↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界帰りの俺と、残された四人 ―テラ・マートは知っている―  作者: 山田村


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
77/147

第77話 望むもの・恐れるもの


「これを、王女様に」


 差し出されたのは、小さな箱だった。中には、赤い石のネックレスが収まっている。


「……これは?」


「皆様がよくご存知の、あの赤い石です」


 赤い石——硬く、量も多く採れるために、庶民の装飾として古くから親しまれている、ごくありふれた石だった。この国の職人の手にかかっても、せいぜい丸く整える程度が限度で、それ以上の加工は誰にも為し得ないとされている。


「ですが、この磨き方だけは、私どもの職人にも、手が出せません」


 王女は、箱からネックレスを取り出し、掌の上に乗せた。


 石の中で、光が、いくつもの形に分かれて躍っていた。ハートの形、そして、矢を構えた小さな天使の輪郭——見る角度によって、その光がくるくると入れ替わる。


 王女は、しばらく、その光から目を離せなかった。


「……これが、あの石、なのですか」


「はい。原石の段階で、日本という遠い国の技術によって、このように磨かれております。私どもの職人が、それを台に仕立て、ネックレスとして整えました」


「庶民の石を……」


「はい。けれど、この輝きは、貴族の中でも、誰も見たことがないはずです。同じ石でも、磨き方一つで、こうも変わるものかと」


 王女は、ネックレスを、もう一度、光に透かして見た。


 庶民の誰もが知っている、ありふれた石。それが、この国の誰にも為し得ない輝きを纏っている——その落差に、王女は確かに心を動かされていた。


「国民と共にある——そのお姿を、皆に見ていただきたいのです」


 伯爵は、丁寧に頭を下げた。


 貴族たちが、財を尽くしても手に入らない輝きを、王女が、庶民と同じ石で身につける。その構図が、どこまで思惑通りに動くかは、まだ分からない。それでも、王女の指先は、しばらく、その小さな光から離れなかった。


 伯爵は、その様子を、静かに見届けていた。


 子爵家・男爵家からの接近は、もはや珍しい話ではなくなっている。どちらの家も、今となっては、伯爵の傘の下にあることを疑う者はいない。その一点に関しては、もう確かめる必要すらなかった。


 王女が部屋を辞したあと、伯爵は一人、窓辺に立った。


 ——緒方の国の事情、か。


 あの男に投げた問いは、まだ、答えを聞いていない。何を望み、何を恐れているのか——それを知らなければ、こちらも、本当の意味では動けない。


 伯爵は、しばらく、外の景色を眺めたまま、その答えを待つことにした。


ーーー


 その夜、緒方は拓也との通話を繋いだ。


「伯爵から、一つ、問いを渡された」


「問い、ですか」


「日本が、何を望んでいて、何を恐れているのか——それを聞かなければ、向こうも、本当の意味では動けないらしい」


 拓也は、しばらく黙っていた。


「……俺が答えられる話じゃ、ないですよね」


「だろうな。俺にも、無理だ」


 緒方は、正直に答えた。


「これは、上に判断してもらうしかない。神崎さんに、そのまま伝えてくれ」


「分かりました」


 通話は、それだけで終わった。短いやり取りだったが、伝えるべきことは、十分に伝わっていた。


ーーー


 拓也からの報告は、その日のうちに、神崎(父)のもとへ届いた。


 翌日、急遽招集された会議室に、神崎・倉持・佐伯の三人が顔を揃えた。佐伯は、異世界関連プロジェクトの立ち上げ当初から関わっている、神崎の後輩だった。


「向こうから、こちらの事情を聞きたいと言ってきた、ということですね」


 佐伯が、資料を整理しながら確認する。


「そうだ。何を望み、何を恐れているのか——それを、答えろということらしい」


 神崎が、淡々と答えた。


「望むもの、ということなら……」


 倉持が、口を開く。


「まずは、安全な交渉相手としての関係です。資源や技術の面で、互恵的な関係が築けるなら、これ以上の話はありません」


「恐れるもの、は」


 神崎が、続きを促す。


「情報の漏洩。王国内部の政争に、こちらが巻き込まれること。それと——」


 倉持は、一度、言葉を切った。


「勇者たちの身の安全、でしょうね。今、向こう側にいる子供たちです」


 佐伯が、小さく頷いた。


「家族会の方にも、進捗としてどこまで伝えるか、という話もありますが……それは、また別に詰めましょう」


 その一言だけで、東條の家や、他の家族たちの顔が、神崎の頭に浮かんだ。だが、今は、それより先に詰めるべきことがある。


「望むもの、恐れるもの——どちらも、まだ、言葉が固まっていない」


 神崎は、資料に目を落としながら、そう言った。


「今日は、ひとまずの方向性だけ、決めておこう。文言は、持ち帰って、もう一度練る」


「分かりました」


 佐伯が、頷きながら、手元のメモに何かを書き加えた。


 会議室の空気は、結論に至らないまま、それでも、確かに一歩、前へ進んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。