゃんに話しかけた。
「アリシアちゃん、ここって牢屋って言うんだよね? 確か、悪いことをした人を捕まえておくための場所だって聞いたけど、ボク悪い事した覚えないよ? アリシアちゃんは、悪い事した?」
「これまで良い子で居ようと心がけてきましたので、悪いことはしていないと思いますが……」
「そうだよね。それじゃあ、どうしてボクたちって攫われたのかなぁ?」
この場所は正面に鉄格子が、後ろにはボクやアリシアちゃんでは飛ばない限り届かない相当高い位置に明り取り用の小窓が付いているだけの場所で、他にある者と言えば松明くらいの殺風景な牢屋だ。
雰囲気だけなら、ボクとお兄ちゃんが最初に住んでいた洞窟の中に似ている。この部屋の外はいくつかの部屋に分かれていて、この部屋には他にいないみたいだけど、他の部屋にはボク達みたいに捕まっているのか動かない人と、その見張りが何十人もいるみたいだ。
それだけでも、この場所がかなり広い場所であることが分かる。一番広い場所では、多分ボクがドラゴンの姿になっても問題ないかもしれない。
ボクが探知魔法でこの場所を調べていると、アリシアちゃんは今にも泣きそうな声で呟いた。
「ここにナケアちゃんが攫われたのは、さっきの男の人が言っていたように私に巻き込まれたからでしょう。ごめんなさい、私が攫われたばっかりに、ナケアちゃんにまで迷惑かけて……」
「う~ん、別にボクは迷惑なんてしてないんだけど……それに、攫われたからこうしてアリシアちゃんとお友達になれたんだから、ボクはとっても嬉しいよ!」
「お、お友達ですかっ!?」
アリシアちゃんはボクが友達と言うと驚いていた。ま、まさか、ボクとお友達になるのが嫌だったのかな? もしそうだったら、ちょっと悲しくなっちゃうな……
「えっ、お友達、嫌だった……?」
「いえいえ、私、お友達って初めてなので、えっと、よろしくお願いしますね?」
「そうなの? それじゃあボクが最初のお友達だね! アリシアちゃん、こっちこそよろしくね!」
アリシアちゃんは、ボクの他にはお友達がいないらしい。それなら、今度ルーちゃんや学校の皆を誘って遊びに来てみよう。みんな良い子だから、きっとアリシアちゃんとお友達になれるはずだ。
そうと決まれば、こんな場所はとっとと出て行ってしまおう。お兄ちゃんからは大人しくしているように言われてるけど、確かお兄ちゃんは、奴らのアジトにたどり着くまでは大人しくしていろって言ってた。
なら、多分だけどアジトに付いた今なら、少しくらい動いても問題ない筈だ。
「それじゃあアリシアちゃん。早くこんな場所から出て、お外に遊びに行こう!」
「ここから出るって、そんな事出来ないと思います――ッ!?」
ボクが鉄格子を掴むと、腕に力を込めるだけで簡単に鉄格子は曲がって子供が通れるくらいの隙間が出来上がった。
幾らドラゴンの時より力が出ないと言っても、この程度の強度じゃ簡単に曲げられる。こんなに柔らかい素材を使っていたら、悪い人なんて直ぐ逃げちゃうと思うんだけど、今はそれが好都合だから別に良っか。
「さあ、早くここから出よ!」
「は、はい!」
こうしてボクたちは、外に出るために牢屋のあった部屋を抜け出した。
一番最初にワイルドエリアに行って、シンボルのイ〇ークと遭遇した時の絶望感。
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