第49話 帰還の夜
帰路の道中、ロイは、何度も同じことを考えていた。
——剣聖に、背負われて、助けられた。
斥候としての自分が、女に庇われて、命を拾った。その事実が、惨めで、恥ずかしくて、しばらくは顔を上げることもできなかった。
だが、何度も同じことを考えるうちに、少しずつ、別の感情が、そこに混ざり始めた。
——生きている。
それだけで、十分なはずだった。プライドだの、格好だのは、後からどうにでもなる。命があるからこそ、それを気にする余裕も、生まれる。
ロイは、ようやく、いつもの落ち着きを取り戻していった。
王都に近づいたところで、一行は、ドルフの姿を見かけた。
左足に、白い布を巻いている。
「ドルフ、その足……」
結城が、思わず声をかけた。
「近場のダンジョンで、仲間を庇って、ちょっとな」
ドルフは、苦笑いを浮かべた。
「ベテランの俺でも、怪我をする。それくらい、この仕事は甘くない」
それから、ドルフは、ロイの方に視線を移した。
「ロイ、聞いたぞ。馬鹿もんが——斥候が、罠にハマるとはな」
「……すみません」
「俺は、引退するぞ。この足じゃ、もう潜れん」
ドルフは、それだけ言って、軽く笑った。
「ロイ、俺の歳まで死ぬなよ」
その一言を残して、ドルフは、ゆっくりと、その場を離れていった。
ロイは、その背中を、しばらく見送っていた。
―――
王都に戻った夜、緒方は、結城たちを自分の店に呼んだ。
「お疲れさん。ゆっくりしていってくれ」
店の奥には、見覚えのある匂いが、漂っていた。
「これは……」
「牛丼と、ハンバーガー。あとは、炭酸飲料と、お茶も用意した」
緒方が、用意していた品を、一つずつ並べていく。
「懐かしいです……」
皆川が、思わず声を漏らした。久しぶりの、地球の味だった。
食事を進めながら、それぞれの近況が語られていく。
緒方は、首相官邸での一連の出来事——小山市の話を含め、地球側で進んでいる動きを、順に伝えた。神崎の部署の体制が整ったこと、拓也が官邸で面会したこと、政府が今後の方針を固め始めていること。結城たちは、それを、半分驚き、半分どこか遠い話のように聞いていた。
「それと——派閥の話なんだけど」
緒方は、表情を少し引き締めた。
「俺たちを動かすのに積極的な派閥と、そうでない連中がいるらしい。今のところ、はっきりとした線引きまでは、見えてないけど——その見極めは、引き続きやっていくよ」
「……それ、繋がってきたら」
結城が、口を開いた。
「もう一度、最終的な目的を聞き直す、入り口になるかもしれないな」
「そうだな。今は、その手前ってところだ」
結城たちも、ガラニア国の勇者パーティーについて、自分たちが気づいたことを、緒方に話した。聖女に相当する者がいないこと、外部依存の回復、すでに失われたタンクの命——そして、皆川が気づいた、召喚元が地球だけではないかもしれないという可能性。
緒方は、それを聞きながら、しばらく黙っていた。
「……それも、繋がってくるかもしれないな」
夜が更けるまで、その場には、地球の味と、異世界の現実が、奇妙に入り混じった時間が流れていた。
―――
数日後の休日、結城は、一人で街に出た。
目的は、あの果物店だった。
しかし、いつもの場所に、店の姿はなかった。
近くの商人に聞いてみても、はっきりとした答えは返ってこない。
「ああ、あの店主か。最近は、あまり見ないな」
「何処にいるか、分かりますか」
「さあな。商売柄、あちこち動き回る男だったから」
結城は、しばらく、その場に立ち尽くした。
——せっかく、繋がりかけていたのに。
店主が何者で、何のためにあの情報を流したのか——その答えに、また一歩、遠ざかってしまったような気がした。
それでも、結城は、諦めるつもりはなかった。
また、別の手がかりを探せばいい。今は、それだけだった。




