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六話

 

 静か過ぎる車内。お父様は車で音楽を流す人ではないから、ただエンジン音だけが聞こえていた。

 車を運転するのはあの執事で、お父様は私と共に後部座席に座っている。だからこの沈黙が耐えられなかった。

 すぐに怒られるとばっかり思っていたからお父様がこんなにも静かなのは少し怖かった。何を考えているのか分からない時の方が更に怖い。

 でも、山田くんに次会う時の方が怖い。あんな風に突き放してしまったから、きっと山田くんは私のことを嫌いになった。

 私を人間として見てくれるのは山田くんしかいないのに。私には山田くんが必要なのに、嫌われたら私はなくなってしまう。


「……お父様、ごめんなさい」

「何故謝る」

「……門限を破って、学校を無断欠席したからです」

「それだけではない。お前は私を心配させた」


 思わず驚いてしまった。普段私のことを気にかけようともしないお父様が、実は私のことを思ってくれていただなんて。

 今まで逃げてきたことが酷く申し訳なくなった。


「……ごめんなさい」

「謝ってすむ問題ではない。国会議員の娘が自宅に戻らずに同級生と夜遊びをしていたと報道されてみろ。私はすぐに解雇される」

「……」


 言葉が出なくなった。

 お父様は私の心配などしていない。いつだって自分のことばかり考えているお父様は、やっぱり自分の心配しかしていなかった。

 どうやら私はお父様の言いつけ通りに動く機械にすぎないことを、山田くんと関わるうちに忘れていたみたいだ。


「分かったか。もう二度とこんなことをするな」

「……はい、お父様」

「と、言ったところでお前は反省することなくアイツの元に行くんだろうな」

「……え?」

「よし、これからお前は一歩も家の外に出さない。ずっと勉強をして将来のために備えていれば良いんだ」

「……嫌です」

「反抗するのか?」

「……学校には行かせてください」

「お前は既に中学の範囲は学習済みだろうが。絶対に行かせないからな」

「……」


 そこで家に着いてしまった。

 執事が私の身体を抱きかかえて家の中に連れていく。きっとお父様に私が逃げ出さないようにと言われたのだろう。

 別にそんなことをしなくても良いのに。もう、逃げられないことは分かってしまったから。

 私は佐藤の娘ではなくって、ただの機械。主人の指示に反する行動をとるのは規則違反。

 昨日はその規則を破ってしまったから、今日はこうやって罰を得ている。

 そうして私は完璧な機械になっていくんだろう。

 ああ、二日だけでも山田くんと過ごせて良かった。私が機械じゃなくって人間で過ごせた大事な二日間。この思い出は私の中に一生残る。

 ありがとう、山田くん。



 重く閉まる扉の音が、酷く煩かった。



「すいません。先生、佐藤さんの住所って教えてくれませんか?」

「山田、プライバシーの保護って知っているか?」

「そんなこと知ってますよ。俺は佐藤さんに休んでいる間にもらったプリントを届けたいだけです」

「そんなもん、近所のやつに頼めば良いだろ」

「クラスの皆は佐藤さんの家を知りませんでした。だから俺が代表して行くんです」

「……そ、そうか。なら頼んだ」


 そう言って先生は俺に一枚の紙を渡した。中を見ると住所が書かれていた。


「ありがとうございます」



 佐藤さんが父に連れていかれてから一週間。そして、佐藤さんが学校に来なくなってから一週間が経つ。

 きっと佐藤さんはあの父親に何かされたのだろう。じゃないと皆勤賞狙えるレベルの佐藤さんが休むはずがない。

 暴力を振るわれたのか、俺の様に玩具にされているのか、どんどんと悪い考えが思い浮かんできて気持ち悪くなる。

 早く佐藤さんを助けないと危ないことになるだろう。

 確証はないが、佐藤さんを助ける自信だけはあった。けど今は自信だけで良い。佐藤さんを見つける第一歩となる、住所を手に入れたから。



「無理です」


 佐藤さんの家に来れたは良いものの、まさか家の前に警備員が突っ立ってて通してもらえないとは思ってもいなかった。


「いや、佐藤さんに……お嬢さんにプリントを届けたいだけなんですよ、それでも無理ですか?」

「はい。無理です」

「何でですか。直接会って渡さないと意味がないんですよ」

「ご主人様に命令されているので、それを覆すことは出来ません」

「……ちっ」


 主人に忠実な男はまるで機械の様に俺の言葉を跳ね返していく。何度も掛け合うが返ってくる言葉は同じだ。

 ずっと俺のことを見ようとしないで「無理です、無理です」と言い続ける。

 舌打ちをしながら考える。どうすればこの男は通してくれるのか。じいっとその男を眺めて案を出そうとする途中、何か違和感を感じた。


「ん? あんたさぁ、一度俺と会ったことある?」

「は? ある訳ないに決まってるじゃ……」


 男は俺の顔を見て目を丸くした。きっと思い出したのだろう。俺が、絶対に忘れられない相手だということを。


「俺のことを買ったことあるよね?」

「わ、私がキミのことを、買う、なんて……」


 男は動揺し始めた。やっぱり、正解だ。こいつは父親が連れてきた客の一人だ。客全員の顔を覚えている訳ではないが(最初は恐怖で顔を見ないことにしていたので、記憶にない)、悪質なプレイを強要してきた奴は頭に、身体に残っている。


「俺、あれから色んな男性としたんだけど一番あんたのが良かったんだよね。もっかい、してみない?」

 ごきゅり。男は喉を鳴らした。

「……一度だけ、なら……」

「ふふっ。嬉しい」


 佐藤さんに怖いと言われた笑顔を見せながら男に歩みより、深いキスをした。なるべく激しく音をたてて相手を興奮させる。

 上手い具合に相手は俺の誘いに乗って俺の腰に手を回してきたところを、制止させる。腰に伸ばした手をぎゅうっとつねりあげた。


「いっ!?」

「外でするのは嫌だ。恥ずかしいじゃん。ねえ、中でしようよ」

「そ、そうだな」


 男はいそいそと胸ポケットから鍵を取り出して門の鍵を開けた。そして、俺の腕を引いて庭の片隅にある小さな小屋に俺を押し込んだ。

 予想外だ。佐藤さんのいるお屋敷の中に入れられると思っていたのにこんな場所とは……、


「ここなら恥ずかしくないよね?」


 はぁはぁと荒い息使いの男は倒れている俺の首筋に吸い付いた。ペロペロと陰湿に舐めては「美味しいよぉ」と声をあげた。

 一瞬ぞくりと寒気が走ったが今は佐藤さんを助け出すための芝居中。笑顔を必死で作りながらよがっているフリをする。


「もうそろ、良い?」


 遂に男は反り起きている自身を掴んで俺に押し付けようとした。こんなこと慣れているけど、こんなことをして汚れた姿で佐藤さんに会えない。

 そう思ったら全力で男の股間を蹴りあげていた。

 悲鳴に似た叫びを吐きながら男は俺の上に崩れ落ちた。そのことによって無防備になった胸ポケットから鍵を抜き出せた。


「良くねーよ。ばぁーか」


 立ち上がるとまだぴくぴく痙攣している男を蹴飛ばした。思いっきり急所を潰してやろうかと思ったけど、さすがに止めてあげた。

 それにそんなものを潰すために時間を割いてはいけない。俺は佐藤さんを助けに行かなくちゃいけないんだと思い出したから。


 佐藤さんの部屋は分からないが、正面玄関から入るのは危険だと察知し裏口から入ることにした。

 家の中はやけに静かで、人がいる気配がしなかった。大量にある部屋を一つ一つ開けても、生活している雰囲気がない。

 もしかして場所を間違えたのかと不安になったが、先生から渡された住所はここを指していたから間違いない。

 一歩、一歩と歩き進める内に吹き抜けの広場に出た。

 そこは食事する場所として使っていた様で白く長いテーブルと、それには少なすぎる二つの椅子が並べられていた。

 ようやく生活している様子は見られたが、ここにも人はいなかった、と思っていたが。


「……誰?」


 広場に少し低めの女性の声、俺がずっと望んでいた人の声が響いた。

 振り返ると真っ白のワンピースを身に纏った佐藤さんが立っていた。ただでさえ細かったのに、佐藤さんの手足は更に細くなっていた。

 父親にどんな仕打ちを受けたのか姿だけで分かる。きっと食事もとらせてもらえなかったんだろう。だから、痩せてしまって、肋骨が服の上からでも見て取れる。


「佐藤さん!!」


 大声で名前を呼んで抱き締めた。

 遠くから見て分かっていた様に佐藤さんは前に抱いた時よりも小さくなっていて、骨張っていた。

 ごめんね、すぐに迎えに来れなくって。

 そんな思いで佐藤さんの顔を見ると、佐藤さんは表情がなかった。佐藤さんの顔からは悲しみも驚きも喜びもなにもかも伝わってこない。

 無だった。


「佐藤さん、どうしたの?」

「……は」


 佐藤さんは何か呟いた。


「なに、どうしたの?」


 耳を近づけて佐藤さんの言葉を待つ。


「……アナタは、ダレ?」


 思考が停止した。大音量で流れ出すノイズが頭を駆け巡る。気持ち悪い、吐きそうだ。

 そうだ、そのせいだ。だから佐藤さんに似た生物の幻覚を見てしまったんだ。佐藤さんが俺のことを知らないはずがない。

 佐藤さんは、俺のことを認めてくれる唯一の人。俺と同じ境遇の俺の分身とも言える無二の人。そんな佐藤さんがいなくなったら、俺は?


 存在する意味ナイ。


 だから、これは佐藤さんじゃないよ。佐藤さんじゃないんだよ。そうだよ。全くの別人で、佐藤さんの父親が造ったんだ。そうだろ? ねえ、佐藤さんの偽者。そうだって、言えよ。


「佐藤さんは俺を愛しているんだ。俺も佐藤さんを愛している。佐藤さんがいなけりゃ意味がない。佐藤さんが存在しなければ俺も存在しない。俺と佐藤さんは鏡だ。俺を映す佐藤さんがいるから一対として存在価値が生まれる。ねぇ、だよね。佐藤さん」

「……アナタは、ダレ?」

「お前こそ誰なんだよ!!」


 俺は、佐藤さんの父親と戦う時の為に持ってきていた護身用ナイフを取り出して、佐藤さんによく似た生物に突き立てた。

 真っ白のワンピースが徐々に深紅に染まっていく。


「あ、あ……あ」


 壊れていく知らない生物は最期に、瞳を潤ませて言った。


 山田くん、迎えに来てくれてありがとうございます。


「ヴァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」


 俺はナイフを自分の胸に突き刺した。



 (了)

久し振りに読み返して羞恥で死にそうになっている太郎がお送りしました。今すぐ駄文製造機糞太郎に改名したいです。

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