第54話 繋がる手段
国家情報局の一室で、神崎は、倉持を含む関係者の前に、一枚の資料を配った。
「緒方への支援体制について、四つの柱で整理しました」
神崎は、資料の項目を、順に指していった。
「一つ目は、情報・諜報支援です。緒方からの報告を、拓也くん経由で受け取るだけでなく、こちらで体系的に分析し、王国内の派閥構造図・人物相関図として整理します。誰を信用すべきか、誰を警戒すべきか——分析結果を、こちらから緒方に逆に伝えることもできます」
「ふむ」
「二つ目は、物資・経済支援です」
神崎は、続けて説明する。
「政府専用の通信網への移行が完了し、拓也くんと緒方の通話は、より安定した環境で行えるようになりました。同時に、緒方の元へ送る物資のコンテナも、最大サイズのものを用意しています。紙、ワイン、砂糖——いずれも、これまでより多くの量を、一度に動かせるようになります」
「三つ目は、法的・外交的な布石になります」
神崎は、一度、声を落とした。
「緒方自身の地球側での法的な立場を、密かに整理しておく必要があります。緒方を、特殊任務扱いの公務員として、正式に位置づけたいと考えています。それに伴う形で、母上の生活費も、支援できるようになります」
「……公務員として?」
倉持が、聞き返す。
「ええ。緒方本人を、特殊任務扱いの公務員として雇用します。その家族としての生活支援、という形であれば、母上への支援も、給与に紐づく形で出せます。後々、何らかの形で事情が公になった場合にも、不自然な支援には見えません」
「なるほど。布石、というわけか」
「はい。最後、四つ目が、心理的支援です」
神崎は、資料の最後の項目を、指で示した。
「拓也くんと緒方の通話は、現状、ほぼ唯一の、緒方にとっての心の繋がりです。これを、単なる業務連絡として扱うのではなく——人間関係として、継続できるよう配慮したいと思います」
倉持は、資料全体を、もう一度、見渡した。
「……四本柱、か。よく考えられている」
「現場の人間を一人にしない、というのが、根底にある考えです」
ーーー
研究機関では、洗浄のワンドの実用性についても、地道な検証が続けられていた。
「一回の充填で、何回まで使えるのか——そこを、ちゃんと調べておきたい」
担当の研究者は、汚れ具合の違う布を、何枚も用意して、検証を重ねた。軽い汚れ、頑固な汚れ、油汚れ——条件を変えながら、使用回数を記録していく。
結果として、平均で、およそ二百回。
「思っていたより、長持ちするな……」
その数字は、想像以上に、実用に近いものだった。
ーーー
数日後、神崎は、保護者会の前で、政府の方針を発表した。
「政府専用のスマートフォンを、もう一台、異世界側に転送する準備を進めています」
会場に、小さなざわめきが起きる。
「各ご家庭には、事前に撮影した映像を、お子さんに向けて、用意していただきたいと思います。それを、異世界側に送る形になります」
「……向こうから、こちらに送ってもらうことは?」
一人の母親が、手を挙げて聞いた。
「可能です。ただし——映像は、政府機関の中でのみ、鑑賞いただく形になります」
会場が、一瞬、静かになった。
「持ち帰ることは、できないということですか」
「申し訳ありません。機密保持の観点から、その点だけは、ご理解いただきたいのです」
神崎は、深く、頭を下げた。
完全な自由とは言えない。それでも、これまで「検討します」としか言えなかった状況から、一歩、前に進んだことは確かだった。




