第45話 声だけの扉
神崎からの追加報告には、もう一点、付け加えられていた。
「エテリムのステルス性能ですが——構造上、これまでステルス化が難しかった機種にも、適用できる可能性があります」
倉持は、その一文を、資料の中で何度も読み返した。
軽さと強度だけでも十分な価値だったものが、ステルス性能、そして大量入手可能というおまけまで付いてくる。これが、ただの金属の話で済むはずがなかった。
——エテリムとクラニウムの他にも、まだあるかもしれない。
倉持は、自分の執務室で、一人、今後のことを考え続けていた。
あちら側の窓口は、現時点では、緒方という一人の青年だけだ。拓也との直通の連絡手段も、自分たちが認知できない方法に依存している。これは、いつまでも放置できる状態ではない。
——中野家と緒方家を、国内外から完全に確保する必要がある。
もう一つ、気になっているのは、緒方が使っているという、グレーカレコ商事のフリマアプリだった。あの仕組みを通じて、どこまでの物資が、どこまでの情報が流れているのか——いっそ、買収という形での交渉も、視野に入れるべきかもしれない。閲覧制限をかけることも、選択肢の一つだ。
最も安全なのは、専用回線を構築することだろう。だが、今のやり方からそこへ移行できるのかどうか——その確認すら、まだ取れていない。
倉持は、資料の余白に、いくつかの項目を書き込んでいった。
―――
拓也が、首相官邸へ向かう日がやってきた。
藪田が、車での移動に同行した。官邸の正面に着くと、すでに神崎が、外で待っていた。
「お疲れ様です。中へ、どうぞ」
神崎の出迎えを受けても、拓也の緊張は、少しも緩まなかった。重厚な建物の入口をくぐる間、心臓の音が、自分の耳にまで聞こえてくるようだった。
案内された一室には、すでに何人もの人が顔を揃えていた。
鷲尾総理、桐生官房長官、倉持、そして三名の国会議員。官邸スタッフも、部屋の隅に控えている。
神崎が、まず拓也を紹介した。
「彼が、中野拓也くんです」
「中野拓也です。よろしくお願いします」
拓也は、深く頭を下げた。
「鷲尾です。今日は、無理を言って——」
鷲尾が、そう言いながら、軽く頭を下げる。続いて、各議員からも、それぞれ挨拶があった。
その後、神崎から、これまでの経緯について、簡単な説明が行われた。拓也自身の話も交えながら、異世界の封建的な政治体制、ある程度自由な経済活動、危険な魔物、そして危険な魔法について——その場の全員が、少しずつ、状況を理解していく。
「そのー……なんだなー。魔法を、見たいのだが」
倉持が、おずおずと切り出した。
「安全な灯を……」
拓也が、そう言いながら、片手を軽く上げる。次の瞬間、宙に、小さな光の球が浮かんだ。
「「「おー」」」
その場から、声が上がった。
「簡単な治癒もできます。膝や腰、関節の痛みを、和らげることもできます」
「では——私の肩を」
桐生官房長官が、手を挙げた。
拓也は、椅子に座った官房長官の傍に立ち、肩へ手をかざす。数秒の間、何も起こらないように見えたが、やがて拓也が手を引いた。
「終わりました。肩を回して、確認してください」
官房長官が、ゆっくりと肩を回す。
「おお……違うぞ」
その一言に、また小さなどよめきが起きた。
ひとしきりのやり取りが終わると、一台のパソコンが、拓也の前に運ばれてきた。
「これは、拓也くんの専用PCになります。政府専用の、特別仕様です」
神崎が、そう説明した。生体認証の登録、セキュリティの設定を経て、画面が立ち上がる。
「これから、グレーカレコ商事——緒方さんとの通話を行います」
神崎が、室内の全員に向けて、説明を加えた。
「向こうは、今は夜です。普段は、声に出さずに通話をしているのですが、今回は、声を出します。ただし——向こうの声は、皆さんには聞こえません」
拓也は、画面に向かって、軽く呼びかけた。
「緒方さん、今、大丈夫ですか?」
しばらく、沈黙が続いた。
『あ……今、官邸?』
「そうです。皆さん、お揃いです」
『何を、聞きたいのかなー』
「何を聞きたいのか、と言っています」
拓也が、室内に向けて、そう伝えた。
「王国と、国交を持てるのか?」
鷲尾が、そう尋ねる。
「王国と、国交を持てるのか?」
拓也は、その言葉を、そのまま声に出した。
しばらくして、緒方の声が返ってくる。
『今は、その段階じゃない。ただ、ヴァルド男爵と、縁があった。グレーカレコ王国も、政治闘争があるから——ヴァルド男爵が得する条件を提示すれば、何かアクションがあると思う』
拓也は、緒方の言葉を、なぞるように、一つずつ声にしていった。
「何処も、同じだな」
倉持が、小さく呟いた。
その後、こちらに無い物を送ること、そして最後に——緒方家の保護と生活の保障を約束することで、交信は終了した。




