第95話 あの日の意味
緒方は、通話をかける前に、しばらく、画面の前で、手を止めていた。
テラ・マートの起動条件——それは、拓也にとって、単なる仕組みの説明では、済まない話かもしれなかった。
あの転移は、拓也にとって、パーティーから一人だけ切り離された、辛い記憶のはずだった。その記憶に、今さら、新しい意味づけを重ねることが、果たして、良いことなのかどうか。
伝えれば、拓也は、何を思うだろう。
救われたと感じるのか、それとも、余計に複雑な気持ちを抱えることになるのか——緒方には、確信が持てなかった。
それでも、隠しておく方が、もっと不誠実な気がした。
緒方は、一つ、深呼吸をしてから、通話を繋いだ。
―――
「今日は、話しておきたいことがあって」
「何かあったんですか」
拓也の声は、いつも通りだった。
「テラ・マートの、起動条件が分かったんだ」
緒方は、順を追って、丁寧に説明していった。
同時期に召喚された者が、転移魔法に巻き込まれ、転移が確認された時点で、テラ・マートが機能する——その条件のこと。
そして、その「巻き込まれた者」が、他でもない、拓也であること。
「つまり——」
拓也の声が、わずかに、掠れた。
「俺が、あの時、地球に戻されなかったら、緒方さんの力は、そもそも、目覚めてなかった、ってことですか」
「ああ。そういうことに、なるらしい」
通話の向こうで、拓也が、しばらく黙り込んだ。
「……そうですか」
それだけ、答えた。
「言われても、正直、どう受け止めればいいか、まだ、よく分からないです」
「無理に、今、結論を出さなくていい」
緒方は、静かに、そう言った。
「ただ、伝えないでいるのは、違うと思ったから」
「……ありがとうございます」
拓也は、少し間を置いてから、続けた。
「じゃあ、俺があの時、いなくなったのは——無駄じゃ、なかった、ってことですかね」
その一言には、確信というより、まだ、探るような響きがあった。
「無駄じゃなかったと、俺は思ってる」
緒方は、はっきりと、そう答えた。
「お前がいなかったら、俺は、今も、ただの店主のままだった」
拓也は、それに、すぐには答えなかった。ただ、通話越しに、小さく息を吐く音だけが、聞こえた。
「……分かりました。今日は、教えてくれて、ありがとうございます」
「ああ。また、連絡する」
通話は、そこで、静かに終わった。
―――
通話を終えた拓也は、しばらく、部屋の中で、一人、その言葉を反芻していた。
これまで、心のどこかに、ずっと、拭えない負い目があった。自分だけが、あの日、パーティーから切り離されるようにして、地球に戻ってきてしまった——その事実を、うまく消化できずにいた。
だが、もし、それが、緒方の力を目覚めさせる、きっかけだったのだとしたら。
完全に、納得できたわけではない。それでも、心のどこかに凝っていた重さが、ほんの少しだけ、軽くなった気がした。
拓也は、窓の外を見ながら、小さく息を吐いた。
——無駄じゃ、なかった、か。
まだ、実感には遠い。それでも、その言葉を、今は、少しだけ、信じてみようと思えた。




