第75話 県大会
一月の県大会は、団体戦のみで行われた。
明郅館高等学校剣道部は、男女ともに、勝ち進んでいった。
観客席の一角に、見覚えのある顔があった。
「拓也くん、頑張って!」
東條葵——東條の妹だった。居候していた頃から、拓也のことを、よく慕ってくれていた。中学時代、個人戦で全国一位の実績を残しており、来年度から、この明郅館への入学が決まっている。
「葵ちゃん、見に来てくれたのか」
「うん! 雪乃姉さんの代わりに、応援しないと」
無邪気な笑顔に、拓也も、思わず、頬を緩めた。
―――
試合は、順調に進んでいった。
拓也は、どの試合も、二分以内に終わらせていた。決定的な一本を、早い段階で確実に取る——それ以上、長引かせるつもりはなかった。
勝ち進んだ先、決勝の相手は、佐野だった。
十一月の南部地区では、団体戦で、僅差で負けた相手だった。
「拓也、雪辱、頼むぞ」
先生の短い一言に、拓也は、軽く頷いた。
決勝も、拓也にとっては、それまでの試合と、変わらなかった。間合いに入った瞬間を見極め、迷わず踏み込む。
二分かからず、勝負は決まった。
団体戦全体としても、明郅館が、佐野を退け、男子の部で優勝を手にした。女子の部も、三位という結果で、大会を終えた。
試合後、佐野側のベンチで、佐野の顧問が、明郅館の先生に、何か話しかけているのが見えた。
「いやはや、油断してやられました。あんな秘密兵器、隠していたとは」
佐野の先生が、苦笑いを浮かべながら、そう言った。
「実は、これまで、ほとんど試合に出していなかったんですよ。本人の希望もあって」
拓也の先生は、それ以上、深くは答えなかった。ただ、その表情には、満足げな色が、確かに滲んでいた。
観客席の方では、別の声も上がっていた。
「……え、中野? あいつ、こんなに強かったか?」
中学の同級生らしい男子が、信じられないという顔で、隣の友人に話しかけていた。
「中学の時は、もっと普通だった気がするんだけど……」
「寮生活で、何かあったんじゃない?」
声は、拓也の耳にも、かすかに届いていた。聞こえないふりをして、拓也は、それ以上、気にしないようにした。
―――
異世界では、オーレス伯爵が、結城たちと、改めて顔を合わせていた。
「これからは、私が、皆さんの窓口を、務めさせていただきます」
伯爵は、丁寧な物腰で、そう切り出した。
「待遇については、これまでと、大きく変えるつもりはありません。活動内容も、追って、相談させていただければと」
「よろしくお願いします」
結城が、代表して、答える。
伯爵の言葉には、無理に踏み込もうとする様子はなかった。それでも、結城は、その丁寧さの裏に、何か、計算されたものを感じずにはいられなかった。
「何か、困ったことがあれば、いつでも、お申し付けを」
そう言って、伯爵は、軽く頭を下げ、部屋を出ていった。
「……どう思う?」
神崎の問いに、結城は、しばらく、考え込んだ。
「悪い人には、見えなかった。けど——それだけで、安心はできない気がする」
―――
緒方の元にも、変化が、押し寄せていた。
オーレス伯爵との繋がり、日本側との橋渡し、勇者パーティーとの連絡——これまで以上に、仕事の量が、増えていくことは、目に見えていた。
「このままじゃ、さすがに、手が回らなくなる」
緒方は、思い切って、もう二人、契約奴隷を増やすことにした。
以前、ロイドとミラを引き受けた、あの店を、再び訪ねる。
「また、来たんですね」
店主が、少し、驚いた様子で、迎えた。
「人手が、足りなくてな。読み書きができる者を、二人ほど」
「分かりました。少し、お待ちを」
緒方は、店主が連れてくる候補を待ちながら、これから増える仕事のことを、改めて考えていた。窓口が、はっきりした分だけ、責任も、増えていく——それは、決して、悪いことではないはずだった。




