第94話 起動条件
八人が、初めて、一つの部屋に顔を揃えていた。
「こうして見ると、大所帯だな」
神崎が、苦笑しながら、皆を見回した。
「まず、役割を整理しよう」
結城が、紙を広げながら、口を開いた。
「前衛は、神崎、東條。ここに、クロエとガルムが加わる」
「前衛、四人か」
東條が、少し眉を寄せた。
「厚すぎないか、それは」
「厚すぎるくらいで、ちょうどいい相手も、いずれ出てくるだろ」
神崎が、軽く笑いながら言う。
「後衛は、俺と皆川。そこに、シルヴィアが加わる」
結城が、続けて言った。
「シルヴィアは、精霊術師だったな。攻撃と支援、どっちも扱えるって聞いてる」
「はい。回復は、専門ではありません。私たちのパーティーでは、回復は、外部の僧侶に頼っていたので」
シルヴィアが、少し申し訳なさそうに言った。
「回復役は、澄香一人ってことか」
東條が、確認するように言う。
「大丈夫です。攻撃と支援の手が増えるのは、むしろ助かります」
皆川が、そう言って、シルヴィアに微笑みかけた。
「シルヴィアは、俺と近いポジションになるな。攻撃魔法の使い方、後で擦り合わせておこう」
結城が、そう言うと、シルヴィアも、小さく頷いた。
「斥候は、ロイとケインだ。これは、変わらない」
「了解」
ロイが、短く頷いた。
「ケインとロイ、能力は似てるからな。動きやすいだろう」
結城が、付け加えるように言った。斥候と盗賊——呼び方こそ違うが、身のこなしや索敵の勘所は、近いものがあった。
「クロエは、勇者としての立場もあるが——今回は、純粋な戦力として、前衛に入ってもらう形でいいか」
結城の問いに、クロエは、小さく頷いた。
「構わない。俺は、剣を振るうだけだ」
役割の大枠は、そうして、ひとまず決まった。だが、実際に動いてみなければ、分からないことも、多く残っていた。
―――
数日後、八人は、初めての合同任務として、中規模のダンジョンへ向かった。
前衛が、これまでの倍近くに増えたことで、動きに、若干の戸惑いが見られた。
「誰が前に出るか、ちゃんと決めておかないと、被るぞ」
神崎が、序盤の戦闘の後、そう指摘した。
「悪い。癖で、つい前に出すぎた」
ガルムが、素直に謝る。
後衛でも、似たような場面があった。結城とシルヴィアが、同時に、同じ相手へ攻撃魔法を撃ち込んでしまい、少し無駄が生じた。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ」
二人は、顔を見合わせて、小さく苦笑した。
それでも、単純な物量と実力の高さから、戦闘そのものは、危なげなく進んでいった。ボス部屋にたどり着く頃には、誰もが、大きな怪我もなく、順調に階層を踏破していた。
「数の暴力、ってやつだな」
結城が、少し呆れたように言った。
ボスも、八人がかりの猛攻には敵わず、比較的あっさりと討伐された。
―――
任務を終えた帰り道、皆で、簡単な反省会を開いた。
「前衛、もう少し、事前に声を掛け合った方がいいな」
「そうだな。慣れてないから、つい、単独で動いちまう」
クロエとガルムが、素直にそう認めた。
「ガラニア国では、少数精鋭で、連携なんて、ほとんど考えたことなかったから」
「これから、少しずつ、慣れていけばいい」
東條が、軽くそう言った。
「結城さんと、攻撃魔法、被っちゃいましたね」
シルヴィアが、結城に向けて、苦笑いを浮かべる。
「そうだな。今度、どっちが、どのタイミングで撃つか、決めておこうか」
「はい。私は、範囲より、単体の方が得意なので……」
「なら、俺が範囲、お前が単体、って分けた方が、効率いいかもな」
二人は、そうして、自然に、役割の擦り合わせを始めていた。ほんの短いやり取りだったが、そこには、これから互いに協力していこうという、静かな信頼の芽が、確かに見えていた。
「まあ、初回にしては、上出来だろ」
神崎が、皆を見渡しながら、そう締めくくった。
八人の新しい形が、少しずつ、輪郭を持ち始めていた。
―――
新しく合流した勇者パーティーが動き始めた頃、緒方は、テラ・マートの管理画面に、見慣れない項目が追加されていることに気づいた。
「『テラ・マートの、起動条件』……?」
これまで、なかった表示だった。緒方は、その項目を、そっと開いてみた。
『同時期に召喚された者が、転移魔法に巻き込まれ、転移が確認された時点で、テラ・マートが機能する。その者と交流を重ねてレベルを上げると、条件の開示と、使用機能が増える』
緒方は、その一文を、何度も読み返した。
——クロエたちの合流が、影響したのか?
断定はできない。それでも、いずれにせよ、この起動条件は、召喚者との関係に深く結びついているらしかった。
そして、その説明の意味するところに、緒方は、遅れて気づく。
——もし、拓也くんが、あの転移に巻き込まれていなかったら。
テラ・マートは、そもそも、機能停止状態のままだった——ということになる。
自分がここまでやってこられたのは、拓也が、あの時、巻き込まれる形で地球に戻ったからだった。そうでなければ、この力は、最初から、目覚めることすらなかった。
——これは、拓也くんにも、知らせなきゃいけないな。
緒方は、その事実の重みを、静かに噛み締めた。
さらに、画面を確認していくと、新しく追加された項目も見つかった。
テラ・マートは、もともと、ポイントを貯めることで、ランクが上がっていく仕組みになっている。ランクが上がるごとに、これまで伏せられていた項目が開示され、新しい機能の恩恵を受けられるようになる——それが、基本の仕様だった。
そして、そのポイントは、単純な売買の対価だけで貯まるものではないらしい。勇者パーティーへの直接的な貢献や手助けそのものが、大きな重みを持ってポイントに換算される——そういう仕組みだと、緒方は、これまでの経験から理解していた。
今回、拓也との継続的な交流によって、ランクが一つ上がったらしい。その恩恵として、新しい項目が開示されていた。
「拓也くんとの、荷物のやり取り自体が、対価を挟まなくても、貢献として扱われる形になったのか」
これまでは、何かを送るたびに、購入という手続きを踏む必要があった。だが、この新しい枠が開いたことで、拓也との間に限っては、物のやり取りそのものが、自然に記録されるようになるという。
「これは……ありがたいな」
緒方は、その変化に、小さく笑みを浮かべた。手間が一つ減ったことで、これからのやり取りが、また少し、楽になりそうだった。




