第90話 不穏な影
拓也の一件は、その日のうちに、顧問の先生から国家情報局に報告が上がった。
「記者が一人、要注意人物として、リストに加わったな」
神崎(父)は、報告書に、短くそう書き足した。深追いはせず、監視対象として留めておく程度の扱いだった。
「拓也くんには、しばらく、単独での取材対応は控えるよう、伝えておいてくれ」
「分かりました」
その一件は、それ以上、大きく動くことなく、静かに処理された。
―――
同じ頃、あるフリーランス記者が、自室で、テレビのニュースを眺めながら、一人つぶやいていた。
「……やっぱり、あの高校生、何かあるよなあ」
彼の手元には、いくつかの取材メモが積まれていた。まだ、確証と呼べるものは何もない。それでも、勘が、静かに騒いでいた。
「そのうち、また、突いてみるか」
彼は、それだけ呟くと、メモを一枚、机の引き出しにしまい込んだ。
ーーー
その頃、異世界では、クロエたちが、ガラニア国の情勢を、ケインから聞かされていた。
「隣国が、攻め込んできてる、ってことか」
クロエの声は、思いのほか、静かだった。
「ああ。内紛の隙を突かれた形だ」
ケインが、淡々と伝える。
シルヴィアは、視線を落としたまま、しばらく黙っていた。ガルムは、低く唸るように、拳を握りしめている。
「……正直、心が痛まないんだ」
クロエが、ぽつりと呟いた。
「あの国は、俺たちを、道具みたいに使い潰そうとしてた。あのままいたら、いずれ、俺たちの誰かが死んでた」
「それだけじゃない」
ガルムが、低い声で続けた。
「いずれ、他国を攻める兵として、使われる予感もあった。俺たちは、逃げて正解だったんだと思う」
「国が、このまま滅んでも——」
シルヴィアが、静かに言葉を継いだ。
「私は、何も感じないと思う。それが、怖いくらい」
三人は、しばらく、黙り込んだ。ケインも、それ以上、何も言わなかった。かつての自分も、同じ気持ちを抱えて、この国に流れ着いたことを、思い出していたのかもしれない。
―――
数日後、クロエたちは、結城・神崎たちのもとを訪れた。
「相談したいことがある」
クロエが、静かに切り出した。
「ガラニア国のことか」
結城が、すぐに察した。
「祖国を、助けに戻るべきなのか——正直、迷ってる。だが」
クロエは、そこで、一度、言葉を切った。
「あの国が滅んでも、俺たちの心は、痛まない。それでも、何もしないでいいのか、っていう疑問も、消えないんだ」
結城は、しばらく黙って、その言葉を受け止めていた。
「今すぐ、答えを出す必要はないと思う」
神崎が、静かに口を開いた。
「まずは、緒方さんか、伯爵——今は侯爵か——に、状況を確認できないか、相談してみよう」
「頼めるのか」
「聞くだけなら、タダだ」
クロエは、その言葉に、少しだけ、表情を緩めた。
「……ありがとう」
結論は、まだ出ていない。それでも、一人で抱え込む必要はないという事実が、クロエたちにとって、わずかな支えになっていた。
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地球側では、インターハイの全国個人が、一週間後に迫っていた。
拓也は、記者事件の余波を引きずりながらも、次の大会に向けて、静かに調整を続けていた。




