第79話 条件付きで
その夜、緒方は拓也との通話を繋いだ。
「伯爵から、もう一つ、話が来た」
「また、ですか」
「今後の交渉窓口を、伯爵に一本化させてほしい、と言われた」
拓也は、少し間を置いてから答えた。
「……それ、結構大きい話ですよね」
「だろうな。俺の判断じゃ、決められない」
「神崎さんに、伝えます」
「頼む」
通話は、それだけで終わった。
―――
拓也からの報告を受けて、翌日、また三人が顔を揃えた。
「窓口の一本化、か」
神崎が、資料を見ながら呟いた。
「交渉相手が一人に絞られるのは、こちらとしては、悪い話じゃないですよ」
倉持が、すぐに口を開いた。
「情報の行き先が一つに絞れますし、調整の手間も減ります。経済的な観点からも、話は早い方がいい」
「ただ、伯爵に依存しすぎる形になりますね」
佐伯が、資料に目を落としながら言った。
「もし、伯爵が失脚するようなことがあれば、こちらの交渉ルートが、まるごと消えることになります」
「それに——」
神崎が、続けた。
「向こうから出てきた『政争への巻き込まれ』という懸念が、まさにこの形で現実になる可能性もある。伯爵に肩入れすればするほど、王国内の他の勢力からは、こちらも標的に見られかねない」
会議室は、しばらく静かになった。
「条件付きで、受け入れましょう」
神崎が、資料を閉じながら言った。
「伯爵を正式な窓口とすることは認める。ただし、定期的な状況確認は欠かさない——そういう形にしておきたい」
「保険、ということですね」
倉持が、軽く頷いた。
「保険でも、何でもいい。今は、それくらいしか打てる手がない」
佐伯が、その結論を、丁寧にメモに書き留めた。
―――
数日後、緒方は再び城へ向かった。
「窓口の一本化の件、ですが——」
緒方は、一度、言葉を選んだ。
「条件付きで、お受けします。伯爵様を、正式な交渉窓口とすることに、異存はありません」
「条件、というのは」
「定期的に、状況の確認をさせていただきたい、ということです」
伯爵は、軽く笑った。
「悪くない条件だ。むしろ、それくらいの慎重さがなければ、こちらも信用できない」
「ありがとうございます」
「では、次の段取りを話そう」
伯爵は、机の上に広げた書類に視線を落とした。
「正式な交渉の場を、近いうちに整える。それと——王家にも、この件を、少しずつ通しておく必要がある」
「王家に、ですか」
「いきなり大きく動けば、誰かが慌てて口を挟む。順を追って、外堀から埋めていく方が、確実だ」
緒方は、その言葉に、伯爵の慣れた手際を感じた。
伯爵は、そこで一度、視線を窓の外に向けた。
「私が窓口を一本化したと知れば、面白くない者も出てくるだろうな」
「子爵家や、男爵家ですか」
「あの程度なら、今さら騒ぐまい。むしろ——」
伯爵は、それ以上は言わなかった。だが、その視線の先にあるものを、緒方はなんとなく察していた。第二王女の存在が、ふと頭に浮かんだ。
会談は、それで終わった。緒方は、今日聞いたことの全てを、どう神崎に伝えるべきか、帰り道、ずっと考え続けていた。
―――
地球側では、五月の県総体に向けて、剣道部の練習が、少しずつ熱を帯び始めていた。
「中野、今日はお前にも、まともに打ち込みさせるからな」
顧問の先生が、竹刀を手に、声をかけた。
「お手柔らかに、お願いします」
拓也は、苦笑しながら防具を着けた。
三月の全国大会には出られなかった分、五月の総体には、ちゃんと立つつもりだった。後輩たちと並んで打ち込みを重ねる時間は、政治の駆け引きとは無縁の、ただの汗と気合いだけの時間だった。
「中野先輩、最近、また強くなってませんか」
後輩の一人が、半分笑いながら言った。
「気のせいだろ」
拓也は、それだけ答えて、また竹刀を構え直した。




