第66話 届いた言葉
果物屋の店主から、結城のもとに、声がかかったのは、数日後のことだった。
「お前さんに会いたいって人がいる。前に、世話になった——」
店主が、名前は出さずに、それだけを伝えた。結城には、すぐに、誰のことか分かった。
「……生きてたんですね」
「ああ。今は、緒方様のところで、世話になってるらしい」
結城は、しばらく、黙っていた。あの男が、別の国に渡ったという話は、以前から、断片的に聞いていた。それが、こんな形で、また繋がるとは思っていなかった。
「会いに、行ってもいいですか」
「向こうも、それを望んでるはずだ」
結城は、近いうちに、緒方の店を訪ねることにした。まだ、何をどう話すかは、決めていなかった。
―――
結城が、男に会いに行くかどうか、思い悩んでいた、その頃。
緒方の店では、ガレンが、相変わらず、新しい男の所作を、目で追っていた。
ただ、それ以上の深読みが出来るわけもなく、そこから先の思考は、進まなかった。
——自分から売り込んできた、ただの冒険者だ。伯爵様が、緒方様に、わざわざ腕の立つ護衛を回すような立場でもない。来るとしても、これくらいが、普通だろう。
ガレンは、自分の中で、そう結論づけていた。多少、勘の良い男だとは思っていたが、それ以上の正体を疑うほどの理由は、今のところ、見当たらなかった。
ーーー
式典の後、王城の内部でも、目に見えない変化が、少しずつ広がっていた。
戦による被害の大きさ、双方の家への補償をどう扱うか——王の側近たちの間でも、その対応に頭を悩ませる声が、あちこちから上がっていた。
「侯爵様・辺境伯様、どちらに肩入れするわけにもいかん。下手に動けば、それこそ、次の火種になる」
宮廷内のそうした空気は、当然、両家の重臣たちの耳にも入っていた。王家自体が、どちらの肩も持ちきれずにいる——そう見えたことが、両家にとっては、なおさら、不安を煽る材料になっていた。
子爵家・男爵家、双方の中に、新しい動きが見え始めていたのは、そんな事情もあった。
中堅貴族が、オーレス伯爵に近づいたという話は、すでに、両家の耳にも伝わっていた。
「うちも、誰か、伯爵様に、繋ぎを取っておいた方がいいんじゃないか」
男爵家の重臣の一人が、そう切り出した。子爵家側でも、似たような声が、小さく上がり始めていた。
戦で得た傷は、簡単には消えない。だが、その傷を抱えたまま、これまでの主家(侯爵・辺境伯)だけに頼り続けることに、両家とも、少しずつ、不安を覚え始めていた。王家さえも、はっきりとした態度を示さない以上、自分たちの足場を、別の場所にも確保しておく必要がある——そんな計算が、両家の重臣たちの中に、芽生え始めていた。
中堅貴族の一件は、もはや、特別な例ではなくなりつつあった。
―――
地球側では、業界向けのサンプル製作が、ようやく、動き出していた。
精密機器メーカーからは、最初の評価が届いていた。
「磁力の強さは、申し分ありません。ただ、量産時の安定供給が、まだ見えてこないので——」
好意的だが、慎重な反応だった。
一方、宝飾業界の担当者からは、もっと前のめりな声が上がっていた。
「赤いダイヤ、追加のサンプルを、いただけませんか。社内の反応が、想像以上でして」
ただ、その熱心さの裏で、慎重な意見も出ていた。
「正直なところ——あれだけの数を、一気に市場へ出すのは、危険です。流通量が増えれば、それこそ、値崩れを起こします」
担当者は、資料に目を落としながら、続けた。
「カットの技術も、こちら側の方が、まだ上です。向こうで採れる原石を、こちらで加工して、高付加価値の状態で少量ずつ出す——その方が、価値を保てます」
倉持は、その意見に頷きながら、別の可能性にも触れた。
「逆に、向こうの国の中で、売る道もあるんじゃないか。硬い赤い石というだけじゃ、貴族のステータスにはならないだろうが——こっちの加工技術を使えば、そういうものに仕立てられる気がする」
精製・加工の技術を、地球側からあちらに提供する形を取れば、向こうの市場でも、十分な価値が生まれる——そういう発想だった。
「地球に持ち込む量を抑えつつ、向こうの国内向けにも、別の売り方を作る、ということですね」
「ああ。両方の市場で、価値を落とさずに済む」
倉持は、各業界からの反応をまとめながら、満足げに頷いた。
「思っていたより、早く進みそうだな」
商品化は、まだ、入り口に立った段階に過ぎなかったが、その先行きには、確かな手応えが見え始めていた。




