第64話 三人の護衛
オーレス伯爵から派遣された護衛三名は、十二時間ごとの交代制で、緒方の元に詰めている。三人が同時に顔を揃えることはなく、接点は、勤務が入れ替わる、ほんの短い引き継ぎの時間だけだった。
それでも、数日のうちに、緒方は、それぞれの個性を、はっきりと見分けられるようになっていく。
一人は、ガレン。年長で、何事にも規律を重んじる、いかにもリーダー格らしい男だ。
「警護の配置は、常に三角形を保つように」
引き継ぎの際、もう一人に向かって、しれっとそんな指示を出す。
もう一人は、トビ。物腰は軽く、暇さえあれば、賭け事の話をしている。
「次の賭場、付き合わないか」
「お前、勤務中だぞ」
引き継ぎのたびに、ガレンに叱られている。
最後の一人は、クルト。とにかく、よく食べる。
「飯、まだですか」
見張りの最中でも、平然と腹を鳴らせる。
三人は、すれ違いざまの短い時間でも、些細なことで、よく揉める。配置の引き継ぎ方、休憩の取り方、果ては夕食の量まで——種は尽きない。緒方は、その様子を、半ば呆れながら見守るしかなかった。
―――
ある日、緒方が、いつも通り、近所の市場に買い物に出かけた。
その日の当番は、ガレンだった。ただの買い物のはずだったが、ガレンは、いつにも増して緊張した様子で、緒方の周りに目を配り続けている。
「……今日、何かあるんですか」
市場の店主が、不安げに聞いてくる。
「いえ、特には……」
「だったら、なぜ、こんなに……」
通行人たちも、明らかに、緒方たちを避けて歩いている。一人だけのはずなのに、その視線の鋭さは、かえって目立つ。
「ガレン、もう少し、自然にできないか」
「自然とは、何だ」
ガレンは、本気で聞き返してくる。緒方は、それ以上、何も言えなかった。
―――
別の日、当番がクルトに替わった夕方、クルトは、ミラの作った煮込み料理に、すっかり夢中になっている。
「これ、本当に、ミラが作ったのか」
「うん。皆川さんに教わった、レシピで」
「……もう一杯、いいか」
クルトは、すでに三杯目をおかわりしている。ミラは、嬉しそうに、鍋を覗き込んでいた。
また別の日、当番がトビに替わると、トビは、暇を見つけて、ロイドに、カードの遊び方を教えている。
「こうやって、数字を合わせるんだ。簡単だろ」
「面白いですね、これ」
二人は、いつの間にか、小銭を賭け始めていた。
「お前ら、何やってるんだ」
緒方が部屋に入ると、二人とも、気まずそうに顔を見合わせた。
「いや、ちょっとした、遊びで……」
「賭け事は、駄目だ。特に、ロイドは」
緒方に止められ、トビは、しょんぼりと、小銭を引いた。
―――
数日後、トビが、賭場で借金を抱えていることが発覚する。引き継ぎの場で、ガレンが、その話を耳にした。
「お前、本当に、何やってるんだ」
ガレンが、呆れた声で、トビを問い詰める。
「いや、ちょっと、賭けが、外れただけで……」
「ちょっとの額じゃないだろう、これは」
ガレンは、書類を見て、深いため息をついた。
「次やったら、伯爵様に報告するからな」
そう言いながらも、ガレンは、その場で、トビの借金の一部を、こっそり立て替えている。
「……ガレン」
「黙ってろ。これは、貸しだ。きっちり返せ」
トビは、何も言わずに、頭を下げる。後日、当番のクルトが、その話を聞きながら、何も言わず、もう一杯、ミラの煮込みをおかわりしていた。
緒方は、その光景を見ながら、三人にも、それぞれの形があるのだと、少しだけ思った。
―――
三人の護衛は、表向きは賑やかだったが、実際の勤務は、決して楽ではない。
「交代制とはいっても、結局、十二時間ローテーションで、いつも誰か一人だけなんですよね」
引き継ぎの場で、ガレンが、疲れた様子で零す。三人で回しているとはいえ、一人当たりの勤務は十二時間に及び、残りの二人は、休息や、伯爵側への報告に時間を割かれる。とてもかつかつな体制だった。
「正直、あと一人か二人、欲しいところです」
ガレンの言葉に、緒方も頷くしかない。最近の王都の不穏な空気を思えば、その人手不足は、決して笑って済ませられる話ではなかった。
そんな折、緒方の店に、一人の男が訪ねてきた。
「すみません、人を探しているという話を聞いて」
物腰は柔らかく、丁寧な口調だったが、緒方は、どこか拭いきれない違和感を覚える。
「どこから来た?」
「南の方から、流れてきました。手は、それなりに動きます」
男は、それ以上、多くを語らなかった。出身も、経歴も、はっきりとは口にしない。
——ガラニア国の、冒険者か?
緒方は、まだ確証はなかったが、男の佇まいの中に、隠そうとしている何かを感じ取った。
「分かった。すぐに雇うとは言えないが——お試しで、しばらく働いてもらおう」
「ありがとうございます」
男は、深く頭を下げた。
緒方は、その様子を見ながら、ガレンに、後で目を離さないよう、こっそり頼んでおくことにした。




