第65話 お試しの男
お試しで雇われた男は、思いのほか、手際が良かった。
配置の感覚も、警戒の張り方も、ガレンが指示するまでもなく、勝手に身についている。
「お前、本当に、ただの冒険者か?」
ガレンが、半信半疑のまま、軽く聞いてみる。
「そう言われるだけのことは、してきたので」
男は、それ以上、深くは答えなかった。
四人体制になったことで、何より助かったのは、休息の取りやすさだった。
「これで、ようやく、人並みに眠れます」
トビが、心の底から、安堵した様子で言う。クルトも、食事をゆっくり取れるようになったことを、素直に喜んでいた。十二時間ローテーションだった三人体制から、四人で回せるようになったことで、体への負担は、明らかに軽くなっていた。
ガレンだけは、それでも、新しい男への警戒を、解かなかった。
―――
ある日、男は、休みの日を使って、町へ出かけた。
目的の場所には、迷わず辿り着いた。果物を並べた、小さな店——前から、付き合いのある店主の店だった。
「おい、生きてたのか!」
店主は、男の顔を見るなり、声を上げた。
「行方が分からなくなってから、ずっと心配していたんだぞ」
「悪い。色々あって、いくつかの国を、巡ってきた」
男は、軽く笑って、肩をすくめた。
「それで、ここに、流れ着いたわけか」
「ああ。とりあえず、今は、緒方様のところで、世話になってる」
店主は、ホッとしたように、息を吐いた。
「で、今日は、何の用だ。顔を見せに来ただけじゃ、なさそうだな」
「一人、伝えたい相手がいる。お前なら、繋がりがあるはずだ」
男は、ある人物の名前を、小さく口にした。広く噂を流したいわけではない。確実に、その相手にだけ、話が届くようにしたかった。
「分かった。任せておけ」
店主は、頷いた。
男は、礼を言って、その場を後にした。
——これで、必要な相手には、必要な形で届く。
誰彼構わず広めるのではなく、届けたい相手にだけ、確実に伝える——それが、男の狙いだった。
―――
そんな男の動きとは、別の場所で、王都もまた、慌ただしさを増していた。
先の戦——子爵家と男爵家が、死者を出すまでに発展した、あの争いの後始末として、王城では、戦没者への弔いと、双方の和解を形にするための式典が、催されることになっていた。
式典は、王城の前庭で、大々的に開かれた。
兵の整列、旗の披露——表向きは、戦による傷を、国として癒すための場だったが、その実態は、誰の目にも、もっと生々しいものに見えた。
会場には、子爵家・男爵家、双方の生き残った者たちが、並んで席に着いていた。互いに、目を合わせようとしない。失った兵の数だけ、双方の間には、まだ消えない刺が残っていた。
その奥、一段高い場所には、皇太子が立っていた。
「此度の争いは、まことに、痛ましいことであった。しかし——」
皇太子の言葉は、丁寧でありながら、どこか、双方を諦めさせるような響きを持っていた。
勇者パーティーの四人も、その式典の一角に並ぶことになった。
「思った以上に、ヒリヒリしますね、これ」
皆川が、小声で、結城に囁く。
「だろうな。見せたいのは、俺たちじゃなくて、これを見ている連中の方だ」
結城の視線は、来賓席の一角——明らかに、皇太子派とは一線を引いた様子で座る、第三王子派とされる貴族たちに向けられていた。
双方とも、表向きは、儀礼的な笑顔を崩さない。それでも、視線が交わる瞬間、空気が、わずかに張るのを、結城は感じ取っていた。
式典そのものは、滞りなく進み、大きな波風もなく終わった。だが、結城の中には、見えない緊張の糸が、まだ、解けていなかった。
―――
式典の数日後、オーレス伯爵の屋敷に、再び、あの中堅貴族の姿があった。
「先日のお話、改めて、考えさせていただきました」
「結論は?」
「伯爵様のお力になれるのであれば——その時には、お頼りしたいと思います」
伯爵は、満足げに頷いた。
「具体的な話は、また落ち着いてからにしよう。今は、その気持ちだけで十分だ」
大きな見返りは、まだ、示さない。だが、確かな繋がりが、また一つ、出来上がっていた。
その様子を、第二王女は、変わらず、静かに見ていた。
「あの男、随分、気が長いこと」
誰に言うでもなく、王女は、小さく呟いた。




