72 師弟対決1
な、何とか間に合った……_:(´ཀ`」 ∠):
ここは、冒険者ギルドが運営している冒険者魔法学校の運動場。
この運動場で剣を構え、グロウの目の前に対峙している少女エリカは、構えてすらいないと言うのに隙が全く無いグロウを見て頬に一筋の冷や汗を流していた。
運動場には現在グロウとエリカしかいないが、運動場の外からはこの学校の生徒は疎か、教師や一部の冒険者、近くにある同系列の冒険者学校の生徒や教師まで集まって二人の様子を固唾をのんで見守っている。
「あれが最近噂になっている、ギルド史上最速でBランクにまで昇ったグロウとその弟子のエリカか……」
「二人とも魔法剣士だって話だけど、あの何をやらせても中途半端な魔法剣士が本当に強いのか?」
「ああ強いぞ。なんたって、確かあのグロウは数か月前にこの街に出現したCランクの魔物を瞬殺したり、街の近くにいた飛竜を討伐したって話だからな。エリカって嬢ちゃんも、昇級試験では元Aランク冒険者の試験官が召喚した召喚獣をあっさり倒しちまったらしい」
何処からか見に来ていた冒険者の話を聞いていた冒険者学校の生徒は、グロウとエリカに尊敬と憧れの籠った視線で運動場にいる二人を見つめる。
観客たちが見守る中、二人の間に漂う張り詰めた空気がピークに達した時、何の予備動作も無しにエリカが地面を蹴ってグロウに向けて動き出した。
その初速だけでも、観客たちにとっては視認すら出来ない速度。だがグロウは、そんな高速で突っ込んでくるエリカの剣を持っていた訓練用の木刀で軽々と弾き飛ばすと、態勢が僅かに崩れたエリカに向けて剣を弾いたままの木刀を振り下ろす。
その攻撃をエリカは何とか躱し、地面を蹴って再びグロウから大きく距離を取った。グロウはエリカを追撃しようとはせず、最初と同じように木刀を構えもせずに佇んでいる。
エリカは、自分の最速の攻撃を軽々と止められたことに驚くことは無かった。相手はあのグロウなのだから、寧ろ当然だと思っている。それにこれはグロウに勝てば良いと言うものでもない。そもそもグロウの正体を知っているエリカには、グロウに勝てるなど未だ微塵も思えないのだが。
エリカは最初と同じようにグロウと睨み合ったまま、どうしてこのような状況になったのかを思い出して、自身の体に魔力を巡らせる。
本当にどうしてこんなことになったのか、それは今から数時間前、臨時教師の依頼が思ったよりも長引きそうなので、グロウ達が依頼内容を更新するためにギルドへ立ち寄った時、たまたまその場にいたリックに言われた言葉が原因だった。
数時間前――
グロウ達の宿泊している宿屋で四人がいつもの様に朝食を食べていると、宿屋の扉が開かれて中に見覚えのあるギルドの職員が入ってきた。
「ナタリアさん、こんな朝早くからどうしたんですか?」
宿屋に入ってきたのは、いつもグロウ達がギルドに行くとお世話になっているナタリアだ。ナタリアはエリカの声でグロウ達に気が付くと、慌てた様子でグロウ達の座っていたテーブルに近づいてきた。
「皆さん、朝食中に申し訳ありません。実は、現在皆さんが受けている依頼で少々問題が起きまして、今日中に皆さん一度ギルドへ顔を出していただきたいんです」
「なんだ、そんな事を伝えるためにこんな朝早くからここへ尋ねて来たのか?」
「こういう事は早い内に伝えた方が良いですからね。ということで、よろしくお願いしますね」
ナタリアはグロウ達に伝えるだけ伝えると、直ぐに宿を出てギルドの方角へ歩いて行った。この時間は、朝から割の良い依頼を受けるために冒険者が多くギルドへ押し寄せる。忙しいのは分かるのだが、それならばこんな報告で一々ギルドを抜けなくても良いと思うのだが。
「問題って、一体何でしょうね?」
「さぁな。食べ終わったら聞きに行けば分かるだろ」
四人は朝食を食べ終えると、一度宿の部屋に戻って荷物を整え直ぐにギルドへ向かう。学校へ行く時間にはまだ早いのだが、ギルド内には既に何人もの冒険者が依頼掲示板に張り付いて更新された依頼を取り合っていた。
「流石にこの時間は混んでいますね。学校が始まるまでに間に合うでしょうか?」
「最悪、間に合わなくてもギルド側の責任なんだから、学校側も何とかなるだろ」
グロウ達が喋っている間に、ナケアとルピナは二人でギルド内を歩き回っている。最近は依頼を受ける事無く学校に通っていたので、ギルドに来るのは報告で何度かリックと会うために足を運んでいるグロウ以外久しぶりだ。
その為エリカも、久しぶりに来たギルドを見て少し嬉しそうに微笑んでいた。
「あっ、皆さん! お待ちしていましたよ!」
グロウ達がギルドへ入ってきたことに気付いたナタリアが、担当していた冒険者を放っておいてまでグロウ達の元まで駆け寄ってくる。
直前までナタリアが担当していた冒険者は、不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけて来たのだが、何故かグロウ達の顔を見た途端に目を見開いて慌てて視線を逸らしていた。
「おい見ろよ、あそこにいるのあのグロウって冒険者じゃねえか?」
「うわ本当だ! 本物は初めて見たな」
「今日はエリカちゃんにナケアたん、それに加えてルピナたんまで! 今日はなんて運の良い日なんだ。ああ、尊い……」
最初に気が付いた冒険者を皮切りに、尊敬が二、恐怖が一、変態が七くらいの割合で様々な視線がグロウ達に向けられる。
やっぱり、このギルドはもうダメかもしれないな……
視線を極力無視できるよう努めながら、グロウ達はナタリアに案内されてギルドの受付に移動する。元々前にいた冒険者は、何故かグロウ達が来る前に場所を開けていた。
「それで、依頼の問題って何なんだ?」
受付に付くと、早速グロウはここに呼ばれた理由を聞く。するとナタリアは少し眉を顰め、ここに呼んだ理由を話し出した。
「えっとですね、まず実は今皆さんが受けている依頼の依頼主、つまり怪我をしてしまった教師の方の怪我が悪化してしまったようで、その教師の方が王都へ怪我を治しに行ってしまいましたので、依頼の期限を延ばしたいそうです」
「依頼の期限を? 具体的にはどのくらいの期間だ?」
「はい、王都との道のりも考えますと、後半年は教師の方は帰ってこられないと思われますね。なので最低でも後半年はお願い出来ないかと」
その程度なら特に問題は無い。元々期限など考えていなかったのだし、才能のある子供たちに囲まれて、エリカにも良い刺激となっている様だ。この依頼で教師になる前と比べて、エリカも魔法の腕前はだいぶ上達していた。
一応エリカとナケアとルピナの方向を見て意思を確認する。三人とも嬉しそうに頷いたので、グロウも問題ないとナタリアに伝えた。
「助かります。ありがとうございますね」
「それは問題ないんだが、さっき言っていたまずとはどういう意味だ?」
「はい、正直期限については心配していなかったのですが、こっちの方が皆さんにとって面倒化もしれません。実は学校側から、皆さんは本当に教師としての技術があるのか、と言う苦情が学校から上がってきているんですよ」
ナタリアは苦々しく話を続ける。ナタリアの話によると、今グロウ達が教師として勤めている学校の他クラスの教師から、グロウ達は授業で良く分からない魔法を教えており、実習もやっている様子が無く、宿題や詠唱の練習もしておらず、教科書すら使っているところを見たことが無い。依頼料だけもらってサボっているのでは? と疑われているというものだった。
「確かに、鑑定や探知の魔法は傍から見れば分かり辛い。攻撃魔法を使った実習はまだ二回しかやっていなかったし、教科書も開いた事ないな」
それに宿題は、教師が教えきれなかったものを生徒に押し付けているみたいで気乗りはしない。必要のない詠唱の練習は論外だ。
ただ今の魔法を教えている教師達からすれば、グロウの授業はサボっているように見えるらしい。
単純に今の魔法が全て必要ないから教えていないだけで、魔力を見れば一目で生徒全員の魔力が上がっていることに気付けると思うのだが、他の先生方もそれが気付けないくらい忙しいのだろうか?
「それで、俺たちはどうすれば良いんだ?」
「要は、教師として足る実力を示せば良いんじゃないですか? 皆さんの生徒さんたちは、報告を聞く限り十分な実力をつけているみたいですし、実習をちょっと増やせば授業をサボっているとはそもそも思われないと思われます。今回のこの報告も、大方皆さんが全員お若いので実力に疑問も持ったか、あるいは冒険者としてのプライドで若いのには負けん、みたいな人が出したものでしょう。その人たちを全員黙らせることくらい、皆さんなら簡単かと」
「そんなくだらない事を、わざわざ解決しないといけないのか……?」
「今後これ以上面倒事を起こしたくないのなら、解決しておくべきだと思いますよ」
それから話はどんどん進み、結局グロウとエリカが全員が見ている前で模擬戦をすることとなった。いつの間にか観客には、ギルド内にいた冒険者の殆どに途中から話に入ってきたリックまでついてくることとなってしまう。
「まあ、エリカの特訓になると思えば好都合だな。最近は教師の仕事であまり実戦の特訓はしていなかったし」
「えっと、私じゃグロウさんの相手は務まらないと思うんですけど……」
「それは安心しろ。俺の相手を出来た奴なんて、五百年前でも数人しかいなかった。当然今回は加減するが、エリカは本気で来いよ?」
「はい!」
色々とギルドで話していると、いつの間にかいつも学校に行く時間を大幅に過ぎてしまっていた。グロウ達は慌ててギルドを後にすると、隣の学校に駆け込んでいく。
そして授業の準備の前に教員室に入ると、既に教員室ではグロウとエリカの模擬戦についての話題で持ちきりとなっていた。いくら何でも早すぎる、と思ってグロウは教員室を見回すと、いつの間にかリックがいつも空いていた理事長用の椅子にドッカリと腰を下ろし、盛大なドヤ顔を決めて親指を突き立てている。
なんだ、あの指は? 折れば良いのか?
その後はギルドと同じようにあれよあれよと話が進み、この学校の生徒と教師は勿論。何故か他の学校の生徒や教師まで観客に加わっていた。
そうしてグロウとエリカの二人は、色々と諦めた表情を浮かべていると魔法学校の運動場に連れていかれ、模擬戦の準備を始める。
グロウは学校に備え付けられていた模擬戦用の剣を借り、エリカは宣言通り本気で対戦するために両手で陽光の剣と退魔の剣を持っていた。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん良いな~。ボクもそろそろ遊びたい!」
「お姉ちゃん、がんばって」
グロウの担当するクラスの生徒たちと一緒に、ナケアとルピナも運動場で対峙している二人を見つめる。ナケアは最近思い切り体を動かしていないのでやや不満そうに、ルピナは迷わずエリカを応援していた。
「俺の剣がこれだからって、加減をする必要はないぞ。本気で来い」
「分かりました。倒すつもりで行きますよ!」
エリカの声と共に、二人の間に流れる空気の質が変わる。こうして大勢の観客が見守る中、師弟対決が始まる事となった。
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