第82話 関東への切符
五月、栃木県高校総体兼関東大会県予選の会場には、例年以上の熱気が漂っていた。
「中野、今日は気負わずいけ。お前なら大丈夫だ」
顧問の先生の声に、拓也は短く頷いた。三月の全国大会には立てなかった分、今日という日が、ようやく自分の足で立てる舞台のように感じられた。
団体戦は、決勝で佐野と当たった。
先鋒、次鋒と、互角の勝負が続く。中堅で一本を先取され、副将も力及ばず敗れ、団体戦の勝敗は、その時点で決していた。佐野の選手が、一歩、力で上回った。
残るは、拓也の出る大将戦だけだったが、佐野は、ここに勝負を捨てた選手を立てていた。最初から、拓也との一戦は捨て、他の四つで星を稼ぐ——そういう戦術だった。
拓也は、悔しさを噛み締めながらも、相手の動きの良さを冷静に見ていた。約四ヶ月の間に、佐野もまた、確実に力をつけていた。
団体戦は、二位。
午後の個人戦では、拓也は危なげなく勝ち上がっていった。決勝の相手は、佐野のエースで力強さを持つ選手だったが、拓也は最後まで崩れず、一本を決めて優勝を果たした。
道場に、ひときわ大きな拍手が響いた。拓也は、面を外しながら、ようやく肩の力を抜いた。
試合後、控室で、顧問の先生が、部員たちを集めた。
「団体は、悔しい結果だった。だが、佐野もよく仕上げてきた。あれだけ力をつけてきた相手に、ここまで食らいついたのは、誇っていい」
先生は、それから、すぐに表情を切り替えた。
「気持ちを切り替えるぞ。次は、六月の関東大会だ。それと、インターハイ予選も控えてる。やることは、まだまだ山ほどある」
「はい!」
部員たちの声が、控室に揃った。拓也も、その輪の中で、改めて気を引き締め直していた。
―――
大会の結果は、その日のうちに、神崎たちのもとにも届いていた。
「団体は惜しくも二位、個人は優勝、か」
神崎が、報告書に目を通しながら呟いた。
「順調そうで、何よりです」
佐伯が、軽く笑って答えた。
その夜、緒方は、拓也との通話で、結果を聞かされた。
「団体は負けたんですけど、個人は優勝できました」
「やったな。団体の方は、残念だったけど」
「次は、六月に関東大会です。それと、インターハイ予選も」
「忙しいな、お互い」
緒方は、苦笑しながら、それだけ返した。
―――
その頃、緒方の店では、別の動きが進んでいた。
オーレス伯爵が、勇者パーティーの安全と意思の尊重を、改めて容認している今——緒方は、その流れを利用して、店で働いているケインを、結城たちのパーティーに加えられないか、伯爵に打診していた。
「ケインを、ですか」
「ええ。あの五人のパーティーには、今、斥候役が一人欠けています。ロイ一人が、その穴を埋めている状態です」
伯爵は、しばらく考えてから、頷いた。
「あの男の素性は、お前から、ある程度は聞いている。構わない。勇者パーティーの戦力強化に繋がるなら、こちらにも利がある」
話は、思いのほか、すんなりとまとまった。
―――
数日後、結城たちのもとへ、ケインが正式に加わることになった。
「世話になる。腕は、悪くないと思ってる」
ケインが、軽く頭を下げる。
「助かるよ。正直、ロイ一人じゃ、限界を感じてたところだった」
結城が、安堵の表情を見せた。
「俺一人で、何とかなってたとは思うんですけど……」
ロイが、苦笑しながら、頭をかいた。
「無理はしてただろう」
東條が、短く指摘する。ロイは、それ以上、反論しなかった。
「俺は、足を引っ張ることはない。できる限り、力になるつもりだ」
ケインの言葉に、皆川が、にこやかに頷いた。
「これで、少しは楽になるかしら」
「だといいけどな」
神崎が、軽く笑いながら、ケインの肩を叩いた。
新しい顔ぶれを迎え、結城たちのパーティーは、また一歩、その形を変えていった。
―――
地球側では、政治パートの進捗も、少しずつ動いていた。
第二王女の側近からの調査は、まだ「分かる範囲で、もう少し時間がかかりそうです」という段階にとどまっていた。
一方、緒方も、伯爵が匂わせた「第三王子周辺の想定外の動き」について、まだ詳しい中身を掴めずにいる。隠し撮りの映像にも、これといった追加の手がかりは映っていなかった。
「焦っても、仕方ないな」
緒方は、そう自分に言い聞かせながら、次の手がかりを、静かに待つことにした。




