第44話 扉の向こう側
神崎は、資料を机の上に広げながら、説明を始めた。
「すでにご報告した通り、当該の金属は二種類あります。エテリムとクラニウム——これは、現地での呼び名です」
「ああ、その名前は、報告書で見た」
倉持が、頷きながら口を挟む。
「ただ……今、私が把握している範囲では、軽さと強度の話までだったはずだが」
「そこに、もう一点、加わりました」
神崎は、資料の一枚を、二人の前に差し出した。
「エテリムには、チタンと同等の軽さと強度に加えて、電波と赤外線を吸収し、音響を低減する特性があることが分かっています。いわゆる——ステルス性能です」
「……ステルス?」
倉持が、思わず声を上げた。
「はい。さらに、現地では、魔法による攻撃を受けにくい素材として使われているそうです。それと、錆びないため、貨幣にも使われています」
「量は……」
「大量に採れます。安価です。レアメタルではありません」
神崎は、淡々と、それだけ告げた。
「クラニウムについても、タングステンと同等の重さと強度を持ちながら、やや加工しやすい性質があります。鉄と同様、大量に採れ、安価です。こちらも、レアメタルではありません」
倉持は、しばらく、何も言わなかった。やがて、その表情に、驚きとは別の、もう一つの色が混ざり始める。
「……レアメタルではない、というのは——」
「ええ。量に制約がないということです」
倉持の中で、これまで燻っていた野心のようなものが、はっきりと形を持ち始めていた。隣に座る鷲尾も、黙ったまま、その変化を共有しているようだった。
「……ここからが、本題になります」
神崎は、一度、資料を閉じた。
「小山市で発生した、生徒五名の失踪事件について、ご存知でしょうか」
「報告は、目にしている」
「そのうちの一名——中野拓也という少年が、半年後に、一人だけ戻ってきました。残る四名は、今も、異世界と思われる場所にいます」
神崎は、淡々と、これまでの経緯を語っていった。拓也の帰還、自身の息子への手紙、そこから始まったやり取り、金属の出どころ——すべてを、順に、丁寧に説明していく。
「……以上です」
神崎が言葉を切ると、部屋には、しばらく、誰の声もなかった。
倉持が、ようやく口を開く。
「その異世界の扉を開けた切っ掛けが、神崎くんの息子への手紙と、中野くんの心を動かしたことだというのは、分かった……。しかし——信じられんよ」
「この金属は、現実にあります。紙の分析でも、未確認の成分が検出されています」
「それと?」
「帰還した中野くんの基礎体力データ、そして古河駐屯地での映像もあります」
「……確かに、すごい記録なのは分かるが」
倉持は、まだ、半分は懐疑的な表情を崩していなかった。
「お会いになりますか?」
神崎が、静かに聞いた。
「……危険ではないか?」
倉持が、わずかに眉を寄せる。
「大変な経験をしましたが、日本で十六年過ごした少年です」
神崎の、その短い一言に、部屋の空気が、わずかに緩んだ。
鷲尾は、しばらく腕を組んだまま、何も言わなかった。やがて、小さく頷く。
総理との面会が、ここで決定した。
―――
情報局では、組織の「箱」が、一回り大きくなっていた。
異世界関連プロジェクトは、もはや、一部署の対応で済む規模ではなくなっている。各省庁からの出向者を取り込みながら、準国家プロジェクトとしての草案が、ようやく形を整え始めていた。
その動きに付随して、中野拓也の保護も、正式に決定された。
東條家の道場の近くに、事務所と居住用の建物を新たに建築し、拓也の生活基盤をそちらへ移す——そういう方針だった。
神崎は、その決定を聞いた藪田に、簡潔に伝えた。
「これで、拓也くんの安全は、これまでよりも確保しやすくなります」
「……急に、大ごとになってきましたね」
藪田は、半分呆れたような声で、そう呟いた。
拓也自身は、まだ、この決定を知らない。




