第96話 本戦から
緒方は、段ボールから、金属製の、重い円筒型の器具を取り出しながら、大塚の動画を思い出していた。
「熱電発電——TEGジェネレーター。まあ、これが今回の主役だ」
「拓也、そこに転がってる薪、適当に焚べて、火をつけて。あ、火傷すんなよ」
緒方は、ロイドに、このために加工した暖炉に、火を起こすよう命じた。
「かしこまりました」
ロイドが、慣れた手つきで、薪をくべていく。
動画では、ジェネレーターの内部で、火の「熱」と、外気の「冷たさ」の温度差によって、目に見えない電気が生まれる、と説明されていた。
緒方は、手順通り、太いケーブルを、ポータブル電源へと繋いだ。
ピカッ、と液晶画面が点灯し、数値が「0%」から「1%」へと跳ね上がる。
「おお……! 成功した」
ロイドは、見慣れぬ不思議な物を、じっと凝視していたが、言葉はなかった。
あとは、ロイドに命じて、火の管理を任せるだけだった。この世界で一般的な暖炉を、そのまま利用できるのは、好都合だった。
「ロイド、しばらく、これの様子を見ておいてくれ。火が消えないように」
「承知しました」
緒方は、少しずつ数値が上がっていく画面を眺めながら、地球側の技術が、この世界に根付いていく過程を、確かに実感していた。
―――
同じ頃、あのフリーランス記者は、再び、動き出していた。
拓也の通う高校の周辺で、それとなく、聞き込みを始めていたのだ。
「最近、中野くんの様子で、何か変わったこと、ありませんか」
「いや、特には……」
剣道部の後輩に、それとなく話を振ってみるが、これといった情報は出てこなかった。
それでも、記者は、諦めなかった。取材メモには、断片的な情報が、少しずつ、書き加えられていった。
「学校を、頻繁に抜けてる、とか」「専門家らしき人が、出入りしてる、とか」
どれも、決定的な証拠には、程遠い。だが、点と点が、少しずつ、繋がりかけているような感覚が、記者の中にはあった。
「そろそろ、本腰入れてみるか」
彼は、そう呟くと、取材メモを、鞄の奥にしまい込んだ。
ーーー
その動きは、間もなく、神崎(父)のもとにも報告された。
「例の記者、また、動き始めたようです」
「学校周辺で、聞き込み、か」
神崎は、報告書に目を通しながら、小さく息をついた。
「今のところ、大きな実害はない。だが、放置していい話でもないな」
「対応、検討しますか」
「ああ。念のため、な」
神崎は、それだけ言って、報告書を、静かに閉じた。
―――
その頃、拓也のもとには、また別の話が舞い込んでいた。
県から、国スポ(旧・国体)への参加打診である。
「本戦から参加でも構わない、と言われまして」
顧問の先生が、書類を片手に、少し戸惑った様子で報告した。
「それ、普通、有り得ないやつですよね」
「有り得ないな。予選、丸ごと免除ってことだから」
拓也自身、その好待遇に、思わず苦笑いした。
とはいえ、一度は様子見も兼ねて、合同練習会に顔を出すことになった。
行ってみると、選手たちとの練習はもちろんだったが、それ以上に、先生同士の練習——というより、意見交換のような時間が、やたらと多かった。
「あの、俺の練習は……」
「ちょっと待っててくれ」
先生たちは、何やら熱心に話し込んでいる。その傍らでは、なぜか、しっかりとした機材で、動画撮影まで行われていた。
「これ、俺の動きを、研究してます……?」
拓也が、小声で、隣の後輩に尋ねる。
「多分、そうだと思います」
後輩も、苦笑いを浮かべるしかなかった。
極めつけは、その日の終わりに、担当者から告げられた一言だった。
「では、皆さんの体力を、測定しましょう」
「……体力測定、ですか?」
普通の合同練習会で、そんなことをする話は、聞いたことがなかった。
ラダートレーニングによる足さばきの確認、そして、ダッシュによる瞬発力の測定——一通りのメニューが、淡々とこなされていく。
「中野くん、もう一本、お願いできる?」
「え、俺だけ、もう三本目なんですけど」
拓也は、内心で首を傾げながらも、素直にダッシュを繰り返した。周りの選手が、二本で終わっているのに、自分だけ、なぜか、何度も呼ばれる。
——これ、絶対、俺の基礎体力、見るのが目的だよな。
拓也は、心の中で、そう突っ込みを入れながらも、大人しく従うしかなかった。
そんな一幕はありつつも、九月下旬の本番に向けて、準備は、着々と進んでいった。




