第60話 届いた返事
勇者パーティーが帰った後、緒方の家の前には、見慣れない男たちの姿があった。
「オーレス伯爵様より、緒方様の護衛を仰せつかっております」
三人は、交代制で、緒方の周りに張り付くようになった。買い物に出れば、一人が後ろを歩く。家にいれば、誰かが、敷地の外を見回っている。
「……ありがたいんですけど、ちょっと、落ち着かないですね」
緒方が、苦笑いを浮かべながら呟くと、護衛の一人は、表情を変えずに答えた。
「ご安心を。我々は、緒方様の安全のためにおります」
その言い方には、どこか、含みがあるように聞こえた。守られているのか、見られているのか——緒方には、まだ、判断がつかなかった。
ロイドも、最初こそ警戒していたが、数日もすると、護衛たちとも、最低限のやり取りはするようになっていた。
「あの人たち、ずっといるんですか」
「伯爵様の指示だから、しばらくは、そうなると思う」
「……俺たちみたいなのが心配されるのは分かりますけど、緒方様まで見られてるのは、なんか変な気分ですね」
ロイドの言葉に、緒方は、苦笑いを返すしかなかった。
―――
ある日、緒方は、買い物のために市場を歩いていて、思わず、足を止めた。
いつも世話になっている食料品店の店先に、真っ白な砂糖が、山のように積まれていた。
緒方には、すぐに分かった。日本から運び込み、伯爵の流通網に乗せた、精製済みの砂糖だった。
「ええ、最近、急に出回るようになりまして。質も良くて、値段も今までの半分以下です」
何も知らない店主が、嬉しそうにそう言う。
これまで使われていた、茶色がかった砂糖は、棚の隅に追いやられていた。値札には、原価を割っているとしか思えない数字が並んでいる。
——思っていたより、もう、市場に浸透してるんだな。
緒方は、確認のため、ヴァルド男爵を訪ねた。
「あの砂糖、思った以上に広まってますね」
「順調すぎて、こちらも驚いているくらいだ」
男爵は、軽い口調で答えた。
「侯爵と辺境伯は、長年、砂糖とワインの専売で、財を築いてきた。その足元を、今、静かに崩している」
「……戦をするより、効果的だと?」
「血を流さずに、相手の力を削げる。これ以上の手はない」
緒方は、自分が運び込んだものが、ただの商品ではなく、もっと大きな仕組みの中の一部だったことを、改めて実感した。
「ワインも、同じ流れですよね」
「ああ。あちらは、伯爵が直接、別の販路を使って動かしている」
「取引先は……」
「さてな。そこまで詳しい事情は、こちらも分からん。テラ・マートを使えば、お前の方でも、何か得をする仕組みになっているとは聞いている」
緒方は、それ以上、何も言わなかった。
——商機どころじゃない。最初から、仕掛けられた話の、真ん中にいたのか。
ただ、王国と日本の間に、正式な交渉などはない。日本側が何かを決めているように見えても、実際には、緒方からの報告を受けて、向こうが判断しているだけのことだった。男爵や伯爵が思っているような、「国」としての大きな意図など、そこにはない。
——結局、全部、自分が伝えた範囲のことなんだよな。
緒方は、そのことに、苦笑するしかなかった。
今さら、降りるという選択肢はなかった。緒方は、男爵の屋敷を出ながら、自分の立っている場所を、もう一度、確かめるように考えていた。
―――
数日後、皆川から、ミラ宛の小さな包みが届いた。
「これ、皆川さんから。ミラに、だって」
緒方が手渡すと、ミラは、包みを恐る恐る開けた。中には、リボンのついた小さな髪飾りが入っていた。
「……つけてもいい?」
「もちろん」
ロイドが、ミラの髪に飾りをつけてやる。鏡を覗き込んだミラは、何度も同じ角度から自分の顔を確認していた。
東條からも、定期的に様子を尋ねる連絡が届くようになった。
「ミラは元気にしているか」
「元気です。よく食べるし、よく笑うようになりました」
「それは良かった」
短い言葉の中に、東條らしい気遣いが滲んでいた。
ロイドは、その様子を見ながら、緒方に小さく呟いた。
「俺たち、緒方様だけじゃなくて……他にも、気にかけてくれる人がいるんですね」
「そうみたいだな」
緒方は、それ以上を言わなかったが、悪くない変化だと感じていた。
―――
ある日、護衛の一人が、世間話のついでに、こんなことを漏らした。
「最近、王都の方が、少し騒がしいようです」
「騒がしい?」
「貴族の家同士で、何か、揉め事が起きているとか。詳しいことは、自分たちには分かりませんが」
緒方は、それ以上、深く聞かなかった。だが、その言葉は、頭の片隅に、小さく引っかかったまま残った。
同じ頃、結城たちのもとにも、似たような噂が届いていた。
「最近、貴族たちの間で、何か動きがあるらしい」
神崎が、訓練の合間に、誰かから聞いた話を口にする。
「俺たちには、関係ない話だろ」
「……そうとも、言い切れない気がする」
結城は、それ以上を口にしなかったが、王城に呼ばれた晩餐の夜の言葉——自分たちが「駒」として見られているという事実を、改めて思い出していた。
砂糖とワインの異変が、貴族間の対立に直接繋がっていることを、緒方は、もう知っていた。結城たちが聞いた「王都が騒がしい」という噂が、その同じ流れの先にあるものだということにも、薄々、気づいている。
それでも、緒方は、結城たちに、詳しいことを伝えるつもりはなかった。自分がどこまで関わっているかを話せば、パーティーの誰かが、余計な火種に近づきかねない——そう判断したからだった。




