第52話 綻び
「……詳しく、聞かせてもらえますか」
結城が、声を抑えながら、店主に聞いた。
店主は、さらに声を落として、続けた。
「ガラニア国の、例の勇者パーティーだ。蓄積が、一線を超えたらしい」
「蓄積、って——」
「タンクが一人、死んだ話は、前にしたよな。あれから、回復が外部の僧侶頼みのまま、ずっと限界に近かった。次の討伐で、また誰か死ぬのは、目に見えてたらしい」
皆川が、思わず息を詰めた。
「それに——何のために召喚されたのか、誰もはっきり答えてくれない。その不満が、積もりに積もってたんだろうな」
店主は、一度、辺りを見回した。誰も聞いていないことを確かめてから、さらに続ける。
「盗賊の彼が、手引きしたらしい。地理に詳しいし、顔も広い。国境の近くまで、上手く逃げ延びた、って話だ」
「……盗賊の人が、自分から?」
「ああ。仲間を、見限れなかったんだろう」
結城は、しばらく、何も言えなかった。
自分たちは、まだ、誰も逃げ出してはいない。だが、もし同じ立場に置かれていたら——その問いが、胸の奥に、重く残った。
「行方は、まだ分からないんですか」
「分からない。国境を越えたかどうかも、はっきりしない。ただ——召喚した国側は、当然、黙ってはいないだろうな」
店主は、それだけ言って、運ばれてきた料理に、視線を落とした。
ーーー
その頃、王都の市場では、新しい品が、静かに話題になっていた。
「これ、知ってる? 最近出回ってる、安いワイン」
「ああ、飲んだよ。あれで、この値段かよ、って驚いた」
「砂糖もだろ。うちの嫁、すっかり気に入っちまって」
商人たちの間でも、似たような会話が、あちこちで交わされていた。
「侯爵様のワインより、よっぽど安くて美味いって、評判だぞ」
「辺境伯様の砂糖も、危ないんじゃないか。これじゃ、客が逃げる」
市場を歩く緒方は、その声を、聞こえないふりをして、通り過ぎた。
——思っていたより、早い。
計画は、想定以上の速さで、市民の間に根を張りつつあった。
ーーー
数日後、王城の一室で、ヴァルド男爵は、オーレス伯爵に報告を行っていた。
「筆頭侯爵と筆頭辺境伯が、ついに、互いを名指しで非難し始めました」
「ほう」
「侯爵は、第三王子派が嫌がらせで安い砂糖を流していると糾弾し、辺境伯は、皇太子派がワインで市場を荒らしていると言い返している、とのことです」
オーレス伯爵は、わずかに口の端を上げた。
「両方とも、見当違いの方を疑っているわけだな」
「はい。出どころを辿らせても、こちらには、決して届かない経路にしてあります」
「上出来だ」
伯爵は、満足げに頷いた。
「両派閥が、互いの足を引き合っている間は、勇者パーティーを切り札にした計画も、進められまい」
ヴァルド男爵は、それ以上、何も言わなかった。だが、内心では、自分が今、両派閥のどちらからも警戒されかねない位置に立っていることを、強く意識していた。
均衡は、確かに崩れ始めている。だが、その綻びが、最後にどこへ向かうのかは、まだ誰にも分からなかった。




