第63話 駒として、再び
王城から、結城たちのもとに、新たな使者が訪れた。
「皇太子殿下より、近く催される式典への、ご臨席をお願いしたく」
丁寧な言葉だったが、結城は、すぐに、その裏にあるものを感じ取った。
「式典というのは」
「国の守りを、改めて示す場でございます。勇者パーティーの皆様にも、ぜひ」
使者は、それ以上、多くを語らなかった。結城は、頭の中で、これまでの経緯を素早く繋ぎ合わせていた。
——第三王子派への、見せつけだ。
皇太子側が、勇者パーティーという「国の力の象徴」を使って、対立する陣営に、無言の圧力をかけようとしている——そういう構図が、容易に想像できた。
「分かりました。検討させていただきます」
結城は、当たり障りのない返事で、使者を下がらせた。
―――
使者が去った後、結城は、神崎・皆川・東條を集めた。
「断れる話じゃないと思う。けど、何も知らないまま、出ていくのは怖い」
「緒方さんに、聞いてみるか」
神崎の提案に、皆川も頷いた。
その夜、結城は、許可された区域の中にある、緒方の店を訪ねた。
「皇太子派から、式典への同席を頼まれました。これ、危ない話だと思いますか」
緒方は、すぐには答えなかった。自分が経済工作の側で知っていること——侯爵・辺境伯の財政逼迫、オーレス伯爵が裏で進めている計画——それを、どこまで話すべきか、内心で迷っていた。
「……今のところ、お前たちが直接、危ない目に遭うような話じゃないと思う。ただ、政治的に利用されてる側面はあるだろうな」
核心には触れず、当たり障りのない助言だけを返した。
「分かりました。ありがとうございます」
結城は、それ以上、深くは聞かなかった。
結城が帰った後、緒方は、念のため、オーレス伯爵にも確認を入れた。
「勇者パーティーが、皇太子派の式典に呼ばれたらしいんですが」
「今は、問題ない」
伯爵は、それだけ、あっさりと答えた。
「危ない時は、こちらから、事前に知らせる。今は、そういう段階じゃない」
緒方は、その言葉を、半分は信じ、半分は、まだ測りかねていた。
―――
数日後、オーレス伯爵の屋敷で、侯爵家の中堅貴族との面会が行われた。
「侯爵様にお仕えする立場として、今後のことを、伯爵様にご相談したく」
「もちろん、聞かせてもらおう」
伯爵は、終始、穏やかな態度を崩さなかった。相手の話を遮らず、最後まで聞き、要求の少ない、控えめな見返りだけを示した。
「今すぐ、何かを変える必要はない。ただ、いざという時に、頼れる相手がいると思っておいてくれれば、それでいい」
大きな約束はせず、それでも、確実に、相手の心に、楔を打ち込んでいく——そんな手口が、その場には滲んでいた。
その様子を、第二王女は、王城の高い窓から、ただ静かに見下ろしていた。
——また、一人。
誰に言うでもなく、王女は、小さく息を吐いた。
―――
ロイドが買い物に出かけた、ある日の午後。
緒方とミラ、二人だけの時間に、ミラが、ぽつりと言った。
「お父さん、誰かに、お金を借りてたみたい。それで……」
ミラは、そこで言葉を止めた。
「誰から借りたか、聞いたことは?」
「分からない。ただ、お兄ちゃんが、誰か貴族の名前を、口にしてたことがあった気がする」
それ以上は、ミラも覚えていないようだった。緒方は、それ以上を、無理に聞き出そうとはしなかった。
その頃、ヴァルド男爵は、屋敷の一室で、奴隷商から届いていた、以前の報告書を読み返していた。
兄が、妹を一緒に引き受けるかどうか——あの時、店主に「目を逸らす」ように指示したのは、男爵自身だった。
「人としての情があるか、それでも冷静に判断できるか——どちらに転んでも、面白いと思っていたんだがな」
男爵は、独り言のように呟いた。
「結局、両方、連れて帰ったか。さて、これで、こちらの動きも、少し変わってくる」
報告書を閉じ、男爵は、静かに笑った。




