第84話 お断りします
その日、緒方の店に、見慣れない貴族の使者が訪れた。
「ハーレン子爵家より、参りました。商談のご相談があり、参上いたしました」
丁寧な物腰だったが、緒方は、すぐにその名前に覚えがあった。公爵家と縁の深い、画策に動いているという家の一つだった。
「テラ・マートの品を、まとめて買い付けたいと考えております。条件次第では、長期の取引も視野に」
「ありがたいお話です」
緒方は、にこやかに応じながら、相手の出方を待った。
商談は、しばらく、普通の取引の話で進んだ。だが、途中から、使者の口調が、少しずつ変わっていった。
「ところで——伯爵様とは、ずいぶん、親しくされているとか」
「お仕事の上で、お世話になっています」
「王家のことについても、色々と、お耳に入る立場でしょう」
緒方は、内心で、ため息をついた。やはり、目当てはそこか、と思った。
「公爵家の方の、近頃のご様子など——もし、何かご存知でしたら、お聞かせいただけませんか。むろん、お礼は、それなりに」
使者は、それとなく、金額を匂わせる言い回しをした。
―――
「申し訳ありませんが」
緒方は、にこやかな表情を崩さないまま、はっきりと言った。
「私が知り得たことは、私個人のものではありません。伯爵様の信頼があってこそ、お聞きできていることです。それを、他所でお話しすることは、できません」
「いや、そんなに堅く考えなくとも——」
「それに」
緒方は、相手の言葉を、静かに遮った。
「もし、私がここで一度でも口を滑らせれば、二度と、誰からも信頼されなくなる。それは、商売をする上でも、一番、避けたいことです」
使者は、しばらく、言葉に詰まっていた。
「ご理解いただけて、何よりです。テラ・マートのお取引自体は、いつでも、喜んでお受けします」
緒方は、それだけ言って、にこやかに頭を下げた。
使者は、苦々しい表情を隠しきれないまま、それ以上は何も言わず、店を後にした。
その背中を見送りながら、緒方は、少しだけ、口元を緩めた。あちらの思惑通りには、いかなかったらしい。
―――
数日後、緒方は、この一件を、伯爵に報告した。
「ハーレン子爵家が、か」
伯爵は、特に驚いた様子もなく、頷いた。
「ああいう手合いは、必ず出てくる。お前が、はっきり断ったのは、正解だ」
「お役に立てたなら、何よりです」
「お前が窓口で、正解だった——そう思わせてくれる話だ」
伯爵は、珍しく、満足げな表情を見せた。
「もっとも、これで公爵家の周りが落ち着くわけじゃない。同じような手は、また来るだろう」
「気をつけます」
「そうしてくれ」
伯爵は、それだけ言って、軽く笑った。
―――
同じ頃、結城たちのパーティーは、王都の宿で、ケインから、もう一つの話を聞かされていた。
「俺の元のパーティーだが——多分、まだ三人、生きてる」
「三人……」
結城が、表情を引き締めた。
「逃げてから、色んな国を転々としたって、前に言ったよな。あれは、行き当たりばったりじゃない。最初から、ある程度、計画してたことだ」
「計画……?」
「冒険者として、各国のダンジョンを順に回る——稼ぎながら、足取りを掴ませない。あいつらも、同じ動き方をしてるはずだ」
「今、どこにいるか、分かるのか」
「確証はない。ただ——」
ケインは、少し考えるように、間を置いた。
「最初にこの国から逃げて、あちこち回って、また戻ってきた頃合いだと思う。一つの土地に、一定期間とどまって、わざと、少し痕跡を残しながら、移動を繰り返してきたはずだ。王都から一番近いダンジョンなら、稼ぎやすいし、目立ちにくい」
「あのダンジョンに、いるかもしれない、ってことか」
神崎が、低く呟いた。
「断言はできない。だが、可能性は、ある」
結城は、しばらく黙っていたが、ふと、別のことを思い出した。
「そういえば、前に打ち合わせをした場所——市場の果物屋の店主が、お前に何か言ってきたよな。あれは、何だったんだ」
「あの店主とは、仲良くさせてもらってる。俺の名前を出して訪ねて来た者がいたら、『安全』とだけ伝えてくれ——そう頼んであるんだ」
「お前の方から、頼んでた、ってことか」
「ああ。仲間にも、同じように伝えてある。あの店主が、俺の名前を出した相手に『安全』と言えれば、俺が指定した場所で、落ち合う段取りになってる」
「つまり、店主は、お前たちの間を取り持つ、合図役ってことか」
「そういうことだ。あの人自身が、何かを企んでるわけじゃない。ただ、頼まれたことを、律儀にこなしてくれてるだけだと思う」
その場は、しばらく静かになった。
「……今日のところは、ここまでにしておこう」
結城が、そう言って、話を区切った。確かめるべきことは、まだ多い。だが、それは、また別の機会に動かす話だった。
―――
その頃、王城の一室で、第二王女は、一通の手紙をしたためていた。
「これを、公爵家のご子息に、直接お渡しして」
「直接、ですか」
側近が、わずかに驚いた様子を見せる。
「伯爵を通さずに、私から——少し、お話をしてみたいの」
王女は、それだけ言うと、封をした手紙を、側近に手渡した。
報告を待つだけでも、誰かに任せるだけでもなく、自分の手で、確かめにいく。その小さな一歩を、王女は、静かに踏み出していた。




