74 師弟対決3
グロウの魔剣による一撃がエリカに迫る。当たればただでは済まない攻撃だ。いくらナケアがいるとは言え、何もしなければ即死してしまう可能性だってある。
エリカは即座に自身に掛けられている付与魔法を、移動速度上昇から魔力強化と筋力強化に集中させた。
エリカの魔力は付与魔法に向いている。生徒たちとの授業を通して僅かに上がった魔力まで総動員して付与魔法を施せば、当たり所次第だがグロウの一撃でも即死は免れるはずだ。
「お兄ちゃん、いくら何でもそれはやり過ぎだと思うよ……?」
グロウの放つ圧倒的な魔力を肌で感じ、阿鼻叫喚となっている観客の中に、唯一落ち着いて見ているナケアの声が虚しく吸い込まれて行く。
「お姉ちゃんが、あぶない……っ‼」
ナケアの隣で、ルピナが今にもグロウの結界に向かって魔法を放とうとしている。そんな事をしては、見物をしている生徒たちまで巻き込まれてしまうと、ナケアは必死になってルピナを止めていた。
「お兄ちゃんも、流石に手加減しているから大丈夫だよ! 生きてさえいれば、ボクの魔法で完全に治せるから、ルーちゃん落ち着いて!」
「でも、お姉ちゃん……とっても、いたいでしょ?」
「まあ、お兄ちゃんの攻撃だから、痛いと思うけど……」
「じゃあ、やっぱり止めるのっ!」
ルピナの掌に膨大な魔力が集中する。現在は、グロウの持つ魔剣から発せられる魔力の方が多いので気付かれてはいないが、何もない時にこの量の魔力が集まれば、ルピナの異常性が街の住民にバレていただろう。
エリカを助けるために、ルピナは魔法を発動させようと手を前に突き出す。しかし、ルピナが魔法を発動させる前に、グロウの魔剣はエリカに向かって振り下ろされていた。
魔剣の攻撃が地面に衝突したことで、運動場の地面が捲れ上がり、土煙でエリカ達の姿が隠れる。
土煙と衝撃はグロウの結界が受け止め、観客のいる場所まで届くことは無かったが、結界内から聞こえる轟音からその攻撃の凄まじさが窺えた。
「お姉ちゃんっ!」
ルピナは魔法を発動させるのも忘れ、結界に手をついてエリカの姿を探す。
中でグロウが魔法を使ったのか、土煙は風に吹き飛ばされて中からエリカとグロウの姿が現れる。
エリカは地面に片膝をついて、肩で息をしていたが、目立った外傷はない。
エリカの無事を確認して、ルピナはホッと息を吐く。その隣にいるナケアは、エリカの周りに半ばから折れた状態で突き刺さっている、陽光の剣の残骸を見ていた。
「おおー! あの魔剣、三本も同時に召喚できるようになってたんだ~」
ナケアの言った通り、エリカの周りには三本分の陽光の剣の切っ先が地面に突き刺さっており、無事な剣はグロウの持つ長剣とエリカの握っている退魔の剣だけだ。
エリカの周りに突き刺さっていた、役目を終えた魔剣が徐々に半透明になっていき、光の粒子となって消えて行く。それと同時にグロウも魔剣を送還すると、自身の羽を魔法で消して膝をついているエリカに近づいて行った。
「まさか防がれるとは思わなかった。四本の魔剣を俺の剣に当てて軌道を変えたのか」
「何度も見せて貰いましたから、出来ると思ったんです」
「こんなに早く魔剣を三本同時に召喚するとはな。俺は複数の魔剣を召喚するのに結構苦労したんだが、それに――」
グロウは視線をエリカの持つ退魔の剣に移した。退魔の剣は、エリカに握られながら薄っすらと光っている。そして、その光は直ぐに消えた。
「それに?」
「まあそれは良い。今のエリカの実力も分かったし、案外この模擬戦も有意義な時間になったな」
グロウが結界を解くと、ナケアとルピナが一目散に駆け寄ってきた。ルピナはエリカに抱き着くと、そのままエリカのお腹に顔を埋めている。
「お兄ちゃんやり過ぎだよ? ルピナ、お姉ちゃんの事すっごく心配して、魔法まで使おうとしたんだからね!」
「それは、スマン……」
ナケアはグロウに近寄って、地面の上だと言うのにグロウを正座させて説教を始める。少し前まで凄まじい戦いがあったと言うのに、もうグロウの兄としての威厳は地に落ちて、今はエリカのお腹に顔を埋めながら涙目で睨んでくるルピナと、ぷりぷりと頬を膨らませて怒っているナケアに必死になって謝っている妹に勝てない兄の典型例となっていた。
ルピナの視線と、ナケアの説教で精神的に多大なダメージを負ったグロウの元へ、エリカとグロウの模擬戦を煽てたリックが近づいてくる。
「いや~予想以上の戦いだった。良い物を見せて貰ったぜ。グロウの魔法にも驚いたが、エリカの嬢ちゃんがここまで強くなっているとはな。やっぱり学校の教師を任せた俺の目に狂いはなかった」
「目と脳みそが狂っているようだが大丈夫か? お前のせいで俺は妹に正座させられて説教されているんだが? どう見ても俺が教育されているんだが? お前の目には今の俺が教師に値する人物に見えているのか?」
そもそも、グロウ達はギルドの依頼で教師をやっている訳で、実際に授業をサボって学校の教師に文句を言われても、それはそんな冒険者を斡旋したギルドの失態であり、グロウ達がどうこうするような話ではない。
実際にグロウの授業を見せる、担当しているクラスの生徒たちに意見を聞くなど、対処のしようは幾らでもあったはずだ。
ギルドがしっかり対応していれば、少なくともグロウはルピナに涙目で睨まれ、ナケアに説教される事は無かった。エリカの実力を確認できたのは良かったが、色々と失ったものを考えればマイナスだ。
グロウは正座をしたまま、笑顔を浮かべているリックを睨みつけた。
「そう睨むなよ。こうした方が他の冒険者も納得できるんだ。気付いているだろうが、この街では新人の冒険者が多いから実力者が少ない。だからお前たちの実力に気付けずに、疑問を持っていた冒険者は多かったんだ。最近では周囲に高ランクの魔物も増えてきているし、お前たちがいれば安心して他の新人冒険者たちが依頼を受けてくれるだろ?」
「半分以上、学校関係ないだろそれ……」
「迷惑料として観客たちには俺から説明しておくが、あっちは自分で頼むぞ?」
「随分と安い迷惑料だな」
良い様に使われたグロウは、未だにナケアから解放されず正座させられたままリックにジト目を向ける。リックはその視線から逃げるように、未だに騒いでいる観客たちの元へ歩いて行った。
そしてリックと入れ違うように、今度はグロウの担当しているクラスの子供たちが四人を取り囲むように走り寄ってくる。
自分の生徒たちが、二人の戦いを目を輝かせながら食い入るように見つめていたことは、エリカもグロウも気が付いていた。
グロウは生徒たちに、教師となった初日に作り出したミニドラゴンと、巻物以外の魔法をあまり見せていない。エリカに限っては、これまでグロウや生徒たちのサポートに回っていたので、一度も生徒たちに魔法を見せたことが無かった。
更にエリカの持つ魔力量は、魔法剣士であるがために魔術師の生徒たちに劣り、グロウは【鑑定】の魔法などで自身やナケア、ルピナの魔力を知られないために三人の魔力量を偽装している。
そのため生徒たちは、グロウ達の事を魔法の知識は計り知れないが、魔法の威力だけならば自分達の方が上であり、当然尊敬はしていたが実際に戦っても勝てはしないまでも勝負位は出来ると思っていた。
しかし、それは誤りであったと、先程の試合を観て全員痛感することになる。
「先生、あんな量の魔法どうやったらできるの?」
「エリカ先生、あんなに強かったんですね!」
「身体強化、スゴかった!」
「剣を出す魔法、俺にも出来るの!?」
「先生たちが魔法剣士って、本当だったんだ! 魔法剣士ってこんなに強かったんですね!」
グロウとエリカは、生徒たちに囲まれ質問攻めにあう。生徒たちが近づいてきたタイミングでナケアの説教が終わり、即座に立ち上がったのでグロウの威厳は生徒たちの前では保たれたと信じたいところだった。
多分リックが邪魔で見えていないはず……
内心で冷や汗を垂らしながら、グロウは生徒たちに授業で教えると約束して、どうにか生徒たちを宥める。
かなり長い時間戦っていた様だが、まだ時間は一時限目が終わったくらいの時間帯だ。
一定の実力を持った者同士の戦いは、動きも早く一撃や二撃で決まる事も多いので決着は案外早くつく。
これから直ぐに授業を始めれば、午後の授業くらいは行う事ができるだろう。
興奮している生徒たちが集中して授業を受けられるかどうかは別として、少なくともモチベーションは高い筈だ。
授業の準備を始めるために、グロウたちは学校の教室に向かおうと運動場の出口を見るが、そこには溢れんばかりの観客たちがこちらの様子を伺っていた。
十歳前後の生徒が周りにいる為かこちらに来る様子は無いが、グロウ達が近づけばパーティーへの勧誘や合同での仕事の誘いなどをしてくるだろう。グロウは前世で何度もそんな目に遭ってきた。
中には本気でこの学校に自分の子供を入学させられないか、リックと共に検討してる貴族と思われる身なりの良い男までいる。
これは暫く教室に戻れそうに無い。リックが観客を帰らせるまで、グロウは少しこの場所で待つことにした。その間に、ナケアに言われたからでは無いがグロウはエリカに視線を移す。
「エリカにはすまない事をしたな。死ぬことは無いと思っていたが、流石にやり過ぎた」
「今回は、そうですね……正直、本当に死ぬかと思いました……」
「いや、普段のエリカならあの程度で死ぬことは無い。それは俺が保証するが、俺の予想では生きてるだけだったからな」
その言葉を聞いて、エリカの額に冷や汗が伝う。もしあの時、初めて三本目の魔剣を召喚できていなかったらと思うと……とそこまで考えて、エリカはその先を考えることを止めた。
「ところで、グロウさんは先程の魔剣を使えば、前に倒したゴブリンロードをリスクなく倒すことが出来たんじゃないですか? さっきの魔剣も充分強力だったと思いますけど?」
「ああそれは、俺の今の身体でも呪いは受けるのか実験したかったのと、ヴァルデルタでは破壊力があり過ぎて周囲への影響が大きかったからな。その点、フェリーレンは当てるだけで後は勝手に相手が喰われるから周囲への影響は少ない。洞窟で生き埋めにされても敵わんだろう?」
半分の面積の土が捲れ上がっている運動場の地面を見て、なるほどとエリカは苦笑いを浮かべる。
魔剣は一本一本持っている性質が違う。その状況に最も適した魔剣を召喚することも、優れた魔法剣士の実力の内だ。
「それと、エリカは三本魔剣を同時に召喚出来るようになった。だから、魔剣の《合成召喚》が可能になっている」
「《合成召喚》ですか? それって、グロウさんみたいに魔法陣の中に何本も魔剣を召喚する奴ですか?」
「いや、あれは詠唱が必要な《詠唱召喚》で《合成召喚》はその一歩手前だな」
「えっと、呪いとかは……?」
「ある組み合わせもあるが、今のエリカは心配しなくても大丈夫だ」
グロウの言葉を聞いて、エリカはホッと胸をなでおろす。エリカは一度、魔剣の呪いでグロウの腕が無くなっている光景を見ている。やはり魔剣の呪いは不安なのだろう。
「何かと便利な魔法だから、エリカには今度から《合成召喚》も教えて行こう」
「はい!」
エリカは嬉しそうに笑顔を浮かべて返事をする。エリカが笑顔を浮かべたことで、ルピナのグロウを見る視線も少しは和らいだ。
「お姉ちゃんがうれしそうだから、こんかいはゆるしてあげるの。でも、つぎはないでしゅよ?」
「肝に銘じておく」
これで漸く、グロウは全員から許される事となった。流石のグロウでも、実の妹や妹の様な存在であるルピナにいつまでもチクチクと針の様な鋭い視線を向けられるのは堪える。
グロウは全員からどうにか許して貰えて、漸く肩の力を抜くことが出来た。
エリカ達や生徒たちと話している内に、リックが他の観客たちを運動場の出口に誘導して帰らせている。渋々と言った様子で帰って行く冒険者の後ろ姿を見届けた後、グロウ達も少し時間をおいて運動場を出た。
生徒たちのやる気は十分であり、先程の試合でグロウとエリカに対する生徒たちの信頼も上がった気がする。
全員でワイワイと学校の廊下を進みながら、グロウ達はいつもの様にAクラスの教室に入って行く。
今日の授業は、いつもよりグロウやエリカに質問が多く飛んで来ることとなった。
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