第58話 向こうの肩にかかる重さ
緒方の元に、地球からの連絡が届いたのは、月が傾き始めた頃だった。
拓也の声は、いつもより、わずかに硬かった。
「ストック用の魔石を、できるだけ多めに、確保してもらえないか。需要が、思った以上に増えてる」
「分かった。やってみる」
即答したものの、緒方の中には、すぐに重さが広がっていった。地球側の需要が増えるたび、自分の肩にかかる分量も増えていく——その構造は、すでに分かっていたことだったが、改めて言葉にされると、輪郭がはっきりした。
翌日から、緒方は、これまで取引のあった商人を、一人ずつ訪ね歩いた。
「申し訳ありませんが、今ある分が精一杯でして……」
「もう少し早く言っていただければ、手は打てたんですが」
断られ続けるうち、緒方は、自分の手の中にある伝手の薄さを、思い知らされていった。
最後に頼ったのは、オーレス伯爵だった。
「魔石の流通は、もともと、私の家が押さえている権益のひとつでね」
伯爵は、何でもないことのように、そう言った。
「言ってくれれば、最初からそうしたのに」
「……ありがとうございます」
——だったら、最初に言ってくれよ。何日、無駄に歩き回ったと思ってるんだ。
声には出さず、緒方は、心の中だけで、思いきり呟いた。
緒方が、これまで歩き回った苦労を思うと、拍子抜けするほど、話は簡単にまとまった。伯爵の名のもとで動く流通網に乗せてもらえれば、必要な量は、無理なく確保できる——その目処が、ようやく立った。
―――
魔石の流れに目処がついた一方、緒方の手は、それ以上に足りなくなっていた。
「人を、増やした方がいい」
顔を合わせたヴァルド男爵が、そう切り出した。
「契約奴隷を使うという手がある」
この国で「奴隷」と呼ばれる存在は、地球の歴史で言われるそれとは、少し違っていた。経済的な事情——借金や貧困——か、罪を犯した者が、労役という形で身柄を引き渡される制度であり、地球のような刑務所は、存在しない。刑が確定するまでの間だけ、小規模な牢に留め置かれ、刑が定まれば、魔法によって行動を縛られたまま、雇用主のもとで働くことになる。衣食住は、雇用主が用意する。機密に関わる情報を漏らせば、契約が終わった後であっても、命に関わる——そこだけは、念入りに釘を刺された。
「分かりました。紹介していただけますか」
緒方の中には、地球の映画やドラマで見た「奴隷」の映像が、まだ、こびりついていた。それでも、今の自分の手が回らない状況を考えれば、選んでいる余裕はなかった。
男爵に紹介された店は、城下の一角にあった。城内の部屋が手狭になったとかで、店そのものは規模を縮小し、近くの家を倉庫に回しているらしい。
「ヴァルド男爵から紹介を受けた、緒方です」
店先にいた若い従業員に、声をかける。
「あ……今、主人を呼んできます」
出てきた店主は、緒方を奥の部屋に案内すると、丁寧な口調で、扱っている人材の説明を始めた。
「戦士、肉体労働者、読み書きができる者、商人、各種の職人——大きく分けると、このあたりになります」
店主は、一つ一つ、指で示しながら続けた。
「料理や家事を任せられる者もおりますし……まあ、夜のお相手をする者も、おります」
値段は、罪を犯した者か、経済的な事情を抱えた者かで変わり、さらに年齢、性別、子の有無でも違ってくるという。
「で、緒方様は、どういった人材を、何人ほど?」
「読み書きと、簡単な計算ができる、肉体労働者か商人——そういう者を」
「人数は」
「まずは一人。足りなければ、また相談させてください」
店主が、何人かの候補を連れてきた。一人ずつ、名前と簡単な経歴、値段が告げられていく。
「こちらは、ロイドと申します。二十二歳、読み書きと、基本的な計算ができます。経済的な事情で、こちらに」
緒方は、これといって多くを聞かず、第一印象だけで、ロイドを指した。
「彼で」
「値は、こちらの中では、一番低い方になります」
店主は、そう言ったあとで、少し言いにくそうに、付け加えた。
「ロイドには、妹がおりまして。条件には合いませんが、いかがでしょうか」
「二人、ということですか」
「はい」
緒方は、ロイドに、目を向けた。
「——妹の面倒は、見られるか」
「はい。自分の知っていることは、教えます」
緒方は、店主の顔を見た。店主は、その視線から、わずかに目を逸らした。何か、言葉にしないものが、そこにあった。
「店主。妹も、連れて来てくれ」
しばらくして、店の奥から、小さな少女が、連れて来られた。ロイドの後ろに隠れるように立ち、緒方の方を、まっすぐには見ようとしなかった。
「名前は」
「……ミラ、です」
手続きは、思ったより早く済んだ。契約書に署名し、必要な金額を支払うと、二人は、緒方の元で働くことになった。住む場所と、最低限の身の回りのものは、こちらで用意する——そう伝えると、ロイドは、短く頭を下げただけだった。ミラは、その後ろで、まだ、緒方の方を見ようとしなかった。
手は、ようやく、少し増えた。それでも、増えた分だけ、緒方が見なければならないものも、増えていく。
数日後、オーレス伯爵の使いから、もう一つの知らせが届いた。
「伯爵様より、警護を三名、回していただけることになりました。交代制で、緒方様に付かせていただきます」
頼んだつもりはなかったが、断る理由もなかった。
気づけば、自分の周りに、少しずつ、人が増えていく——その実感だけが、静かに積み重なっていった。




