第61話 火種
砂糖とワインの市場が崩れ始めてから、侯爵派・辺境伯派、双方の貴族の間に、これまで抑えられていた緊張が、少しずつ表に出るようになっていた。
もともと、辺境伯に仕える子爵家と、侯爵に仕える男爵家の間には、何代も前から続く、境界線を巡る争いがあった。普段は、互いの宗主である侯爵・辺境伯の顔を立てて、表面上は静かに収まっていたものだったが——財政が傾いた今、双方とも、これまでのように、家臣の不満を抑え込む余裕がなくなっていた。
「向こうの領地が、最近、収穫量を実態より少なく報告しているという話がある」
子爵家の家令が、そう報告を持ち込んだ。男爵家側も、似たような疑念を、子爵家に向けていた。
些細な行き違いのはずだった。それが、互いの財政の苦しさという土台の上で、急速に膨らんでいった。
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最初は、境界線上での小規模な衝突だった。互いの領地の私兵が、数十人規模でぶつかり合う程度に過ぎなかった。
だが、双方とも、引く気配を見せなかった。子爵家は辺境伯から増援を得て、男爵家も侯爵の名のもとに兵を募った。
数百人規模の兵がぶつかり合う事態に発展するまで、それほど時間はかからなかった。
戦の知らせは、王都にも届いた。
「双方で、死者が出ているとのことです」
報告を受けた宮廷の文官は、表情を硬くした。一地方の小競り合いとして扱うには、すでに規模が大きすぎた。
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戦が、これ以上拡大すれば、侯爵・辺境伯という、王国を支える二つの大きな家同士の、本格的な争いに発展しかねない。
王は、近衛騎士団に出動を命じた。
「双方、即刻、兵を引け。これ以上の戦闘は、王命をもって禁ずる」
騎士団長の宣告に、両家とも、それ以上は抗わなかった。これ以上戦えば、王家を敵に回すことになる——その一点だけは、侯爵も辺境伯も、はっきりと理解していた。
戦の火は、鎮まった。だが、双方が払った犠牲と財政の傷は、簡単には消えなかった。
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戦の後、侯爵・辺境伯、それぞれの陣営の中で、これまでとは違う動きが見え始めていた。
今回の騒動を、距離を置いて見ていた貴族たちの中には、
「このまま、侯爵様・辺境伯様に付いていて、得があるのか」
と、静かに疑問を抱く者が出てきていた。中心からは外れた立場の者が多く、目立った発言をするわけではなかったが、その視線は、確実に、別の方向——オーレス伯爵の方へ、向きつつあった。
侯爵・辺境伯、両家も、さすがに、その空気の変化には気づき始めていた。
「最近、付き合いの薄かった者たちが、やけに大人しい」
という言葉が、両家の重臣の間で、囁かれるようになっていた。
そんな中、王城の奥では、権力にほとんど関心を示さないことで知られる第二王女が、誰に聞かれるわけでもなく、静かにオーレス伯爵の動きを目で追っていた。
——あの男、また何か、企んでいるわね。
声には出さず、第二王女は、ただ、見ているだけだった。




