第43話 再編
その後、皆川は、結城の方へ歩み寄った。
「……結城くん、ちょっと、いいですか」
「ん? どうした」
皆川は、先ほど東條に話したことを、もう一度、結城にも伝えた。盗賊の出身国に魔族がいるという話、そしてそれが、地球以外の惑星のことではないか、という自分の考え。
結城は、しばらく、何も言わなかった。
「……それ、本当だとしたら、かなり大きい話だぞ」
「分かってます。でも、何となく、放っておけなくて」
その声を聞いて、少し離れた場所で見張りに立っていた神崎が、こちらに気づいて歩いてきた。
「何の話だ?」
結城は、手短に、皆川の考えを神崎にも伝えた。神崎は、最初は半分笑っていたが、説明が進むにつれ、表情を変えていった。
「……マジか。地球以外にも、召喚されてる場所があるってことか」
いつの間にか起きていた東條も、輪の中に加わる。四人が、焚き火を囲むように、自然と顔を寄せ合った。
「俺たちが召喚された時の説明、覚えてるか」
結城が、口を開いた。
「魔王は、古い歴史の中の脅威だ、って言われた。何度も人類と争ってきた、っていう前提で。だが、最近の魔物の数の増え方と、魔族の王そのものとの関係については——誰も、はっきり説明してない」
「……確かに。あれ、当然のこととして、流された感じだったよな」
神崎が、頷く。
「もし、召喚元が地球だけじゃないなら——俺たちが知らされてる『目的』そのものも、本当に正しいのか、怪しくなる」
結城は、そこまで言って、一度言葉を切った。
「もう一度、ちゃんと聞き直す必要がある」
「誰に、ですか」
皆川が、聞いた。
「宮廷に直接聞くのは、危ない。下手に突っ込めば、こっちが何を疑ってるか、向こうに知られる」
結城は、少し考えてから、続けた。
「緒方に頼む。あいつなら、女性たちの世間話を通して、それとなく調べられるかもしれない」
東條が、小さく頷いた。
「店主の伝手より、緒方さんの方が、信用できますしね」
「そうだな」
結城は、焚き火の灯りを見つめながら、そう答えた。
誰も、これが正しい判断なのかは、まだ分からなかった。それでも、四人の中に、ようやく一つの方向性ができた。
―――
ちょうど同じ頃、王都の市場の片隅で、店主は、文字の書かれた小さな紙片を、見慣れた飛脚に託していた。
「ああ、伝えておいてくれ。——勇者パーティーの方とは、もう接触済みだ、と」
飛脚は、何も聞かずに、紙片を懐にしまい、足早に去っていった。
店主は、誰もいない通りを眺めながら、煙管に火を点ける。何のためにこんなことをしているのか——その答えを知っている者は、この国には、まだ誰もいなかった。
―――
地球側では、総裁選びは、思いのほか早く決着した。
鷲尾は、一回目の投票で過半数を獲得し、新総裁の座に就いた。倉持を含む推薦人たちの根回しが、最後まで揺るがなかった結果だった。
新総裁の下、水面下での組閣人事が、すぐに動き始める。数日後、臨時国会での首班指名を経て、鷲尾内閣が正式に発足した。
発表された閣僚人事の中に、倉持の名前もあった。経済産業大臣として、続投が決まった形だった。
新内閣の発足に合わせて、国家情報局内の——神崎の部署も、ようやく、それなりの体制が整い始めていた。
神崎は、これまでの活動をまとめた資料を、総理宛に整理していた。同時に、藪田にも、いくつかの指示を出している。
「資料として、拓也くんの能力の数値を、残しておきたいと思っています」
神崎は、電話の向こうの藪田に、そう告げた。
「機密保持の観点から、場所は——古河駐屯地を使うことになりました」
この時期、拓也は、藪田や保護者会関連の用件で、学校や剣道を休む日が続いていた。
―――
その日、拓也は、藪田の運転する車の後部座席に座っていた。隣には、陸自から国家情報局に出向している、三浦という男が同乗している。
「その後が怖いので、全力は出せません」
拓也が、窓の外を眺めながら、ぽつりと言った。
「ん? この間のが、全力じゃなかったのか?」
藪田が、ミラー越しに聞き返す。
「はい。セーブしてます」
「おい、怖いこと言うなよ……」
「人外ですか。面白いですね」
三浦が、にやりと笑って口を挟んだ。
「隊員と、模擬戦やってみますか。うちの基地、結構な猛者揃いですよ」
「怪我させないように、気をつけます」
「おいおい……」
藪田が、ハンドルを握りながら、小さく溜息をついた。車内には、それでも、どこか軽い空気が流れていた。
古河駐屯地に到着すると、拓也は、まず数名の隊員に引き合わされた。それぞれ、体格も雰囲気も、明らかに一般人とは違う。
最初に行われたのは、基礎的な体力測定だった。
「立ち三段跳び、お願いします」
拓也が軽く跳ぶと、計測係の表情が固まった。
「……十六メートル」
「次、百メートル走、お願いします」
号令と共に走り出した拓也の姿は、計測係の目には、ほとんど追えなかった。
「七秒……」
「最後、千五百メートル走です」
走り終えた拓也は、息も乱していなかった。
「……二分」
計測係は、しばらく、記録用紙を見つめたまま、何も言えなかった。
屋外に移っての実践的な訓練が始まる直前、拓也は、軽く手を上げた。
「自分の限界を見たいので、大変生意気なことを言いますが——五人全員で、お願いします」
その場に、軽い笑いが起きた。だが、先ほどの記録を見ていた隊員たちの表情は、すでに真剣だった。
「いいぞ。ボコボコにしてやるよ」
その一言を最後に、訓練が始まった。
数秒後——五人全員が、地面に転がっていた。
「反則だ……全然、見えなかったぞ」
誰かが、そう声を上げた。周囲には、しばらく、誰の声もなかった。
―――
その頃、首相官邸では、鷲尾が、倉持から渡された一冊の資料に目を通していた。
「鉱物資源に関する報告書、か」
「ええ。一度、目を通していただきたく」
倉持が、そう言って一礼する。
鷲尾は、ページをめくるうちに、その表情を、徐々に変えていった。
——これは……。
前任の正木は、この案件を、まったく顧みなかったと聞いている。担当部署に丸投げされたまま、政治の優先順位の外に置かれていた話だった。
——儂は、なんと幸運か。
鷲尾は、資料を閉じると、すぐに秘書官を呼んだ。
「倉持くんと——この資料に名前のある、神崎という男を、すぐに呼んでくれ」
その指示は、これまでの鷲尾の慎重な物言いとは、明らかに違う、強い響きを持っていた。




