第55話 捨てられていた価値
拓也の身体検査は、最終的な報告として、まとめられていた。
個体としての脅威度よりも、資源の窓口としての価値の方が、はるかに大きい——その結論は、すでに、関係者の間で共有されている。徹底的な検査の末、解剖を含む侵襲的な研究対象からは、拓也は外れることになった。
それでも、研究者の中には、別の興味を抱く者もいた。
——この能力は、子孫に遺伝するのか。
誰も、それを公式の議題に上げることはなかった。だが、誰かの胸の奥に、その問いが残っていることは、確かだった。
持ち込まれた鉱物・素材の分析結果も、ようやくまとまり始めていた。
「まず、これです」
研究者が示したのは、炭鉱夫たちから「悪魔の灰石」「炉食い」と呼ばれ、忌み嫌われて捨てられていた鉱石だった。
「ネオジムを多く含む原石でした」
「……ネオジムだと?」
倉持が、思わず声を上げた。
「捨てられていた石が、まさか」
「向こうでは、価値の無いゴミ扱いです。だからこそ、こちらにとっては——」
神崎は、そこで言葉を切った。続きは、誰の口からも、語られる必要が無かった。
「次に、ハーピーの羽毛です。向こうでは、風をいなす魔法特性を活かして、羽毛布団やダウンに使われています。重さは、わずか百グラムですが、マイナス三十度の冷凍庫に入っても、寒さを全く感じませんでした」
「……それは、凄いな」
「日本の冬のアパレル市場——特に、アウトドアや寝具業界には、革命を起こせる素材だと思います」
「魔力草——マナ・ハーブは、向こうでは、魔力が減退した時の補充に使われます。こちらで試した限り、エネルギーの前借りのような副作用が一切ありません。飲むだけで、脳が完全に覚醒し、集中力が十時間続きます」
「副作用のないエナジードリンク、ということか」
「はい。栄養ドリンクやサプリメントの大国である日本でなら、確実に覇権を握れると思います」
「太陽の花——サン・ブルームの種、または乾燥粉末は、水を入れるだけで、火も電気も使わずに、八十度以上の高温を十二時間、維持し続けます。向こうでも、熱源として使われているそうです」
「これは——地震などの災害が多い日本では、常に求められている品です。インフラが止まっても使える、食料加熱・暖房グッズとして、需要は尽きないかと」
「金は、地球のものと、成分は同じです。ただ、向こうでの価値は、低い。赤いダイヤも、地球のダイヤと、成分は同じでした。向こうでは、大量に採れます」
「今回持ち込まれた赤いダイヤは、一点あたり、一カラット以上のものばかりです。地球側で——レッドダイヤモンドとして取引すれば、一点で数億円の価値になります」
倉持は、資料を、何度も読み返した。
「……これは、思っていた以上だな」
「洗浄のワンドについても、材料さえ手に入れば、量産は可能です。ただ、現状は、輸入で対応するしかありません」
―――
四本柱の支援体制は、今も、継続して動いていた。
その一つの形として、新しい建物の工事も、ほぼ完成に近づいている。
一階は、事務所と、警備関連の機能を備えた造りになっていた。二階が、居住スペースとして、拓也と、緒方の母が暮らすことになる。
緒方の母は、藪田を通じて、その様子を聞いていた。
「安全で、安定した暮らし——それだけで、十分だと思っています」
彼女が望んでいるのは、特別なことではなかった。ただ、心から安心して、日々を過ごせること。それだけだった。
―――
次の保護者会に向けて、各家庭では、すでに動き始めていた。
自撮りの映像を、それぞれ撮り始める家庭。中には、家族全員が映る映像を、改めて撮り直す家庭もあった。
画面に向かって、何を話せばいいのか——誰もが、少し戸惑いながら、言葉を選んでいた。




