第80話 隠し撮り
第二王女は、執務室の隅で、侍女からの報告を聞いていた。
「オーレス伯爵が、テラ・マートとの交渉窓口を、自らに一本化された、とのことです」
「一本化、ね」
王女は、それだけ呟いて、報告書には目を落とさなかった。
ネックレスの輝きを思い出す。あの石の出処も、結局は伯爵の手の中にあったのだと、今になって気づく。
「他の家は、何か言っているの」
「子爵家・男爵家は、特に異論は出していないようです。すでに、伯爵様の傘の下にあるという認識が、広く浸透しておりますので」
「そう」
王女は、窓の外に視線を移した。
——あの人は、何を企んでいるのかしら。
これまで、王女は、権力の駆け引きにはほとんど関心を示さなかった。だが、あの赤い石の輝きに、自分自身が利用されたという感覚は、今もどこかに残っている。
「引き続き、伯爵の動きは、報告するように」
「畏まりました」
侍女が頭を下げて退室すると、王女は、しばらく一人、窓の外を見つめ続けた。敵意というには弱く、無関心と呼ぶには、少し違う何かが、その胸の中に生まれていた。
―――
会議室に、神崎・倉持・佐伯の三人が、また顔を揃えていた。
「『定期的な状況確認』の、具体的な形を決めておきたい」
神崎が、切り出した。
「現場の様子が、口頭の報告だけでは、どうしても拾いきれない。映像と音声で、リアルな状況を残しておく必要がある」
「カメラの設置、ということですね」
佐伯が、資料を準備しながら確認する。
「まずは、緒方の家だ。防犯の意味合いも兼ねて、ロイド・ミラ・ノルド・フィアの様子を、日常的に把握できるようにしておきたい」
「表向きの理由は、それでいいでしょう。テラ・マートの品が、実際の生活でどう使われているかも、合わせて見えてくるはずです」
倉持が、軽く頷いた。
「ただ——もう一段、踏み込んだ案もある」
神崎は、そこで一度、言葉を切った。
「伯爵をはじめ、緒方が直接会える要人について、緒方自身に、隠し映像を撮ってもらう」
会議室が、一瞬、静かになった。
「それは……緒方くんへの負担が、かなり大きいのでは」
佐伯が、慎重に言葉を選んだ。
「分かっている。だが、現状、こちら側の情報源は、緒方の証言だけだ。あの伯爵が、本当に信頼できる相手なのか——少なくとも、客観的な裏付けを取れる手段は、持っておきたい」
「資源の側からも、悪くない話です」
倉持が、すぐに利点を口にした。
「城の様子が映れば、向こうの財政や、流通している資源の質まで、ある程度読めます。交渉相手の懐を、こちらが先に値踏みできるのは、大きいですよ」
「だが、これは、緒方の判断に委ねる」
神崎は、釘を刺すように言った。
「無理にやらせるつもりはない。あくまで、本人の同意があってのことだ」
「将来的には——」
佐伯が、別の角度から付け加えた。
「家のカメラの方の映像インフラが整えば、いずれ、日本側から、映像越しに挨拶することも、可能になりますね」
「それは、考えが先に進みすぎている」
神崎は、軽く釘を刺した。
「今、こちらと向こうを繋いでいるのは、緒方くんと拓也くんの、音声だけの通話だ。映像を双方向で、その場でやり取りできる手段は、まだない」
「……失礼しました」
「録れた映像は、あくまで、後でこちらに転送されたものを、確認する形になる。リアルタイムでのやり取りができる、という前提で計画を立てるのは、まだ早い」
神崎は、それだけ言って、資料を閉じた。
「まず、拓也くんを通じて、緒方に話を通そう」
―――
その夜、緒方は拓也との通話で、新しい計画を聞かされた。
「家にカメラを置くのと、要人の隠し撮り——その二つだ」
「カメラ、ですか」
「ロイドたちの様子を、映像で残したいって話だ。表向きは、計画立案のためって理由だけど」
「それは、別に構わないです。隠すようなことも、特にしてないですし」
緒方は、すんなりと受け入れた。だが、続く言葉には、わずかに間が空いた。
「もう一つの方は——伯爵とか、要人と会う時に、自分で隠し映像を撮ってほしい、って話だ」
緒方は、しばらく黙った。
——伯爵を、撮るのか。
あの時、伯爵から「お前のことは、もう疑っていない」と言われたのは、まだそう遠い記憶ではなかった。その相手を、隠れて撮影する。それが、信頼を裏切ることになるのか、それとも、単なる情報収集の一環として割り切れることなのか、自分でも判断がつかなかった。
「……分かった。やる」
「無理にとは、言われてないみたいです。同意があってのことだって」
「いや、いい。状況確認の条件は、もともと俺が持ち出した話だ。今さら、ここで嫌だとは言えない」
緒方は、それだけ言って、通話を終えた。
―――
家の中で、ロイドとミラ、ノルドとフィアが、それぞれの夜を過ごしている。その様子が、いつか映像として、地球の誰かの目に触れる日が来るのかもしれない。
——そのうち、こっちで撮った映像を送って、挨拶代わりにする日も、来るのかもな。
緒方は、ふと、そんなことを考えた。家族会の誰かが、録られた映像の中のロイドやミラに向けて、何か言葉を残す場面を想像してみる。その場でのやり取りはできなくても、後からでも、何かが伝わる気がした。
緒方は、小さく息を吐いて、その想像を、もう少しだけ、心の中で温めておくことにした。




