第67話 繋がった糸
結城は、約束していた通り、緒方の店を訪ねた。
「緒方さん、こんにちは」
「ああ、待ってた。入ってくれ」
店の奥から、一人の男が、姿を見せる。話に聞いていた以外、結城には、何の前情報もない顔だった。
「——あなたが、ガラニア国から来た、その人ですか」
「ケインだ。話は、店主から聞いてるか」
「一通りは。……結城だ。賢者を、やってる」
二人は、軽く頭を下げ合った。緒方は、二人の様子を見て、何かしらの繫がりがあったことを察しながらも、それ以上は、何も聞かなかった。
「少し、話す時間をもらってもいいか」
結城の言葉に、男は、頷いた。
―――
二人は、店の裏手にある、小さな部屋に移った。
「順番に、聞いてもいいか。何があった」
結城が、椅子に座るのを待って、男は、ゆっくりと、話し始めた。
「ガラニア国の話は、店主から、聞いてるよな」
「ああ。あんたの国の勇者パーティー、随分、ぼろぼろだったって話だったな」
「その通りだ。タンクが一人死んで、残りも、まともに休めない状態だった。俺は、その間も、色々な国の事情を、調べて回ってた」
男は、淡々と、続けた。
「ある時、上から——いや、ガラニア国の上層部から、ある指示が来た。お前たちの国の勇者パーティーについて、もっと詳しく調べろ、と」
「俺たちの、何を」
「待遇、装備、強さ——あらゆる情報だ。お前たちの国が、自分の国の勇者パーティーを、どう扱っているか。比較材料にされてたんだと思う」
結城は、黙って、先を促した。
「正直、気持ちのいい仕事じゃなかった。お前たちのことを調べれば調べるほど、自分の国が、いかに勇者パーティーを、ただの道具として扱ってるかが、はっきり見えてきた」
男は、そこで、一度、言葉を止めた。
「それで、逃げたのか」
「ああ。情報を集め終えた後、報告する前に、姿を消した。戻れば、確実に、何か——使い捨てにされると思った」
男は、それから、いくつかの国を渡り歩いたことを話した。身分を隠し、時には冒険者として、時には日雇いの仕事をしながら、追手の目を逃れてきたという。
「ただ、完全に消えるのも、悪手だと思ってた。だから、あちこちに、わざと痕跡を残しておいた」
「痕跡を、わざと?」
「足取りが、ばらばらの場所に散らばってれば、本当の居場所は、絞り込みにくくなる。どこにいるか分からないより、あちこちにいるように見せた方が、案外、安全なんだ」
「なぜ、ここに?」
「単純な話だ。お前たちの国が、一番、まともだという話を聞いた。だから、ここに、流れ着いた」
「俺に、何を望んでる」
結城の問いに、男は、しばらく、黙っていた。
「正直に言う。一つは——身の安全だ。ガラニア国に見つかれば、消される可能性がある」
「もう一つは?」
「お前たちの国の事情を、少しでも、知っておきたい。俺が知っていることと、引き換えにしてもいい」
結城は、その言葉を、すぐには受け止めきれなかった。情報を交換するという話は、決して軽いものではない。
「……少し、考える時間が欲しい。一人じゃ、決められない」
「分かってる。急かすつもりはない」
男は、それだけ言って、静かに、頭を下げた。
―――
結城が、男との話を終えて店を出た後、緒方は、店先で、護衛のガレンと、世間話を交わしていた。
「最近、西の方が、少し騒がしいらしいですね」
「西?」
「国境付近で、よその国の動きが、活発になってるとか。辺境伯様の方でも、警戒を強めてるという噂です」
緒方は、それを聞いて、内心で、小さく引っかかるものを感じた。最近の王都の出来事——子爵家と男爵家の戦、貴族たちの離反——それらとは、別の方向から、また新しい不安の種が、芽を出し始めているようだった。
——きな臭さが、増す一方だな。
緒方は、それ以上、深くは考えないようにした。今は、考えるべきことが、他にも、山積みだった。
―――
その夜、ロイドが席を外した隙に、ミラが、緒方に、ぽつりと言った。
「お父さんが、お金を借りてた相手——名前、思い出した」
「……教えてくれるか」
「ガロウ男爵、って言ってた気がする」
緒方は、その名前に、覚えがあった。最近、貴族の間の騒動の中で、何度か耳にした名前——財政が傾き、立場を失いかけている、小さな男爵家の一つだった。
「その家、最近、あまり良くない話を聞くな」
「そうなの?」
「ああ。詳しくは分からないが……お前のお父さんが借りた借金も、その辺りの事情と、無関係じゃないのかもしれない」
ミラは、それ以上、深くは聞かなかった。ただ、その名前を、もう一度、小さく口の中で呟いていた。




