第46話 庶民の宝石
東條家の客間で、拓也は、与えられた机に向かっていた。
新しい宿舎が完成するまで、ここに居候させてもらっている。東條の両親は、何も聞かずに、当然のように部屋を用意してくれた。その気遣いに、拓也は今でも、どう礼を言えばいいのか分からないままだった。
窓の外を見ながら、拓也は、ぼんやりと考えていた。
——超人高校生、とか言われても、別に有名になりたいとは思わない。
ニュースに自分の名前が出ることを想像すると、むしろ気が重くなる。これは、たぶん、斥候という職業のせいだろう。気配を消し、目立たず立ち回ることが、ずっと体に染みついている。
中学の頃は、剣道で日本一になって、ちょっとくらい目立ってみたい、という気持ちが、なかったわけではない。今の自分なら、本当にできるだろう、という確信もある。それでも、もう、その気にはならなかった。
剣道の練習は、相変わらず続けている。だが、無難にこなしている、というだけだった。突出して目立つような勝ち方も、しなくなった。
今、拓也が本当に望んでいることは、一つだけだった。
——緒方さんと一緒に、結城たちが帰れる手がかりを探すこと。
それ以外のことは、正直、どうでもよかった。
学校の勉強は、問題なくこなせている。練習で疲れて眠くなることも、最近は無くなった。集中力も、以前とは比べ物にならないほど続く。だが、大学に進学する気は、今のところ起きなかった。
卒業したら、おそらく公務員として、ここ小山市で暮らすことになるだろう。それくらいが、自分には丁度いい気がしていた。
―――
夜になって、拓也は専用のPCを開き、緒方に通話を繋いだ。
「お疲れ様です。今、大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫だ。ちょうど、こっちも一段落したところだった」
まず話題に上ったのは、新しい宿舎のことだった。
「あっちの工事、半月でもう、形が見えてきたらしいです。藪田さんから写真が届きました」
「早いな……。俺の母さんも、そっちに越してくることになるんだよな」
「はい。お母さん、今は安定して暮らしてるって、藪田さんが伝えてくれました」
緒方の母は、六十代半ばだという。これまでの事情を考えれば、安全な場所で守られているというだけで、十分にありがたい話だった。
「怪しい人から、お母さんを守るっていうのは、変わらず伝えてます」
「悪いな、いつも」
「いえ。これくらいしか、こっちからできることがないので」
二人の間に、しばらく、静かな時間が流れた。
「それで——本題なんですが」
拓也は、話を切り替えた。
「神崎さんとも相談したんですが、向こうの魔物の素材とか、比較的取れる鉱物を、小口にして送れないか、検討してます。代金は、政府から出るそうです」
「ああ、それは前から考えてた話だな。何を送るかが、問題になる」
「それで、ちょっと驚いたことがあって」
拓也は、資料を見ながら続けた。
「金、なんですけど——こっちじゃ高いのに、向こうでは比較的よく採れるんですよね」
「そうだな。金貨にしたり、装飾品にしたり。日本の銅より、価値は低いくらいだ。高額な貨幣の役目は、ミスリルが担ってる」
「なら、安い金のインゴットも、候補に入れられそうですね」
「いいと思う。あっちの感覚だと、そんなに惜しくもないはずだ」
拓也は、もう一つの資料に目を移した。
「鉱石の方も、驚いたんですよ。ダイヤモンドって、向こうじゃ赤い色がついてるんですよね」
「ああ。色も違うし、硬度も一番だ。加工は、かなり難しい」
「でも、結構出回ってるんですよね。安いカットされてない原石を、丸く削って、装飾にしてる」
「そうだな。金と、その赤いダイヤは——向こうじゃ、庶民が身につける物として扱われてる」
拓也は、その一言に、思わず小さく笑ってしまった。
「こっちだと、考えられない話ですね」
「だろうな。価値観が、丸ごと違う」
二人の会話は、まだしばらく続いた。送るべき品、量、優先順位——次の一手のための材料が、少しずつ、形になっていった。




