第59話 繋がる灯り
契約から数日が経ち、緒方の家での暮らしにも、少しずつ形ができていた。
ロイドは、最初の硬さが抜けないまま、それでも、ミラに自分の知っていることを、一つずつ教えていた。
「緒方様は、悪い人じゃない。乱暴なことを言われたら、ちゃんと言っていい。それと——」
ロイドは、少し声を落とした。
「俺たちは、契約奴隷だ。でも、奴隷だからって、何でも言われた通りにする必要はない。契約に書いてないことは、断っていいんだ」
「……断っていいの?」
「うん。それと、もし殴られたりしたら——そんなことはないと思うけど——役人に訴えていい。緒方様が捕まって、俺たちは自由になるか、罰金で済むかになる」
ミラは、その説明を、黙って聞いていた。少しずつ、緒方という人間の輪郭を、自分の中で組み立てているようだった。
夕食の準備を手伝いながら、ミラが、ぽつりと呟いた。
「お父さんも、ここにいたら良かったのに」
「——ミラ」
ロイドが、短く名前を呼ぶと、ミラは、それ以上を続けなかった。
緒方は、聞こえないふりをして、手元の作業を続けた。何があったのかは、まだ分からない。ただ、店主が目を逸らした理由の、ほんの一端が、今、垣間見えた気がした。
ーーー
数日後、結城たち勇者パーティーの四人が、緒方の家を訪ねてきた。
「緒方さん、例のあれ、届いてますか」
結城が、開口一番に切り出す。
「届いてる。ちょうど、皆に渡そうと思ってたところだ」
緒方は、預かっていたスマートフォンを、一つずつ取り出した。元々それぞれが持っていた端末は、電源が切れたまま、ずっと緒方の手元で保管されている。代わりに、政府から支給されたソーラー充電式の端末に、データを移して使ってもらっていた。緒方自身、こちら側でソーラー充電器を手に入れるまでに、ずいぶん苦労をしている。
「皆川、これがお前の」
神崎が、端末を皆川に渡す。皆川は、受け取った瞬間から、もう、画面を見つめていた。
「再生していいか?」
「うん……お願い」
画面に映ったのは、皆川の家族だった。母が、何か話しかけている。声が出た瞬間から、皆川の目から、涙がこぼれた。最後まで、ほとんど画面から目を離さず、ただ、静かに泣き続けていた。
東條は、最初、表情を変えずに画面を見ていた。家族の誰かが、何気ない近況を話しているだけの映像だったが、東條の口元には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。それが、最後の場面で——おそらく、父か誰かの一言で——崩れ、東條も、静かに涙を流した。
神崎と結城は、比較的、落ち着いた様子で映像を見ていた。だが、結城の母の映像が、途中から急に感情を爆発させるように喋り出すと、結城は、画面から目を逸らしながら、小さく咳払いをした。
「……うちの母、こういうとこあるんだよ」
息子としては、少し、照れくさいものがあるらしかった。
全員が見終わると、結城が、端末を持ったまま、ぽつりと言った。
「これって、今の映像を送れってことだね」
皆が、頷いた。緒方は、自撮り用のスタンドを取り出して、テーブルの上に置いた。
「これも、一緒に支給されてる。好きなように使ってくれ」
その光景を、ロイドとミラは、少し離れた場所から、珍しいものを見るような目で眺めていた。画面が光り、人の顔が映り、声が出る——この世界にはない仕組みに、二人とも、言葉を失っていた。
映像を見終えたところで、緒方は、改めて、ロイドとミラのことを切り出した。
「実は、こっちで、新しく人を雇った。契約奴隷っていう制度を使ってる」
「奴隷……」
皆川の表情が、少し硬くなった。地球の感覚からすれば、それも当然だった。
「思っているのとは、少し違う。守秘義務には魔法の縛りがかかっていて、見たことを他人に話すことはできない仕組みになっている。それと、契約にないことを命令されても、従う義務はない。もし、雇い主から暴力を受けたら、役人に訴えられる。訴えられた側は、拘束された上で、罰金か——最悪、奴隷の身分の方を、罰せられる立場になる」
緒方の説明に、皆川の表情が、わずかに緩んだ。
「そう……なんだ」
「ロイド、ミラ、こっちに」
緒方が呼ぶと、二人が、少し緊張した様子で前に出てきた。
「ロイドです」
「……ミラです」
皆川と東條は、すぐにミラに近寄った。
「かわいい……いくつ?」
皆川が、しゃがみ込んで目を合わせる。ミラは、最初こそ身を縮めていたが、東條が、髪を軽く整えてやるように触れると、少しずつ、肩の力が抜けていった。
「東條さん、子供の扱い、慣れてますね」
「実家でも、よく弟妹の世話をしていたからな」
二人は、その日のうちに、ミラとすっかり打ち解けていた。
夕方になり、緒方が、いつもより少し豪華な食事を出した。白米、味噌汁、唐揚げ——勇者パーティーが訪ねてくる日は、決まって日本食になる。普段は、こちら側の食材で少しずつ作り置きしている程度だったが、今日は、勇者たちのために、惜しみなく出した。
「これ、何の料理ですか」
ロイドが、唐揚げを覗き込んで聞く。
「鶏肉を、油で揚げたものだ。食べてみるといい」
ロイドとミラは、恐る恐る口に運んだ瞬間、揃って目を見開いた。
「……うまい」
「おいしい!」
神崎が、笑いながら言う。
「最初は誰でもそうなる。俺たちも、最初は同じ顔してた」
異世界の静かな夜に、日本の食事の匂いが、しばらく漂っていた。
ロイドとミラの表情が、少しずつ和らいでいくのを見ながら、緒方は、こうして誰かと食卓を囲むことが、こちら側に来てからの自分の日常に、もうひとつ加わったのだと感じていた。




