第78話 窓口の一本化
会議室に、神崎・倉持・佐伯の三人が、また顔を揃えていた。
「望むもの、恐れるもの——両方、文言は固まったか」
神崎の問いに、佐伯が、手元の資料を差し出す。
「はい。何度か練り直しましたが、これで、まとまったかと思います」
倉持が、資料に目を通す。
「安全な交渉関係、資源・技術面の互恵関係——望むものは、これで良いでしょう。恐れるものも、情報漏洩、政争への巻き込まれ、勇者たちの身の安全——三点、網羅できています」
「これで、行こう」
神崎は、それだけ言って、資料を閉じた。短い会議だったが、これで、ようやく一歩、前に進む形になった。
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その頃、地球側では、季節が一つ、進んでいた。
三月、全国高校剣道選抜大会が開催された。拓也は、国の関連事業の都合で、出場を辞退している。
拓也抜きのチームは、ベスト八という成績を残した。悔しさより、安堵の方が大きかったというのが、顧問の先生の正直な感想だった。
「次は、五月だ。栃木県高校総体——兼、関東大会の県予選だな」
先生の言葉に、部員たちは、気を引き締めた。
拓也にとっても、異世界側の交渉とは別に、目の前の大会が、また一つ、確かな現実として迫ってきていた。
―――
緒方は、確定した文言を手に、城へ向かった。
通された部屋で、オーレス伯爵は、いつもと変わらない様子で待っていた。
「待たせたな。——日本側の返答だな」
「はい」
緒方は、一つずつ、丁寧に伝えていった。
「まず、望むものとして——安全な交渉相手としての関係。それと、資源や技術の面での、互恵的な関係です」
「悪い話ではない」
伯爵は、特に表情を変えずに頷いた。
「恐れるものとしては、三つあります。一つ、情報の漏洩。二つ、王国内部の政争に、巻き込まれること」
「三つ目は」
「勇者たちの身の安全です」
伯爵は、その一言には、すぐに答えた。
「それなら、心配は要らない。今は、私が窓口になっている。あれらの身に何かあれば、私の責任になる——その立場は、変わらない」
「ありがとうございます」
「政争への巻き込まれ、というのは——」
伯爵は、少し言葉を選ぶように、間を置いた。
「これまでが、これまでだったからな。無理に否定はしない。だが、少なくとも、私が窓口でいる限り、駒として使うような真似はさせない」
言葉の奥に、含みがあるのを、緒方は感じ取った。それでも、今、これ以上を聞き出す材料はなかった。
「情報の漏洩については、こちらでも、できる限りの統制はかける。技術や資源の話も、双方にとって悪い話ではないだろう」
「では——」
「ただ、一つ、こちらからも頼みたいことがある」
伯爵は、そこで初めて、自分の条件を口にした。
「今後の交渉の窓口は、私に一本化させてほしい。途中で、他の貴族や、王城の別の筋から、横入りされるのは困る」
緒方は、すぐには答えなかった。
窓口の一本化——それが、伯爵自身の権力を固めるための一手であることは、明らかだった。だが、それを拒む理由も、今のところ見当たらない。
「持ち帰って、確認します」
緒方は、それだけ答えた。
「構わない。急ぐ話ではない」
伯爵は、そう言って、軽く頷いた。
今日の会談は、それで終わった。だが、伝えるべきことと、確認しなければならないことが、また一つ、緒方の手元に積み重なっていた。
―――
家に戻った緒方を、ノルドとフィアが、すでに見慣れた様子で迎えた。
「お帰りなさい。書類、整理しておきました」
ノルドが、淡々と差し出した束は、見るからに整然としていた。
「助かる」
「あと、近所の奥さん方から、また聞いた話があります」
フィアが、にこやかに付け加える。城下の世間話を集めてくるのは、いつの間にか、フィアの役目になっていた。
ミラが、フィアの後ろから、小さく手を振る。
緒方は、増えた手の分だけ、確かに楽になっている自分を感じながら、今日聞いたばかりの「窓口の一本化」という話を、どう神崎に伝えるか、頭の中で組み立て始めていた。




